【いつでも隣に】

リナ−完−

「リナちゃん?」
「ガーネットね?おはよう、色々お世話になりました。」
フロントカウンターに立っていた、茶髪を肩で切り揃えている清楚な美人に笑い掛ける。
「おはよう、良くなったのね?」
「ええ、お陰様で。」
「雰囲気が随分違うのね、ネコかぶってた?」
「へ?いや、そういう訳じゃ・・」
「冗談よ、目が見えないんだもの、大人しくなって当然よ。」
「はは、じゃあ、食堂に行くわね。」
「どうぞ、ごゆっくり。」
柔らかい笑顔のガーネットに手を振り、食堂へと入る。
「・・よお。」
「食事終わったら、町を見に行きましょ。」
頬を掻いて向かいの席に腰を下ろしたガウリイに、メニューを渡すと、
嬉しそうに子供の様な笑顔をする。
大の大人の男を可愛い、て思うのは、変かも知れないが、
その笑顔は確かに可愛いと感じてしまった。
−カチャ
「早く、光の剣の代わり、見付けないとな。」
「・・・そうね。」
食後の紅茶を飲みつつ言ったガウリイの言葉に、平静を装って応えた。
本当は、少し動揺してるけど、そんな所優しいこいつに見せたら、心配するから。
「じゃないと、お前さんを守れないからなあ。」
「は・・?何、言ってんの?」
「だってよ、リナと一緒に居ると、もれなく魔族が付いてきそうだろ?」
「だろ?て、代わりの剣を見付ける約束で旅してんのよ?」
当然の様に言うガウリイに、戸惑ってそう言う。
「ああ、だから、一緒に居るんだろ?」
「見付けたら、一緒に居る理由なんて無いじゃない。」
「へ・・あ・・ああ。そう・・だったな。」
「そうよ?何寝ぼけた事を言ってんの?」
気不味そうに頬を掻いたガウリイに、呆れた声でそう言った。
さすがはクラゲ、見付けた後の事は、深く考えていなかったらしい。
その後、町をゆっくり見て廻り、目的の店へと入る。
−カラン
「すみません、準備・・いらっしゃいませ、ご予約ですか?」
「そ、明日の昼にね。」
仕込みの手を止め、頭を上げた男は、夕日の様な橙色の短い髪に、柔和な顔立ちをしていた。
「分かりました。心よりお持て成しさせて頂きます。 ケーキが残っているので、お持ち帰り下さい。」
「まけてくれる?」
「サービスですよ、元は取れそうですし・・」
あたしの言葉に苦笑しつつ、無駄の無い動きでケーキを箱に詰める店主。
これで弱視なのか、と疑いたくなる程だ。
「いい匂いだな。明日が楽しみだ。」
「そうね。」
ガウリイの呟きに、小さく頷く。
−カラン
「カーター!どう・・・て、リナちゃん?」
「ガーネット?何で・・」
扉を開け入ってきたガーネットを指差し、唖然とした。
「何で、て、ケーキを教わってたのよ。この人に、そして、未来の旦那様を手伝いに、ね?」
「あ、どうりで、生クリームの味が似てたんだ。」
「この人の、美味しいでしょ?作るクセに甘いの苦手なんておかしいわよね?」
言いながらカウンターの中に入り、仕込みの準備をし出すガーネット。
カーターは苦笑して口を開いた。
「どんなに泣いていても、美味しいケーキでご機嫌がとれたからだよ。」
「ま!私、そんなに安いの?! 大体、そんなので、美味しいケーキを作られたら、女の株が下がるわ。」
「ガーネットは、料理が得意じゃないか。」
「それだって、家庭料理に毛が生えた程度、貴方の方がおいしいじゃない。」
「いや・・だから・・経験の差だろ?こっちは、子供の頃から包丁握っている訳だし・・」
何やら言い合いを始めるが、ガーネットがカーターに絡んでいるだけの様に見える。
ついっと、ガウリイを見る。
「えっと、帰るか?夕飯にはまだ早いが、疲れただろ?」
「ん。」
苦笑してケーキの入った箱をカウンターテーブルから持ち上げ、ガウリイに押し付け、踵を返し、
「じゃあね、明日、楽しみにしてるわ!」
大声でそう言って店を出て、通りに向かい歩き出す。
「仲・・良さそうだな。」
「そうね。」
「尻に敷かれてんな、あいつ。」
「だね。」
「でも、幸せそうだな。」
「羨ましいの?」
「・・・かも・・な。」
