スレイヤーズ2次創作のための20のお題17 【足音】 |
雨の中、ガウリイは、街道を進んでいた。 宿屋の主人に、紹介された人間が、連れて帰ったという人物は、リナであった。 だが、それ以上の情報は無かった。 だと言うのに、胸中には焦りも、悲壮も生まれず、先を急ぐ為、雨避けのローブを羽織り、馬を走らせる表情には、戦いに挑む時の物が感じられる。 馬は、彼女を一時保護してくれた人物が、早く彼女を見付けて欲しい。と、授けてくれた。その代償に、いくらかの銀貨が渡ったので、結局買った事になる。 雨で緩くなった街道に、蹄の跡を残し、走る馬の上、ガウリイは、一つの可能性を、弾き出していた。 顔色が悪かったという彼女は、一夜を共にしてから二ヶ月の頃。 たった一夜で、と思うが、身に覚えがあるガウリイは、その可能性を、どうしても捨てられない。いや、そうであって、欲しいのかも、知れない。 手綱を握る手に、力が篭り、 「はっ!!」 パシン!と手綱をしならせ、馬に気合いを入れた。 ゆっくりして居られない。理由はどうあれ、体調が悪かったのは、事実だ。 馬を走らせ、ガウリイは、とにかく南下した。 幾つもの町を、走り抜けても、惜しくはなかった。それよりも、今は時間が惜しい。 ただ、夜の前には宿屋を確保していた。 大陸の南部側に居るが、やはり冬、野宿は厳しく、馬の体力維持の為にも、ゆっくり休める場所は必要だからだ。 馬での旅が、3週間を過ぎ、ガウリイは港街に居た。人通りが多い為、馬から下り、手綱をひいて。 −コツ 何かで、石畳を叩く音が、ガウリイに届いた。 賑わう街の中、ひっきりなしに、色んな音がしているが、それは、ガウリイの意識に、引っかかった。 音が響いて来た方へ進むと、また少し離れた場所から、その音が響く。 そんな事が続き、辿り着いたのは、静かな港。 漁港ではないのか、閑散としたそこには、観光用と思われる、大きな一隻の船が、港に揚げられていた。 広がる海に、暫く視線を奪われていると、一つの気配が近寄って来た。 そちらを見ると、中年の男が、こちらへと向かっている所であった。 作業用のツナギの襟元から、シャツが覗いていて、足元は漁師が良く履くもの。 視線の先、漁師の男が、ガウリイを見留め、眉を寄せる。 「ミプロスに行きたいなら、夏まで待たないと無いぜ?」 やれやれ、といった感じで、漁師が口を開いた。 聞き覚えのある様な無い様な単語と、意味の分からない言葉に、ガウリイは首を傾げた。 それを、どう捉えたのか、漁師は溜め息を吐く。 「あのな、ミプロスには、この時期、船が出て無いんだよ。分かったか?」 「あ、いや。オレは、」 「じゃあ、仕事でも探しに来たのか?悪いが、港に来たって、剣士の仕事なんて、どこにもないぞ?」 そうじゃない、と言う前に、それを汲み取った漁師が、不審者でも見る様な目付きへと、変化した。 それに、 「違うんだ、人を、探してて」 慌てて懐を探り、姿絵を取り出すと、ガウリイはそれを広げた。 「こいつなんだが、見覚えないか?」 「悪いが、無い。そこの、レンガ造りの家、行ってみろ。あの船の船員達が、店をやってる」 漁師が示した所には、周りが白い石造りの中、ポツンと、建っているレンガ造りの建物。 「助かった」 頭を軽く下げ、ガウリイは、その建物へと向かった。 「ああ、この女なら、2ヶ月半前に、ミプロスに渡ったよ。最後の便だったから良く覚えてる」 食堂と、土産屋を兼ねたその店。 従業員に順に聞いて、4人目、パサついた黒髪と、日に焼けた肌、丁度、彼女と同じ年頃の青年が、それを言った。 「行くには、どうしたら良い?」 「夏まで待つしかねぇよ。あんちゃん、そんな事も知らないのか?」 