スレイヤーズ2次創作のための20のお題

08 【男の部屋】

一人、部屋に戻ったガウリイは、ずっとベッドに腰掛けていた。
昨日の夜は、彼女と過ごしたそのベッドで、一人で寝る事が耐えられなかったのだ。
―コンコン
暫く悩んでから、ガウリイは行動し、黒髪の男が告げた、部屋の前まで着き、ノックしていた。
「やっぱり来やがったか。ゼフィーリアのワイン、用意してあるぜ」
深夜の来訪を、予想していた男が、ドアを直ぐに開き、彼を中へと招き入れた。
「ゼフィーリアの……?」
「ああ。呑むだろ?」
「ゼフィーリアは……あいつの故郷なんだ……このまま行けば……そこで呑む筈……だったんだけどな」
黒髪が注いだグラスを手にし、彼女の故郷の香りを吸い、ガウリイは自嘲の笑みを浮かべた。
床に布を敷き、男は不思議そうに口を開く。先程のガウリイの言葉に、引っかかりを感じたのだ。
「女の実家に向かっていたのか?行ってないとは分かっていたが…」
「何で、行ってない。て分かるんだ?」
敷いた布に、男が腰を降ろし、ガウリイを見上げ、目で座る様に促す。
ガウリイが布に腰を降ろすと、男がグラスを傾け、匂いを楽しむ様に、目を細めてから、口を開く。
「行っていたら、今こうして一人な訳ねぇだろ。実家に行きたい。て言って、そいつの家に行ったなら、挨拶してめでたしめでたし。となっている 筈だ。違うか?」
確かに、ガウリイはそれも考えていたが、優先しなければならない事があった為に、様子を見てから。と思っていたので、それを、口にする。
「いや……挨拶が目的じゃなくて……あいつを休ませたかったんだ……ちょっと、キツイ戦いがあったから……」
「ん?おい、そりゃあ、どういう事だ?まさか、曖昧な関係のまま、相手の親に会うつもりだったのか、テメェ?」
「まあ……」
「んな奴が俺の家に来たら、叩き切ってやるぞ。“娘さんを下さい”て言われても、とりあえず斬るがな」
口角を上げて笑う男の声は、冗談めかしているが、笑っていない目が全てを物語っている。
その目に肝を冷やし、ガウリイは、ぶるりと身体を震わせ、口を開く。
「でもな、弱っている所に、付け入る事はしたくなかったんだ。あいつが元気になったら、ちゃんとした言葉を伝え様と思っていたんだ」
「それは、テメェの勝手だろ。実家に行きたい。て言われた女にとって、ハッキリとした態度を見せない男を、連れて行きたいなんて思わないだろ うが。だから、振られたんだろ」
「……」
返す言葉もなく、ガウリイは黙り込んだ。
捨てられた理由の真偽が分からないので、何も言い返す事が出来ないのだ。
「つうか、飲め!折角良いワイン分けてやったんだ、飲まないなんて言わせねぇぞ」
クイッと、何杯目か分からないワインを飲み干した男の目は、据わっている。
良いワインが、体温で温くなるのが、許せないのであろう。
両手で、グラスを持っていたガウリイは、温くなったそれを、苦い思いで呑み始める。
彼女の故郷で、出会う筈だった味に、今一人で向き合う事が、辛いのだ。
「なんか……苦い様な??」
ワインには無い種類の苦味に、気付いたのは、飲み干してから。最初から苦味には気付いていたが、気持ちがそうさせているのだろう。と思っていたのだが、舌に残る苦味は現実で、そこで、ワイン自体が苦かった。と気付いたのだ。
「そりゃ、そうだろ、ブルーリー入りだからな」
「なんで……?」
「眠れないんだろ?だが、こちとら仕入れの最中でな、一晩中付き合ってやるほど、お人好しじゃねぇんだよ」
「十分……お人好し、だと思うが……」
「やかましい。さっさと寝ろ。布団くらい掛けてやる」
乱暴に言いながらも、男は力付くでガウリイの肩を押し、布の上に寝転がし、自身の携帯毛布をその上に掛けた。
