スレイヤーズ2次創作のための20のお題06 【湖】 |
その日、ガウリイが眠りに就いたのは、かなり遅かった。 待ち望んだ流れでは無かったが、彼女と一つになった、という興奮が、運動後の気だるさと疲れを弾き飛ばし、中々眠れなかったのだ。 その分、傍らで眠る彼女の姿を、存分に眺める事が出来たので、疲労感は無い。言う余裕がなかった愛の言葉を、どう伝えるのか?そんな幸せな悩みさえ抱え、やっと眠りに就いたのは、空が白み、鳥が囀ずりだしてからであった。 瞼に、強い昼の陽射しを感じ、ガウリイはきつく瞼を閉じ、 「リ…ナ?」 微睡みながら、手をシーツに這わした。 「リナ?!」 一人分のさして広くもないベッドに、その温もりを見出だせず、彼は跳ね起きた。 鍛えられた彼の筋肉が、明るい光に浮かび上がる。 明るい筈なのに、ガウリイは目の前が真っ暗になった気分になった。 食事に下に降りた、とは思えないのだ。起き上がる事さえ出来ない程、彼女を酷使した自覚があった。 だが、現実、彼女は部屋にいなかった。 艶かしい情事の濃い匂いと、鮮やかな血の匂いは、夜の出来事は、実際の事であった。と伝えるのに、その相手だけが、そこに居ない。 「なん…で…」 声が酷く掠れたのは、昨夜の運動と、昼まで寝ていたから、というだけでは無かった。 とりあえず、床に落ちている服を着ようと、ガウリイの腕が伸び、それを拾い上げた。 素早く身支度を済ませ、彼はボサボサ頭のまま、剣と荷物を引ったくる様に持ち、2部屋奥にある彼女の部屋へ。 カコン!と何かが落ちる音が、やけに響いて彼の耳に届いた。 手から滑り落ちた剣は、床に落ちた衝撃で、その切れ味の良さ故に、鞘を割り、刀身が紫色の光を反射し、転がり出る。 固く閉じられた鎧戸、皺一つ無いベッド、部屋が使われた形跡が無い理由は、その部屋の人間が、一夜を共に過ごしたので分かるが、匂いさえも残ってない理由は、彼の頭では解明出来ない。短い時間だが、彼女はこの 部屋を使った筈なのだ。 「り……な?」 迷子の様な、不安と悲しさ、寂しさを含んだ声は、誰にも届く事なく、虚しく虚空へと溶け消える。 呆然とした頭、だが、身体は無意識に落ちた鞘と剣を拾い、壊れた鞘で刀身を挟み、両手で抱え、自分の部屋へと戻った。 その部屋には、彼女の残り香が僅かに残っているので、無意識にそれを求めたのであろう。 そして、剣を拾ったのは、彼女が彼の為に探し、与えてくれた形ある唯一無二の物だったからだ。 酷い喉の乾きを覚え、部屋に戻ったガウリイは、水差しを手にしようと、サイドテーブルに手を伸ばした。そこに、見覚えのある字を見付ける。 「?!!」 慌てて、サイドテーブルにあった紙切れを掴んだその手が、暫くの内に、それをクシャリ!と握り締めていた。 その紙には、彼女の綺麗な字で、 ‐長い間、一緒に旅が出来て楽しかったわ。 あたしは、玉の輿の為に、一人旅に戻るから、ガウリイも気楽な一人旅を楽しんで。 子供のお守りから、開放してあげるのよ?感謝しなさい。‐ と書いてあった。 「子供に…あんな事するかよ」 怒りと悲しみが混じった声を漏らして、その紙を荷物袋に突っ込むと、彼は再び部屋を出た。 「連れは、いつ出てった?」 「さあねぇ。仕込みに起きたら、受け付けに、あの娘さんの部屋の鍵があったから…夜の内か、朝の早い時間か…朝食の時間の後、片付けに部屋に行ったけど、使った形式は無かったよ」 お昼時が落ち着いたのか、ゆったりとした宿の食堂で、ガウリイは女将の言葉に愕然とした。 夜一緒だったのは確実なので、彼女は丁度彼が眠りに落ちた頃に出て行った事になるからだ。 「そうか……」 重い足取りで部屋に戻り、ガウリイはベッドに顔を埋めた。 どんなに疲れて眠っていても、彼女が傍らから居なくなれば、彼はすぐ気付く筈で、気付けなかった、と言う事は、恐らく、『眠り』の呪文を掛けられたのであろう。 