スレイヤーズ2次創作のための20のお題

04 【あの日】

あの日、風呂上がりのガウリイを待っていたのは、同じく風呂上がりであろう彼女が、彼が割り振られた部屋に居る。という状況であった。
―全ての始まりは、5ヶ月前のあの日その日は、同室では無かった。部屋は一人部屋で、彼女の部屋は、2部屋離れた所だった。
「鍵が開いているから、物取りかと思えば」
呆れ声で言い、彼は開けたドアに凭れかかった。
風呂上がりで、上気した頬、熱っぽい吐息、濡れた髪の匂いに混じって、花に似た石鹸の匂いと思われる匂い。彼女は、それらに無頓着で、いつも無防備に、彼の部屋へと訪れ、その度、ガウリイは酷い頭痛に苦しんだ。
彼女が訪れる理由は、次の日の旅程の確認だけで、その日の様に、勝手に入った事は、一度としてなかった。彼の家宝の剣が有った頃は、例外として。
「鍵、開いてたわよ。物騒ねぇ」
「んな訳ないだろ?ちゃんと閉めて行ったぞ。オレ」
サイドテーブルに腰を預けていた彼女が肩を竦めてみせたが、ガウリイは半目で睨んだ。風呂に行く際、鍵を閉めた事を確認していたからだ。
なので、部屋の前に着いた時、中から気配がし、鍵が開いている事に気付き、彼は盛大に眉をしかめた。
「開いてたわよ。ものの数秒でドアが開いたんだもの」
「それは、開けたんだろ、お前さんが」
彼女お得意の鍵開けの技量なら、宿の簡素な鍵なら、確かに数秒であっただろう。
しかし、その目的が分からない。
「たく、何の用なんだ?」
「それより、寒いからドア、閉めて」
「用が無いなら、部屋に戻ってくれよ。オレ、今直ぐに寝たいんだが」
感情の読めない表情の彼女の、理不尽な申し出に、言い方が冷たいものになってしまい、ガウリイは、内心で大人気ないな。と思った。
「あるわよ。だから、こうしてここに居るんじゃない。だから、ドア、閉めて」
「……深刻な話、か?」
「まあ、軽い話では無いわね」
何か、決意を秘めた彼女の視線に、ガウリイの心臓は、一瞬で冷え、肩を竦めた彼女を凝視し、ゆっくりとドアを閉めた。
とうとう、別れを切り出される日が来たか。と、覚悟を決めて。
『ロック』
「リナ?」
小さく響いた力ある言葉と同時に、彼の背中から、カチリと鍵が締まる音がした。
その行為の意図が読めず、ドアをチラリと見、ガウリイは声の主を見た。
「何で鍵を?」
「その方が、都合が良いでしょ?」
ニコリと笑い返されたが、理解出来ない。
「都合?」
「そ。都合」
無邪気に笑ったままの彼女は、戸惑っている内に、体重を預けていたサイドテーブルから、手と腰を離し、ゆっくりと彼に歩み寄り、間合いをとって足を止めた。
「ねぇ、ガウリイ。貴方、男よね?」
「そりゃ、まあ」
ニコニコ笑顔で聞かれ、頬を掻き答えると、彼女は微笑んだまま口を開く。
「知ってるだろうけど、あたし、もうそろそろ18なのよ」
「プレゼントの催促なら、心配しなくても、ちゃんと考えてるぞ?」
彼女の誕生日が近い事は、勿論、相棒の彼も周知している。何を贈るか?
