スレイヤーズ2次創作のための20のお題10 【煙】 |
ガウリイの足は、セイルーン領内に踏み入れていた。 前の町を出てから、半日掛かった森の中に、小さな集落がある。 そこに向け、歩いていると、木々の隙間から、煙が上がっていた。 黒煙では無く、生活する者が発する、白い煙に、荒んでいたガウリイの心が、少しだけ和らぐ。 その集落に着く頃には、辺りはかなり暗くなっていた。木々に囲まれた集落の夜は早く、日が沈むと、すぐに暗闇に包まれるからだ。 集落は、10数軒程の住居で出来ていて、その家々からは、暖かな明かりが漏れ、煙突からは、白い煙。 それを見た、ガウリイの足が、止まる。 暖かな家庭というものに、彼は、ずっと憧れを持っていたが、彼女に出会い、惹かれ、それは、希薄になっていた。 いつも、何かを追い求め、行動的な彼女は、一つの所に留まれない性格で、その彼女の側に居たい。と思っていたガウリイにとって、それは些細な夢で、忘れ掛けていた程に。 その憧れの形を、彼女が隣に居ない。という状況で見ると、忘れたと思っていただけで、心の奥深い所では、いつか彼女と持ちたい。と思っていた事に気付き、ガウリイは泣きたい衝動にかられた。 足が踵を返し、月明かりの届かない森へと、身体は吸い込まれる。 早足で集落から離れる、彼の頭の中では、幻の男の言葉が、何度も繰り返す。 《相手に届かなかった気持ちに、意味はあるのですか?》 と。 まるで、自分自身が生きている意味を問われている様な、そして、苦しみからの解放へと、甘い誘いを掛けている様なその声。 だが、ガウリイはそれを選ぶ事は出来ない。 同じ髪の色だが、生きている者の色を激しく持った男の言葉があるからだ。 《その事を苦にくたばった…なんて聞いて、喜ぶのか?》 それは、楔の役目となり、ガウリイの、自らの死を許さない。 生と死、どちらを選んでも、苦しむ事になる。だが、死を選んだ場合、彼女を苦しめてしまう。彼女を苦しませると、分かっていて、それを選ぶ事は、ガウリイには出来ないのだ。 そして、放浪の旅が始まる。 平常心を保て無い状態では、傭兵に戻るのは危険で、死に急ぐ様なもの。 生きるのが辛いからと言って、死に急いでは、お節介な黒髪の男に、申し訳ないので、仕事を受ける事を避け、自然と町も避ける事に。 食事は、必要最低限になり、魚を捕ったり野生の木の実や果実で済ます事が多く、保存食にはあまり手を付けなかった。 そんな日々を、カルマートとセイルーンの国境の森で過ごしていたガウリイ。 パチパチと、炎がはぜるのを、見ると、毎回寂しさに襲われていた。 野宿は、ガウリイに彼女を思い出させる。 器用に、保存食を調理する姿や、食事を美味しそうに食べる姿、寒さに震え、不満そうにしている姿を、煙越しに見ていたのを、思い出すのだ。 勿論、それは、どこかの町に行っても同じ。 食料を確保出来なかった場合、保存食を口にする。 それが尽きた時、町へと入るが、不意に、目の前に、彼女の後ろ姿が見えたり、すれ違った同じ背格好の女性を、つい目が追ってしまったり。 下手に、他の人間が居るより、誰も居ないと分かっている野宿の方が、ガウリイにとって気が楽であった。 そして、彼女とこなしていた仕事のお陰で、懐具合を心配する事なく、彼は野宿生活を、2ヶ月過ごした。 煙の向こうに、朧な彼女の姿が見えるのは、いつもの事。 初めて見た時は、動揺し、煙の中に手を伸ばし、彼女の姿が煙の様に消え、幻を見たのだ。と気付き、彼は酷く落胆した。 その幻をぼんやり眺めながら、朝を迎え、朝になってから、一眠りするのが、彼の日課になるのに、数日もかからなかった。 そして、意味もなく、森の中を歩き回るのだ。 そしてその日の夕方。 ガウリイはの薪が集められているのを見付けた。 そして、近くに人の気配。 