スレイヤーズ2次創作のための20のお題

14 【セイルーン王宮】

宿屋で風呂を借り、身体と髪を洗い、さっぱりしたガウリイ。
そこに、ちょうどシルフィールが外から戻って来た。防具屋に甲冑を磨いて貰う為に、街に出ていたのだ。
服は、洗い換えが無いのでそのままだが、甲冑が磨かれた分だけ、ガウリイの精彩が少しだけ戻った。
こんなもんかな、と自分を見下ろすガウリイに、シルフィールが、小さな麻袋を手にし、声を掛ける。
「これで、髪に艶を出して下さい」
差し出された麻袋を受け取り、中から瓶詰め油を取り出し、ガウリイが眉を寄せる。
「今のままでは、浮浪者が、多少身嗜みを整えた程度。アメリアさんが、恥をかかれます。それは、仲間として許せませんわ」
その耳に届いたのは、当たり前の礼節を説く教育者の様な声色。
それに、ガウリイは微笑みを浮かべ、小さく頷く。
適当な量を左手で掬い、両手を擦り合わせ、手に馴染むと、ガウリイは自分の髪を撫で始める。
「相手に届かなかった気持ちに、意味はあると思うか?」
「振られたばかりのわたくしに、酷い事を聞かれるんですね」
似た境遇にいた。という、同胞感から、つい口にしてしまったガウリイに、シルフィールが眉を寄せ笑う。
振った人間と、振られた人間だったという関係に気付き、ガウリイは自分の迂濶さに、顔を渋くさせる。
「それに、意味なんて、自分で見付けるものだと思いますわ。そんな事より、どういう事ですの?ガウリイ様の気持ちは、届かないなんて事無い筈ですわよね?」
「そう、だったら良かったんだけどな。打ち明ける前に、どっか行っちまった」
明るい声で、ガウリイの気まずさを吹き飛ばし、あまつさえ、それを「そんな事」と一蹴してしまうシルフィール。
その強さに、有り難く思い、ガウリイは苦笑を浮かべた。
「ガウリイ様、彼女に届けて頂きたい物がありますの、預かって頂けます?」
「ああ」
王宮を訪ねるのに十分な身なりを整えたガウリイを、シルフィールが静かな声で呼んだ。
それに応え、ガウリイが顔をそちらに向けると同時に、
−パン!!
乾いた音が、宿屋に鳴り響いた。
「あら………ちょっと力が入り過ぎてしまいましたわ」
音の原因であるにも関わらず、シルフィールが困った顔と声を露に。打ち付けた右手が痛むのだろう、左手でさする動作をする。
まさか、こう来るとは思っていなかったガウリイは、ジンワリと痛む左頬を、左手で擦り、苦笑を浮かべた。
無神経な言動を、今更ながらに責められたのだろう。と、頬を叩いた主を見ると、そちらも何故か苦笑を浮かべている。
「先程のを、届けて頂きたかったのですが、手加減して上げて下さいましね?わたくし期待しておりましたのよ。次にお二人と出会う時は、きっと自分の気持ちを諦められる関係になっていると。その期待を裏切った罰と、ガウリイ様のその痛みを、必ず届けて下さいまし」
すぅと静かに、シルフィールの指は、ガウリイの胸を指差す。
当てられていないのに、トンと叩かれた様に感じ、ガウリイは無意識に胸を擦り、笑顔を浮かべ、力強く頷く。
「ああ、必ず」
「あと、これだけは、言わせて下さい。何があったのか存じあげませんが、男をあげて下さいまし。いつまでもはっきりしない様な、情けない方には、幻滅致しますわ」
別離にいたるまでの事を、検索する気は無い。と、言外に言ってのけ、シルフィールは小さく会釈をする。
「それでは、わたくし用がありますので」
あんな修羅場みたいな事をしたので、宿屋中の注目を浴び、シルフィールが宿屋を出て行く。
なんとなく、それを見送ってから、ガウリイは荷物を改めて持ち直し、宿屋を出る。
城門は、当然だが見張りの衛兵が立っていた。
