スレイヤーズ2次創作のための20のお題

16 【大嫌い】

細い細い糸は、人を突き放す様な、そんな目付きの老婆が、握っていた。
老婆の古ぼけた家に案内され、落ち着かない様子のガウリイに、老婆は喉を引き攣らせ笑う。
「落ち着きなされ、今から追いかければ、凍死しちまう。今日は泊まりなされ」
「あいつは、どんな様子でしたか?」
出された温かいお茶に、手も出さずに、ガウリイはジッと老婆を見る。
羽織っていた物を脱いだ老婆は、線が細く、よりその背を高くみせる。と言っても、ガウリイには全然届かず、一般女性より少し高い位の背丈だ。
「まずは、こんな厳つい恰好ではなかったね」
姿絵の、ショルダーガードを指差す老婆は、トツトツと語り出す。
彼女と出会ったのは、三ヶ月前の話で、北西に二つ先にある町だという事。
管理する者が居なくなった実家を、取り壊すのを見届け、乗り合い馬車の停留所に行くその途中、ひったくりに遭った老婆。
「泥棒!」と叫ぶと同時に、何故か、ひったくり犯が、くたりと力抜け、ゆっくりとした足取りの女性が、鞄を取り戻して、手早くその犯人である男を縛り上げた。
踝まである、ゆったりとしたローブ姿の彼女は、何かあったら大変だから。と、一緒に馬車に乗って、この村まで来て。
そして、偏屈な自分に、根気強く話かけて、お菓子を作ってくれたのだ。と、老婆は頬を緩ませる。
「あいつ、口は厳しいけど、優しいんだ」
釣られて、ガウリイも表情を緩める。
それに、老婆はうんうんと頷く。
「確かに、口は達者だったね。可愛い娘さんだったよ。あの娘さん、あんたの良い人なのかい?」
「……何よりも大事な奴なんだ」
ズキッと痛んだ場所を無視し、ガウリイは微笑んだ。
ゆっくりと、皺だらけの手が、その頭を細い指で静かに撫で、身を乗り出し、額にキスを送る。
小さな家の、小さなテーブル。面と向かって座っていても、背が高い老婆なら、ちょっと腰を上げれば、それも容易い。
ゆっくりと、腰を下ろし、老婆は口を開く。
「ずっと、探しているのかい?」
「ああ」
「何時から?」
「居なくなってから、4ヶ月経つ」
「そうかい。こんな良い男に、それだけ追わせるなんて、あの娘さん、思ったよりやるねぇ」
イヒヒヒと笑い、「まるで昔の私みたいだ」と冗談じみた声で一人ごち、また笑う。
老婆の笑いが済んだ所に、ガウリイがすがる様な視線を、ゆっくりと上げた。
「あいつ、どこに行くとか言っていなかったですか?」
「いや。この家を一日中、引っ掻き回した次の日、あっさり、じゃあ行くね。ときた。どこに行く。とも、また来る。とも言わないで、もう大丈夫よね?とね」
嫌そうに顔を歪ませた表情からは、悲しさだけしか感じられない。それを一瞬で消しさり、老婆は立ち上がった。
「ああ、嫌だ嫌だ。年を取ると、どうも心が狭くなる。スープを作るから、飲みな。年寄りの味が、口に合うか保証しないがね」
その後の2人は、老婆の身の上話に、ガウリイとリナの、差し障りのない冒険談を、暖炉の前で語り合い、夜更けに別々の部屋へと引っ込んだ。
「これを、持って行きなされ」
翌朝、やはり昨夜の様に、老婆のスープを振る舞われ、ガウリイは温かい気持ちで、玄関に立っていた。
差し出されたのは、春の草原を思い出させる、若草色の毛糸のストール。
剥き出しのそれに、戸惑っていると、不機嫌そうな表情をする老婆。
「安かったから、つい買って作ったは良いが、大嫌いな色でね、あの娘さんにでも、渡しておくれ」
「ばあちゃん、昔とびっきりの良い女だったろ?」
「馬鹿をお言いで無いよ。女は幾つになっても、良い女さね」
どうにも、素直じゃない老婆は、ガウリイが苦笑しながら揶揄すると、ツンと顎を上げ怒った表情を見せる。