その手付きは、乱暴だが、男の父親の面を見、ガウリイはくすぐったい気持ちになる。
「おっさんが、父親だったら、人生違ったかもな」
「言っとくが、厳しいぞ家は?テメェみたいなウジウジしてんのは、ビシビシ躾してやるからな」
「はは……そりゃ……楽しそうだ」
口の端を上げて言った男の言葉に、ガウリイは襲い掛かってきた眠気に逆らい笑った。
その笑っているガウリイの頭まで、布団を上げて、男が布団の上から、彼の頭をグリグリと強めに撫で回す。
「笑ってないで寝ろ。で、こんなちっさい町でウジウジしてないで、明日はここを出るんだ」
「……おぅ」
布団越しのガウリイの声は、やけにくぐもって聞こえたが、男は冷やかす事なく、備え付けの椅子に座り、ワインを堪能しだす。
布団越しに、ランプの柔らかな光を感じながら、ガウリイの意識は遠退いた。
今夜は、一人で過ごすのは、耐えられそうに無い。と思い、顔馴染みの男の部屋に来たが、男の温かい空気に、安堵を覚え、ワインを飲む前から眠気は感じていたので、ワインは良い後押しとなり、ガウリイを心地よい眠りに誘う。
翌朝、ガウリイは男より先に起きた。
変な夢を見る事なく、安堵したが、夢にさえ出て来ない彼女に、少しだけ寂しさを感じながら、身を起こすと、開きっ放しの窓からは、曇り空が見えた。
幸先悪いな、と思いながらも、ガウリイは旅に出る決意をする。
「行くのか?」
「ああ。おっさん、有り難うな」
目を瞑ったままの男の声に、ガウリイは驚く事なく返した。
立ち上がったと同時に、男が目覚めた事に、気付いていたのだ。
その男が、寝返りを打ち、ガウリイに背中を向け、口を開く。
「そうか。簡単にくたばるなよ」
「おう」
「あと、傭兵だったら、いくら知り合いの勧めた酒だからって、安易に呑むなよ。毒が入っていても、知らねぇからな」
「おっさんと、仲間以外からは受け取るつもりは無いよ」
思わず、ガウリイは苦笑が漏れ、肩を震わせる。
「馬鹿が、簡単に人を信用してるんじゃねぇよ」
「じゃあな、おっさん」
「ま、元気にやれや」
ヒラヒラと手を振るが、男は顔を見せない。
何だかそれが”らしく”思えて、ガウリイは苦笑を浮かべ、
「ああ」
とだけ応え、
―パタン
と、男の部屋を出た。
そして、向かったのは、一昨日からガウリイが泊まっている部屋。
掃除も、換気も十分でないその部屋は、微かに彼女を感じさせ、ガウリイの胸が苦しくなったが、どうしても持っていきたい物があったので、部屋に戻ったのだ。
男の部屋には、荷物を全て持って行っていたので、その部屋には、私物は残っていないのだが……。
「親父、すまん、シーツ駄目にした」
銀貨を1枚宿の主人に渡し、ガウリイは頭を下げた。
「……まあ、良いがね…」
眉を顰めた主人に、背中を向け、出た所に、曇っている空から、物が降って来て、振り仰ぐ事なく、ガウリイの手が動き、難なくと掴む。
それは、昨日飲んだワインの空のボトルだった。
「万が一死にたくなったら、そこに来い」
続いて降って来たのは、男の声。
「おっさん、当たったら、どうするんだよ」
ガウリイが見上げると、ニヤリと黒髪の男が口の端を上げる。
男が顔を出しているのは、宿屋の3階の廊下にある窓。そこから、ボトルを落下させたのだ。
当たっていたら、洒落にならない高さである。
「そん時は、腹抱えて笑ってやるよ」
「来い。て……ゼフィーリアの人間なのか?」
「まあな。そこの蔵の人間は、呑み仲間だ」
「……もう、死のうなんて思ってないぞ?」
「万が一の話だよ」
「……何時か、会いに行く。だが、そういうのは抜きでな」
「おう、楽しみにしてるぜ?そん時は、マシな顔を見せろよ?」
「ああ、約束する」
左手に握ったワインボトルを、空に掲げ、ガウリイは宿に背中を向け、歩き出しながらそれを振った。
≪続く≫