スレイヤーズ2次創作のための20のお題

05 【信頼】

静かな怒りを向けられ、ガウリイは戸惑った。それだけ、彼女は本気なのだ。と分かったからだ。
「落ち着けよ。急にそんな事を言い出した理由が、オレにはさっぱり分からないんだ。大体、急ぐ事は無いだろ?そういう事は、個人差があって当たり前じゃないか。焦ったって、良い事ないぞ?」
殊更優しい声を意識して発し、ガウリイは相棒を見た。
だが、その彼女の目が、ギラリと光る。
「甘いわね。玉の輿よ、玉の輿!良い条件の男なんて、早い内に捕まえなきゃ、直ぐに他に取られちゃうじゃない」
「……良家の人間、なんてもんは、貞操観念強いんじゃないか?」
「そこはそれ。世間体を気にするだろうし、結婚しちゃえば、こっちのもんじゃない」
どうにか踏み止まらせ様と、彼が画策するも、彼女は頑として譲らず、不敵な笑み。彼女の、そんな表情は好きだが、理由が理由なだけに、その時のガウリイは、喜べなかった。
「悪女の台詞だぞ、それ…」
「自分の明るく楽しい未来の為なら、悪女にだってなるわよ」
腰に手を当て彼女。
つい、ガウリイは眉を顰めた。他の、それも、見も知らぬ男の為に、彼女は身を捧げ、悪女になる。と言っているのだ。喜べる筈がなかった。
「ま、色気たっぷりな女性を相手していたあんたには、こんなお子様体型じゃ、その気にならないんでしょうね」
肩を竦めて、何でもない様に言っていたが、彼女の表情が、ほんの一瞬歪んだ事を、彼は見逃さなかった。
恐らく、ガウリイが顔を顰めたのを、そういう事だ。と勘違いしたからであろう。
「だから、良いわ。適当な相手見繕って、さっさと済まして来るから」
まるで、どこかに買い物へ行って来る様な口振りであった。
それが、引き金だった。
彼女を護りたい。と頑なに思い、抑えていた彼の本能が、鎌首をもたげ、理性を食い千切る。
どす黒いものが、身体を支配するのを感じながら、ガウリイは至って冷静であった。
踵を返し、出て行こうとした彼女の細い手首を、力強い手が掴んだ。
「何?」
加減はしているが、振り払えないその力に、彼女は怯まなかった。
眉を跳ね上げた顔だけが、彼の方を振り返る。
そこに、嘲る様な彼の声。
「尻を触られた位で、騒動起こした癖に。知らない男と寝れる訳が無いだろ?」
「目的の為なら、平気だわ。幸い、見る目はあるし」
貪欲な彼女らしい答えに、いっそ清々しさを感じ、ガウリイはニヤリと笑った。
「そりゃ、光栄だな。なら、試してみるか?」
「どういう風の吹き回しか分からないけど。異論は…」
チリチリと、燻り掛かった熱を、彼女は平然と受け、捕まれた腕をそのままに、身体ごと振り返った。
「無いわ」
その瞬間の彼女を、ガウリイは良く覚えている。
ゾクリとする程、男を誘う挑発的な目、濡れている様な、熟れた果実を思わせる唇は笑み。その表情は、どんな商売女にも劣る事はなかった。
それに誘われ、その彼女の顎を浚い、逃げる事を許さないかの様に、後頭部をしっかり押さえ、ガウリイは獣の様な口付けを彼女に落とした。
吃驚して逃げるか。と思ったが、彼女は、されるがままそれを受け、侵入さえもあっさりと許した。
暴れ出した本能は、その無防備さに、戸惑い、そして、怯んだ。開いたままの彼女の瞳が、真っ直ぐに注がれていたからだ。
長い口付けを、ガウリイはそっと止めた。
「ガウ…リイ?」
「お前さん、本当に良いのか?言っとくが、こんなもんじゃないぞ?」
息苦しさの為、反射で潤んだ彼女の瞳は、濁る事はなく、それ故に、それを濁してしまうかも知れない、その先の行為は、ガウリイにとって、神聖な神域を犯す様な、罪悪感を覚えた。