と、別行動の時に、色々と見て回っていたので、この話には、一瞬ドキリと肝を冷やしていた。
だが、彼女の表情は、何故か不本意そうな物に変わった。
「そんな事、言ってるんじゃないわ。18よ?世の女の子なら、結婚していても可笑しく無い年頃なのよ」
「個人差があるんじゃないか?」
「そりゃ、そうだろうけど、年頃の女として、浮いた話一つも無い。て、なんか寂しいじゃない?」
「じゃない?て聞かれてもなぁ。オレは、女じゃないし。それに、意外だな、お前さんが、そういう事を気にする。て事が」
努めて明るい声で返したが、ガウリイの胸の内は複雑であった。
彼女の、そういう機会を、意図して潰してきた負い目。そして、忙しさで向けられていなかった方向へ、興味を示される事への、期待と不安が、その胸中にあった。
「意外だ、なんて心外だわ。忘れたの?あたしの夢は、玉の輿だ。て」
「あぁ…そんな事、言ってたっけか?」
「で、考えた訳よ。美貌と知性を兼ね備えているのに、何で実現していないか」
「……まあ、言う分には自由だが…」
真剣に話をしている彼女に対し、ガウリイの心境は、どんどん苦しい物になっていく。
話の流れからして、恐らく、恋愛をするのに、邪魔な自分との離別を、彼女は言い出す。と、予測したからだ。
それでも、表面では、呆れた顔と声を保っているのは、男の意地なのだろう。
「分かってるわよ、あたしが子供っぽい。てのは。何で、玉の輿が実現しないか、の答えはそれなのよ。あたしには、大人の色気が足りないのよ」
「………」
肯定も否定も出来ないその言葉に、ガウリイは沈黙をする事にした。
肯定すれば、彼女を傷付け、怒らせる事になるし、否定すれば、彼女が普段嫌悪を抱いている、そういう色眼鏡で見ている。と思われる事になるからだ。
「でも、大人の色気。なんて、出そうとして出せるもんじゃない」
「そりゃ、滲み出るものだしな」
「だから、手近で安心なあんたに頼みたいの」
何が?と聞いてはいけない気がして、ガウリイは、真剣な表情の相棒を伺いみる。
それを、説明を求めている、と感じたのか、彼女が、口を開く。
「初めてな訳だし、やっぱ、相手は選びたいのよ。けど、今から探して、見極めて、なんてまどろっこしいじゃない。その点、あんたは、変な事しなさそうだし、良く知った仲だし。丁度良いかな、て思った訳よ。」
「丁度良いかな、て…」
「それに、興味もあるのよね、全然女遊びしている様に見えないから、あんたの男の顔、ての見たいかな、て」
余り嬉しくない内容に、ガウリイは眉に力が籠るのを感じた。
説明している彼女は、少しだけ頬を染めているが、トーンや気配は、何の異変がみられなかった。
「興味?んなもんで、こんな馬鹿な事言ってるのか、お前さん?」
彼女が、自分に気がある、というならまだしも、思春期特有の興味本意な発言は、ガウリイを苛立たせ、口調が責めた物になるのは、否めなかった。
「馬鹿な事?何で?初めての経験は、安心して任せられる人間を選びたい、ていう乙女心よ」
「もっと大事にしろよ。そういうのは、想いが通じた相手とするもんだ」
「へぇ、意外。傭兵やってた人間の台詞じゃないわよね。一夜限りの関係なんて、珍しくない世界でしょ」
彼女が大事で、彼女自身にも大事にして欲しくて、諭す様に優しく言ったガウリイの言葉は、届かなかった。
彼女に出会う前、確かに彼もそんな事をした記憶があり、後ろめたさを感じると同時に、そんな商売女を引き合いに出される事の苛立たしさと、潔癖だと思っていた彼女とは思えない言葉に、裏切られた思いと、困惑、歓喜が入り交じり、そんな複雑な気分を内心抱えた。
だが、それら全ての感情より勝るのは、彼女を大事にしたい。という理性で、ガウリイは子供を諭す声色を彼女に向けた。
「あのな、あの世界で生きている女だって、最初の客はちゃんと選んだ相手なんだ。お前さんみたいに、興味本意で経験しようとなんかしてないぞ」
「あたしが良いて言ってるんだから良いじゃない。説教言うなら、良いわよ。他に探すから」
それが、逆に裏目に出たらしい。子供扱いを嫌っていた彼女は、静かに怒りを表した。
こういう彼女は、珍しい。いつもの怒り心頭なら、彼は扱いは難しく感じない。
つまり、あの日の彼女は、彼を酷く困惑させたのだった。
≪続く≫