スレイヤーズ2次創作のための20のお題09 【森】 |
空のワインボトルを荷物袋に入れ、ガウリイは町を出る。 暫くは、彼女の事を思い出すのは辛いから、傭兵稼業に戻り、忙しく過ごそう。と、身の振り方をぼんやり考え、目指すは大きな街。 今まで居たのは、カルマートにある、セイルーンとの国境近くの、小さな町。近くて一番大きい街は、セイルーン方面なので、足はそちらへと向かった。 道は、鬱蒼とした森が続き、太陽が出ていないので、暗さが際立つ。 久しぶりの一人旅は、少し寂しさを誘い足取りを重く感じさせた。 知らずの内に、彼の手はズボンの右ポケットに伸びていた。 そのポケットには、一枚の布切れが忍ばせてあり、先刻前に出た宿屋の備え付けのシーツの一部。 それは、彼女の血で紅く染まっている部分で、持って行く為に、彼が剣で切り抜いたのだ。 手は、ポケットに入る事なく、その上から押さえ、そこにそれがある事を確認するだけ。 薄暗い森の中、ガウリイの足が止まった。 空のワインボトルを寄越した相手が、なんとなく彼女に似ている。と気付いたからだ。 容姿ではなく、その気質が。 二人共に、不器用な優しさを持っていて、乱暴な言葉の中に、それを感じる事が出来た。 今は無い彼の家宝の剣を寄越せ、と言ったのも同じ。 そう言えば、あの黒髪の男も、魚の腸を美味しそうに食べていて、彼女も好んでいた。 そして、釣りに、ゼフィーリア。 グラリ、とガウリイの身体が傾いた。 「まさか………リナの……?」 そう思うと、なんとなく目元が似ている様に思えてきて、口の端を上げた時の表情も、あの温かい空気感も、と、次々とそう思えてきた。 そう考えると、会ったのがたった二度目の、あの男の側で、安眠した説明が付く。いくら、一度共に戦った事があるとしても、名前も知らない相手の側で、安眠出来る訳が無いのだ。 近くの幹に手を付き、ガウリイは、なんとか立っていられたが、身体の震えは隠せない。 彼女を逃がす為に、時間を稼いでいたのだろうか?そして、彼女を迎えに来たのだろうか?だが、そんな感じには見えなかった。彼女の連れとは、思っていない口振りを考えると、そうでは無いのであろう。 「名前……また聞きそびれたな。そういや…」 額に左手を宛て、目を覆うと、ガウリイは幹に背中を凭れさせた。 恐らく、あの男の行動は、彼女と全く関係なく、只のお節介なのだろう。 でなければ、「娘を紹介してやる」と言う筈が無い。 もし、あの男が”そう”だとすると、何という皮肉か。 娘に捨てられて、命を捨て様としている男を、その娘の父親が救い、励ましの言葉に”それ”を言う。これ程、惨めな事は無い。そう考えると、込み上げてくる物があり、小さく呻き、ガウリイは肩を大きく震わせた。 「くっくっく……」 彼の口から漏れたのは、低い笑い。 暫く、肩を震わせ低く笑っていたが、 「はは……」 と、力無く笑った瞬間、雫が頬を伝う。 「馬鹿だな。オレ」 想像が、事実かどうかは、あの黒髪の男に会いに行けば、判明するだろうが、今のガウリイには、それを受け止める自信が無い。 ぐっ!と右腕で幹を押し、身体を離すと、再び、セイルーンへ向け、彼の足が動き出した。 あの男を訪ねた先に、彼女が居たとして、既に別の男が居たり、自分を否定されても、冷静で居られる自信が付くまで、彼女の故郷には踏み入れ無い様にしよう。と固く決意して。 進むにつれ、森は深く、暗くなっていき、まるで、迷いの森の様な感覚に陥るが、旅慣れたガウリイは、それが錯覚だと知っているので、迷う事は無い。 