かなり開けた王制とはいえ、何の約束もしていない者は、そこで設問、荷物・身体検査を受ける。
顔が効くとはいえ、何の約束をしていない、一介の傭兵のガウリイ。
相棒の様に、口が達者であったなら、一悶着はあるものの、通して貰えるであろうが、そうでない彼は、取り次ぎに時間が掛るであろう。
その覚悟をし、ガウリイは口を開く。
「アメリア姫に、御目通り願いたい」
病床の現王に代わり、王座を任されているフィリオネルと、その娘アメリア、どちらも、良く知っているが、王座を守っている人物を、おいそれと訪ねる事が出来ないのは、ガウリイは良く知っている。
アメリアとて、第三位王位継承者で、そう簡単には謁見は通らない筈であった。
恐らく、お家騒動の件で、顔を覚えられていたのか、衛兵が確認する様に口を開いた。
「ガウリイ・ガブリエフ様でいらっしゃいますね」
「ああ?」
「姫様から伺っております。どうぞ」
荷物検査も無しに、当然の様に、衛兵が入城を促す。
どうやら、アメリアが先手を打ってくれていた様だ、というのは分かり、ガウリイは門をくぐる。
シルフィールが、先に何かしら連絡でもしたのだろう。と、有り難く思いながら、ガウリイは王宮内へと踏み入れた。
静かな王宮内に、先を歩く衛兵と、ガウリイの足音が響き、通されたのは、本棚に囲まれた、アメリアの執務室。
「少しだけ待って貰える?」
黒光りする樫の木の机には、書類の山。両手に書類を持ったままの、アメリアを見れば、旅の頃とは違ってドレスを身に纏っており、以前より少しだけ大人びた顔つきになっていて、艶やかな黒い髪が肩よりも長くなっていた。
この年代特有の、女の子の変化の早さに、ガウリイは相棒を思い出し、苦しくなった胸を撫でる。
「待ってたのよ、ガウリイさん」
区切りを付けたのか、机の上の書類をいくらか纏め、アメリアは立ち上がり、微笑みを浮かべる。
「お久しぶり」
「ああ。元気そうでなによりだ」
「にしても、聞いていたより身綺麗ね。ゼルガディスさんの話だと、もっと汚い筈だったけど」
精彩さは欠けたものの、想像していたものより違う様子のガウリイに、アメリアは首を傾げた。
その言葉に、ガウリイが瞬きを繰り返す。
「ゼル?あいつと連絡取っているのか?」
「二週間前、急に。気軽に連絡して。とは言ってあったけど、全く音沙汰なかったのに」
悔しいのだろう、口を尖らせた姿は、あの頃のまま。
だが、それは一瞬で消え、真剣な表情に。
「リナがいなくなった事は聞いたわ。探す手伝いをしてやってくれ、とも。だけど、ごめんなさい。セイルーンの情報に、リナが引っかからなくって」
闇の中の、一筋の光、それがなくなり、ガウリイは、暗闇に突き落とされた気分になり、その恐怖に目が眩み、身体が倒れそうになるが、それを気力で持ち直す。
「そうか、すまんな、忙しいのに」
「ちょっと待った。まだ用は済んでないのよ」
頭を下げようとしたガウリイに、待ったを掛け、アメリアは机から厚みのある皮の布を手にした。
それは、封筒状になっており、その中から、一枚の羊皮紙が取り出される。
「宮廷画家に描かせたの。人探しをするなら、姿絵がある方が伝わりやすいと思って」
差し出されたそれに描かれてあるのは、少しだけ幼さを含んでいるものの、探し求めている彼女そっくり。
今まで、彼女の背格好と名前だけで探していたガウリイにとって、久々の彼女の顔は、込み上げてくるものがある。
「それと、これも」
まだ入っていたのか、アメリアが、皮の袋から、封筒を取り出した。
それを受け取り、封蝋をしてある方を見てみると、見覚えのない紋章が押してあり、視線を下にずらし、ガウリイはギクリとした。
そこに署名してあった差出人の名は、ルナ・インバース。
≪続く≫