「ふ〜ん?・・なら、早く相手探せば?」
タッ!と大きく一歩踏み出してゆっくりと振り返る。
「今は、お前さんで手一杯だよ。」
コツン!と額にデコピンをして、ガウリイは目を細めて笑う。
「・・別に・・頼んでないわよ?あたし。」
〈どういう意味よ?何なの、あの顔?深い意味なんて、ないわよね。クラゲだもの。〉
クルッと踵を返し歩きながら前髪を弄る。その後をガウリイが付いて来る。
あたしの右斜め後ろ。いつもの定位置、何かあった時に背中を合わせられるし、庇える距離。
戦いに身を置いてきたからこそ、分かる。隙が出来ているだろう事が。
ガウリイがいなくなったら、そこを気を付けないといけないだろうな、と考え付くと、
少し胸が苦しくなる。
−グイ!
「へ・・?」
ふいに腕を力強く引っ張られ、変な声が出た。目の前には道の真ん中で談笑するおばちゃん達。
「人にぶつかる気か?まだ本調子じゃなかったのか?」
「あ〜、ちょっと考え事・・」
腕をガウリイに掴まれたまま、自嘲気味に笑うと、途端、ガウリイが気難しい顔になる。
「お前さん、考え過ぎなんだよ。前が見えなくなる程、何を考えてた?」
「・・・ガウリイ、」
「へ?」
「・のクラゲ頭どうにかなんないかな〜と、対策を、ね。」
緩んだ手から腕を擦り抜けさせ、踵を返し振り返ると、
何故か自称保護者氏の頬が僅かに赤くなっていた。
「顔、赤いわよ?」
「夕日でそう見えるんだろ。」
「子供みたいな言い訳ね?で、何で赤くなってんの?」
そっぽを向き頬を掻いたガウリイを下から覗き込む様に見て首を傾げる。
「気のせいだろ。」
「じゃあ、何でそっぽ向いてんのかな?ん?ガウリイちゃん。」
「〜〜大人をからかうんじゃない!」
「うきゃ?!ちょっと、何すんのよ〜!」
ガシガシとガウリイの両手で頭を掻き混ぜられ髪の毛がグシャグシャになった。ちゃん付けは、やはり、大の大人の男にとって、余り嬉しくは無いらしい。
「たく、ちょっと前まではガキだったのにな。」
「え?何か言った?」
ぼそっと言ったガウリイの言葉を聞き漏らし、髪の毛を手櫛で整えながら首を傾げる。
「いや、早く帰ろうぜ。」
「え?あ、うん。」
促され、すっきりしないまま足を動かすと、違和感に襲われる。
右隣りに穏やかな笑みを浮かべたガウリイが、並んで歩いているのだ。
首を傾げたくなったが、まあ気にする事でもないだろう、とすぐに道の先を見る。
「明日も、いい天気だな。夕日が綺麗だ。」
「今夜もお出掛け日和ねV」
「をい。」
「冗談よ、言ったでしょ?まだ完全じゃないって、月明かりの下なんか歩ける状態じゃないわよ。」
「そっか、無理しないでくれよ?」
「はいはい。過保護な相棒持つと大変だわ。ね、昨日、目立ってた?」
「何でだ?」
「だって、異常な程、視線が集中してた気がしたのよ。」
「ああ・・迷子にでも見えたんじゃないか?お前さん、必死になってオレの後を付いて歩いていたからなあ。」
にやりと笑って、奴は笑いを堪えた顔でそう言い放った。
足を止め、その長い金髪を思いっ切り引っ張り抗議する。
「仕方が無いでしょ!唯一分かるこの髪が目印だったんだから!」
「いて〜!んなに引っ張るなよ〜!」
「自業自得よ!」
「ケーキが崩れるぞ〜?」
「全然、体がブレてないじゃない!」
「そりゃ・・体格の差だろ?」
「縮め!縮んでしまえ!その分、あたしに寄こせ!」
「んな無茶な・・」
「良いから寄こせ〜!」
「昨日と違って悪目立ちしてるぞ〜?」
「げ?!そういう事は早く言え!このクラゲ!」
周りを見渡せば、何事か、と町人達が注目していたのに気付き、慌ててガウリイから離れ、
「たく、ほら、置いて行くわよ?」
ガウリイをいつもの定位置に付け、足早に宿へと向かう。

〜今は、これがあたし達の距離・・なのかな?付かず離れずの微妙な距離。
 願わくば、いつの日には、いつも隣りに居るのは彼であって欲しい・・様な気がする〜

≪完≫

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