懐かしい声と共に、木立の影から、懐かしい姿が、ガウリイの前に。 「久しぶりだな、ガウリイ」 白いフードとマントを身に纏った男は、口の端を上げ笑った。 「ゼル」 「どうかしたのか?」 力無いガウリイに、仏頂面の男らしからぬ、気遣いの声色がかかる。 仏頂面の男の名前は、ゼルガディス・グレイワーズ。 ガウリイと、そして、リナとも面識がある人物である。 「捨てられたんだ。あいつに」 ガウリイの口から零れたのは、ゼルガディスが聞いた事も無い程弱りきった声。 そして、その予想外の事態に、ゼルガディスは衝撃を受けた。 「なん、だと?どういう事だ?あいつが?あんたを?」 「ああ…朝起きたら、居なかった。手紙一枚残して…」 自嘲の笑みが、あまりにも痛々しく見え、ゼルガディスは、彼の側から離れたリナを、問い詰めたくなった。 ゼルガディスから見た、彼と彼女は、互いを信用し、補いあっている最良の関係であった。時間は掛かっても、いずれ、纏まるだろう。とも。 だが、現実は、置いていかれた男と、去っていった女。 それは、ゼルガディスに、言い現し様が無い不快感を覚えさせた。 男女の関係は、複雑で、一つ掛け違えれば、ドンドン二人の溝が深くなるものだ。だが、おおらかなガウリイが、その掛け違えを小さい内に、納めていたのを知っている者からすると、彼女が去る理由が、分からない。 仲間に対して、礼儀を重んじる彼女が、手紙一枚で、というのも、気になる。 「ガウリイよ、俺が知っているリナなら、」 “リナ”ただその名前だけで、ビクリと大きな身体を震わせた彼を見、ゼルガディスは続ける。 「3年も旅をした相棒に、手紙一枚だけ。というのは、どうにも腑に落ちん。どんな理由があるにせよ、面と向かって言うのが、あいつの流儀だろう?」 「あいつ、優しいだろ?邪魔だ。なんて言えなかったんじゃないか?肝心な所で、役に立てなかったからな……」 「だとしてもだ。あいつのお得意の、舌先三寸があるだろう。手っ取り早いのは、別行動の依頼があるとかな。そういうのを、無理矢理こじつけるのは、何て事無いだろう、あいつには」 辛そうに、目を伏せたガウリイに、ゼルガディスは確信を持った、強い言葉で言い、一つ咳払いをしてから、難しい顔をし、口を開く。 「それにだ、置き手紙てのが、どうにも、あいつから、一番かけ離れた行為な気がしてならん。何だか、逃げている印象がしないか?」 その言葉に、ガウリイの目が大きく開く。 「なあ、ガウリイよ、あいつは、相手が魔王でも、真っ直ぐ見据え、戦いを挑んだ。そんな奴が、何から逃げると思う?」 僅かに、希望に輝いたガウリイの瞳と、ゼルガディスの真摯な瞳がぶつかった。 「あいつに、何かあった筈だ。しかも、適当な嘘を吐く余裕がなくなるほど、切羽詰まっていた筈だ。消える前に、変わった様子は無かったか?」 すっかり辺りは暗くなり、ゼルガディスは集めておいた薪に、火を付け、採ってきたキノコを串に差し、その近くに立てた。 その間、ガウリイは、彼女が消える前日の、たった一夜だけの関係を、言葉少なに語っていて、話は終盤に。 「朝一番に、一緒になろう。て言う筈が……起きたら、隣から消えていなくなっていたよ」 彼女と寝た。と聞いた時、ゼルガディスは、一瞬、ガウリイが力付くで…と思った。それ程に、ガウリイの声が暗かったのだ。 が、黙って続きを促した所、言い出したのは彼女で、いつになく強情であったと聞き、疑惑は確信に変わった。 煙を、愛しそうに見詰めている、ガウリイを横目に捉え、ゼルガディスは煙に視線を向ける。 勿論、そこには、煙と、暗い森だけ。 煙と共に、ゼルガディスの中の疑問が、闇に溶け霧散し、代わりに芽生えたのは、苛立たしさ。それは、彼と彼女、どちらに向けてのものなのか? |
≪続く≫ |