黙々と進み、その足が再び止まった。 ドサッと大きな木の元に腰を降ろすと、ガウリイは、荷物袋から、乾パンを取り出す。 薄暗いから、時間を読む事は、難しいが、長年の傭兵稼業で培った感覚が、そろそろ昼食時だ。と感じたのだ。 正直な所、余りお腹は減っていないのだが、傭兵は身体が資本なので、少しずつ咀嚼し、水で胃に流し込んでいく。 作業の様な食事を終えたガウリイに、面白がっている様な声が届く。 「リナさんがいらっしゃいませんが、どうされましたか?」 と同時に、彼の間合いギリギリ外、彼と向かい合う場所に、漆黒のおかっぱ頭の青年が突如として現れた。 いつもと変わらず、笑顔を貼り付けているその青年を見やり、ガウリイは口を開く。 「関係無いだろ?」 「そんな事を、おっしゃられないで下さいな。僕と貴方の仲ではありませんか」 「あいつとは、別々に行動する事になった。それだけだ」 今、一番触れられたく無い事だが、感情を平然とさせ、相手の思惑に乗らない様に、ガウリイは、何とも無い事の様に告げた。 「それだけ……ですか。長く旅をした彼女との別れを、その様に言われるとは、酷く冷たい言い方ですねぇ」 「傭兵やっていれば、良くある事だろ」 青年の笑みを含んだ言い方に、ガウリイはニヤリと笑って答えてみせる。 それに、相手は笑みを深くする。 「そうですか。では、彼女が今、どこに居ようが、興味は無いと?」 「無い。と言えば、嘘になるな。あいつが何をやらかしているのか、不安で仕方ない」 「ガウリイさん、嘘を付くのは良く無いですよ?」 肩を竦めたガウリイに、身体を宙に浮かし、見下ろす形で、青年は、彼を指差す。 「例え、気持ちを落ち着かせていても、それは表面だけの話。僕には、通用しません」 暫く呆然と見ていたガウリイの顔が、苦く歪んだ。 自分では、感情を抑えきれていたつもりであったのに、それを相手に気付かれ、指摘されてしまったからだ。 ザリッとした物が、ガウリイの口の中に広がる。 「………」 「貴方は、リナさんに捨てられた。そうでしょう?」 「………」 「僕は、人間の男女の関係というものに、大変興味があるのですよ。くっついたり、離れたりと、僕達から見たら、何と無駄な行為を繰り返している事か。無駄な行動理由の目的は何ですか?子孫を残す。それだけならば、何も、くっついたり、離れたりする必要は無いでしょう?」 ガウリイが、爆発しそうな感情を、必死に堪えている中、青年は悠然と足を組み、そこに椅子があるかの様に、空中に座ってみせる。 「貴方は、リナさんに対して、好意を持っていらっしゃる。でなければ、3年近くも共に旅をする事は、困難でしょう。で、教えて頂きたいのですよ。相手に届かなかった気持ちに、意味はあるのですか?」 「……」 「無いでしょう?それなら、何故ソンナ感情を抱くのでしょう?ソンナ物が無ければ、今の貴方の様に、苦しむ事は無いじゃないですか」 「……黙れ」 「それなのに、人は、人を好きになる。実に滑稽な話です」 「黙れ!!」 ガウリイの叫びと同時に、青年の身体が、溶ける様に掻き消えた。 ザワザワとした、森の中に響くのは、ガウリイの肩で息をする音のみ。 暫くし、息が整うと、さっきのは、森が見せた幻だったと、冷静になりつつある頭が気付く。 「当分、行けそうに無いな」 ぼそりと力無い声を発し、ガウリイはワインボトルを荷物袋から取り出した。 ワインボトル越しに、空を見ると、ワインボトル以外何も見えない筈のそこに、記憶に無いゼフィーリアの葡萄畑が、そこに見えた。 |
≪続く≫ |