必死の形相のガウリイに、青年は盛大に笑った。 −ガン! 「時間が無いんだよ。船が駄目なら、他の方法は無いのか?」 左手で、レンガの柱を叩いたガウリイに、店内中の視線が集まり、 「無い。あったら、俺達の商売あがったりだ」 「潮の関係で、行けないんだよ。辿り着く前に、海に消えるか、霧で方向を見失うか、のどちらかだ」 離れた場所で、葉巻を手にした男と、その対面にいる男が、ガウリイの問いに答えた。 彼等は、船の船長と、航海士。いつ何があっても、冷静さを持つ事を、要求される場に立つ2人は、騒然とした空気の中、冷静であった。 遅かったのだ。と、暗に告げているのだが、ガウリイの目は、死んでいない。 「分かった。邪魔した」 踵を返し、ガウリイは港へと戻り、漁師の来た道を辿る。 「船を売ってくれ」 「はあ?おいおい、剣士が、なんでまた?」 ガウリイの、いきなりな申し出に、漁港にいた男が、眉を寄せるが、ガウリイは、それを真剣な表情で受ける。 「ミプロスに行きたい」 「無茶だ!死にに行くもんだ、止めておけ!」 「行かなきゃ、ならないんだ」 「………」 揺るがないガウリイの視線に、男は暫く見詰め、長い溜め息を吐いた。 「死んでも、怨んでくれるなよ?」 「今行けない方が、怨む」 「それだけ行きたいのか、なら……」 路銀の半分以上を使い、船を手に入れ、ガウリイは、荒れ狂う海へと出た。 教えて貰った方角へ進み、半日、船が急に、オールを漕ぐ方向とは、別の方向へと流れ出す。 船が流れる方向に合わせ、ガウリイはオールを漕ぎ直し、船体の方向を変える。 船を譲ってくれた人物が、教えてくれた航路なのだ。 船体が、流れに平行になると、畳んであった帆を下ろし、固定。 すると、グングンと船は進み出した。 が、港から離れるに従って、波は高くなり、船は、木の葉の様に遊ばれ、ガウリイは帆を畳む。 それでも、先を急ぐ為に、オールを漕ぎ出すガウリイ。 茜色に染まった海、藍色に染まり出す空、遠くに黒い雲、そして、船が舞った。 ひっくり返る船体。怒涛の様な波に、流される金色、切実な彼女への呼び掛けは、藻屑と共に、冷たい海へと消えてなくなる。 ザッパーン、ザッパーンと、激しい波が、静かな砂浜を、侵しては去る。 その砂浜を、キュッキュッキュッと、小さな足が鳴らす。 そして、砂浜に落ちている金に、目をシパシパとさせ、恐る恐る近寄る。 「だぁれ?」 溢れそうな黒い瞳、癖のある金髪、背格好は4・5歳といった所か、足音の主である幼女は、砂浜に寝転がっている人物に、首を傾げた。 警戒しているのか、かなり離れた場所で、足音を止める。 いつまで経っても、目を開けない人物に、幼女は困ってしまった。 ここに来る事は、母親には、内緒にしてあるからだ。 暫く、幼女が固まっていると、その人物が、身じろぎした。 「…………う?ん?」 ゆっくりと開かれた瞼、その奥から、海の色が見え、幼女は安心して近付く。 打ち上げられていたのは、ガウリイだった。 「おじさん、だぁれ?」 舌足らずな口調に、ガウリイは、ゆっくりと上半身を起こす。 その隣に、幼女が腰を下ろし、 「うみから、きたの?」 爛々と目を輝かせる。 「ん?あぁ。まあ。ここ、どこだ?」 「みぷろすだよ」 幼女の答えに、ガウリイは弾けた様に、凝視する。 その視線を、ものともせず、幼女は口を開く。 「おじさん、パパ、みた?」 「パパ?」 「うん。パパ、うみ、いるの」 無邪気な笑顔を浮かべた幼女。 それに、ガウリイは笑顔で答える。 「ごめんな、海に慣れてなくって、誰にも、会えなかったんだ」 「そっか」 残念そうに言うと、幼女は、隣で膝を抱えた。 不意に、ギュルルルルと鳴った音に、幼女が隣を見上げ、海の色と見詰め合う。 |
≪続く≫ |