昨夜の彼女の決意の表情は、やはり、自分を切り捨てる事を決めていたのだろうか? つらつら考えていたが、ゆらりとガウリイの身体が起き上がった。 「延泊する。部屋には入らないでくれ」 一泊分の代金より少し多めに渡すと、そのまま外へ。 どうしたいのか、ガウリイ自身も分からない。 ただ、宛もなくふらふらと町中を歩き、駄目元で聞き込みをしてみるが、目撃情報は一つとしてなかった。 そして、気付けば、町外れにある湖に、彼は辿り着いた。 耕作を生業としている町で、町を横断する川の川上にあるそれは、近くの山からの恵みである。 ふと、ガウリイの脳裏に、彼女と出会う前に出会った、一人の男が浮かんだ。 彼女と旅をするきっかけを与えてくれた、その男と出会ったのが、どこかの水辺であったからだ。 その男の助言があったからこそ、彼は彼女と出会い、一緒に旅をする事が出来た。 「上手く…いかねぇな。折角、見付けたのに…」 その男に知り合うきっかけは、家宝であった光の剣を捨てようとした時だった。 殺戮しか呼ばなかったそれで、何か出来るかも知れない。と言い止められて、その言葉通り、その剣で護る事を見付け、その相手も見付けた。 あの時持っていた剣は、結局手放してしまったが、代わりになる剣を見付けた。 だが、今は、その護るべき存在が傍らに居らず。あるのは、捨てられたのだ。という事実のみ。 酷くゆっくりとした動きで、ガウリイの足が、前へ、前へ、と進む。 チャプンと、右足が湖に浸かったが、その歩みは止まらず、暫くすると、とうとう腰まで水に。そして長い金髪が、水面に広がった。 「捨てるのは自由だが、人に迷惑掛からねぇ場所にしとけよ。青二才」 懐かしい声。それと同時に、何かが風を切る音。 「あ?!ちくしょう!こら、テメェ!デカイ図体してんじゃねぇよ!釣りの邪魔だろうが!」 腕が何かに軽く引っ張られたガウリイの耳に、懐かしい声が、さらに聞こえた。 「……痛い」 そこで、やっと彼は気付いた。左腕の二の腕に、釣り針が引っかかっていると。 そのまま振り返ると、先程思い浮かべていた男が、鼻を鳴らした。 「たく。なんの因果だか知らねぇが、他所でやれや。魚が逃げるだろ。ついでに、光の剣をくれ」 長い黒髪、美女かと見間違えそうな程整った顔に、口にはやはり火の点いていないタバコ、記憶にある姿そのままの男が、そこには居た。 「おっさん……」 「ボーとしてんじゃねぇよ。早く針返せや」 男の獲物である釣竿から伸びた糸、それはガウリイの腕に刺さった針に伸びていた。 ジャブジャブとそちらに歩き、ガウリイは湖から上がった。そこに、男の手が伸び、 「この町の大事な水で、勝手にくたばるんじゃねぇ。命捨てたいなら、魔王にでも喧嘩売るこった」 鍛えられた彼の腕から、慎重に釣り針を抜き、パシリ!とそこを叩く。 ぼんやりした表情のまま、ガウリイの口が開く。 「何で、ここに?」 「仕入れの途中に聞いた噂でな、旅に出ている娘が、ここら辺を通るらしい。て聞いたんだよ。で、寄り道したら、随分前に、世話した坊主が、死人みたいな顔(つら)で、湖に入って行きやがる」 男の面白くなさそうな声が、ガウリイの耳に届くが、感情を無くした表情は変わらなかった。 「あの時より、重症、か…」 クシャクシャ!と男の手が、ガウリイの前髪を掻き混ぜた。 「釣りやってるから、釣れるまで暇潰しの相手してくれや」 言うやいなや、男はその場に腰を降ろし、仕掛けをした釣り針を飛ばす。 「連れに…命を掛けて護りたいと思っている奴に…捨てられたんだ」 ぼんやりしている彼は、釣り針が刺さっていた腕の痛みで、現実をなんとか把握出来ていて、ぼんやりした口調のまま、語る様は、その重大さを物語っていた。 |
≪続く≫ |