「だな。悪い。だけどな、そう思ってるなら、自分の事を、年寄りだ。とか、年取った。とか、言わない方が良いと思うぞ?良い女が台無しだ」
「あの娘さんと、おんなじ事を言うねぇ。早く見付けておやり、女が逃げるのは、追い掛けて欲しいからだ」
「ああ。またな、ばあちゃん」
頷いて、ストールを貰い受け、ガウリイはその家を後にした。
分かれた場所から、ここまでの最短距離は、普通の人間でも1ヶ月と掛らない、あの老婆が彼女と会った町、それらを推察すると、多少寄り道しながらも、南下しているらしい。と分かり、ガウリイは、この後の捜索方針を決めた。
目立たない恰好をしていた事から、酒場での聞き込みは意味が無いと見切りを付け、宿屋を中心に、町の人間に聞く事。
彼女との時間差が、3ヶ月というのもあり、今までの様に、あちこちの町に寄るのは止め、とにかく南下をするという事。
押し寄せる冬の寒さを感じながらも、ガウリイは先を急ぐ為に、足を早めた。
それから1ヶ月。
情報は少なく、彼女がかなり目立たない様に行動しているらしいというのが、分かった。
それが、彼女の足跡と合致したのか、宿泊した宿屋が出て来て、それが続いていた所に、彼女らしき人物を乗せた、という馬車の話。
彼女の名前を呟いたガウリイは、姿絵を取り出し眺める。
姿絵は、本人がその場に居ない場合、その容姿を伝える人物の、主観が込められる。姿絵の中の彼女は、お宝や美味しい物を、目の前にした時の、輝いた笑顔に似ている。
では、自分が彼女を描いて貰うとしたら、どんな表情をしているのだろう?と考えるも、それはいつも失敗で終わった。
その脳裏に浮かぶのは、色々な表情の彼女。だが、改めて形にしようとすると、凹凸の無い真っ白な顔になるのだ。
姿絵を丁寧にしまい、色んな表情を思い出しながら、浅い眠りに就くのだが、それはいつも短く。短い眠りと覚醒という夜。
それは、姿絵を貰った日から、続いていた。
短い眠りの中、小さな小さな彼女は、膝を抱えて、その膝に頭を埋めていて、彼は何故か、それを見詰める事しか出来ない。
が、今日は違った。
「頑張れ」
そっけない声が、
「頑張って下さい」
静かな声が、
「頑張って!」
可愛い声が、
「頑張りなさい」
自信に溢れた声が、
そして、
「男だろ?しっかりしたらどうだい!」
皺枯れた声が。
背中をいくつもの声に押され、ガウリイは一歩踏み出す。
その手には、若草色のストール。
それを、そっと彼女を覆う様に掛けて、恐る恐る、手を伸ばす。
そこに、確かに居る事に、詰めていた息を吐き、ガウリイは膝を折り、そっとその固まりを抱き締める。
「止めて、あんたなんか嫌いなんだから」
ストールの下から、彼女の冷たい声。
痛んだ胸に、小さな頭を抱え、ガウリイは口を開く。
「待っててくれ、絶対見付けるから」
「嫌いよ」
「じゃあ、直接そう言ってくれ」
「大嫌い」
「うん」
「会いたくないわ」
「そっか」
「待たないから」
「それでも、会いに行く」
「会わないわ」
「何が何でも、捕まえてやるよ。諦めない事を、教えてくれたのは、リナだろ?」
決意を、腕の力に込め、小さな身体を抱き締めると、それは幾つもの、フェアリーソウルに姿を変え、上へと昇って行く。
慌てて、それらを掴もうと、腰を上げると、意識がそこで断たれる。
徐々に浮上する意識は、外の世界と繋っていき、ゆっくりと瞼が開き、蒼い瞳が、外界を捉える。
古ぼけた天井に、淡い光、視線を動かせば、開け放たれた窓の向こうに、幾つもの透明な雫が線を。
遅れて、雨音が耳に届き、ガウリイは、ゆっくり起き上がった。
旅に支障が出る雨に、しかしガウリイは焦りを感じなかった。
朝まで眠れたという理由以上に、頭がすっきりしていて、焦りや不安は、雨で流される土の様に、ゆっくりとどこかへと運ばれて行く。
≪続く≫