「今更…怖じ気付くの?それとも、あたしに魅力を感じない。とか?」
深く息を吸い、息を整えた彼女は、ゆっくりとした口調で言った。
恐らく、まだ息苦しさが残っていたからであろう。
「そうじゃなくて、痛いの苦手なんだろ?体格がこんなに違うんだ、痛いなんてもんじゃ、済まないかもしれないじゃないか」
「馬鹿ね。簡単に壊れないわ。それに…」
余りのその行為の残酷さに、ガウリイは息苦しく、その腕がダラリと力無く下がった。
そんな彼に、彼女は微笑みを向け、彼の首に、腕を伸ばす。
「優しく、してくれるんでしょう?保護者さんの事、信頼しているわ」
耳元で囁かれたその声は、神の啓示の様に優しく厳かで、なのに甘さを含んでいた。
その甘さに、ガウリイは胸に温かい物が広がるのを感じると同時に、身体が熱くなったのを感じた。
「リナ」
呼び、彼は近くにあった彼女の顔に、優しく啄む様に、幾つもの口付けを落とす。
それは、次第に深く、深くなるが、獣の様な激しさは無かった。
ただ、その合間に彼女の名前を無心で溢す彼は、ひたすらに彼女への想いを、名前に込めていた。
再び、彼女の息が乱れ、溺れた者の様に、ガウリイにしがみついてくる。
それを支え、持ち上げる力強い腕。
安ベッドがギシリと鳴り、彼女の髪は波打った様にそれに広がり、小さな身体は、海に沈む様にベッドに吸い込まれる。
「もう、後戻り出来ないぞ」
「教えて、あんたの、男の顔」
彼女の顔を撫で、ガウリイが言うと、彼女の腕が持ち上がり、彼の顔を撫でた。
「馬鹿やろぅ…んな事言われたら…抑えが利かなくなるだろうが」
苦しげに彼が言うと同時に、ランプが消され、彼女に影が落ちた。
彼が覚えているのは、ただ、馬鹿みたいに、彼女の名前を何度も囁き、彼女の信頼を裏切らぬ様、割れ物を扱うより更に優しく、彼女を扱おう。としていた事だけ。
その行為は、まるで、何かの儀式の様で、彼は彼女に、見た事もないスィーフィードの姿を重ね、祈る様な気持ちを抱いた。
だが、彼女に夢中になると、加減を忘れ、熱い物を彼女にぶつけてしまった。
その事に気付いたのは、事が終わってからだった。
しまった。と思うと同時に、これで責任を果たす。という名目が出来た。とも彼は思った。
「悪い、大丈夫…か?」
荒い息の彼女に、申し訳ないと心底思い、ガウリイは眉を下げ、彼女の頭を愛しさを込めて撫でた。
「ん。…にして…も…嘘…つき…」
「悪い…加減、出来なかった」
汗でじっとりと濡れた顔から、髪を払ってやりながら、ガウリイは申し訳ない声を出した。
だが、
「こんな…熱くて…激しい…男を…隠してたのね…騙されたわ…」
くすり、と彼女が笑った。
女らしい柔らかな微笑みに、収まった筈の熱が、彼を襲う。
「まだ…隠してるの?…教えて…あんたの…全てを…」
怠慢な動きで、彼女の腕が伸び上がり、彼の髪を捕らえた。
導かれる様に、再び彼女を月明かりから遮る大きな身体。
その後は、ガウリイには優しく、など出来なかった。
想いを伝える言葉の代わり、とばかりに、激しく彼女を追い詰め、全てを与え、奪う様であった。
ただ、やはり経験と体格の差で、彼が全てを吐き出す前に、彼女は一際大きく震えた後、カクリと意識を手放した。
その彼女を丁寧に拭ってやりながら、ガウリイは目を細めた。
月明かりに照らされたしなやかな身体は、彼のみが知っている。
そして、こうなった以上、彼は彼女を他に譲る気は無い。
「本気になった男を、見せてやるからな」
小さな身体に、華を増やし、ガウリイは密かに笑った。
彼女の、自分への認識が、仲間以上である事は、感じていたので、勝率は高いと、彼は信じて疑っていなかった。
≪続く≫