スレイヤーズ2次創作のための20のお題

18 【二人組】

波に浚われ、流れ着いた場所は、目指していた土地。
その偶然に、驚きながらも、無邪気な幼女を、放って置けず、どうしたものか、と悩んでいた所、腹が何かを入れろと訴えてきた。
そして何故か、ガウリイと幼女は、並んでパンを持っていた。
ガウリイの腹の虫の音に、幼女が斜め掛けの鞄から、大きな草に包まれたパンを取り出し、それを割って、分け与えてくれたのだ。
ずっと大事に握っていた剣を、ガウリイは、身体の脇に置いた。
剣を握り締めていた見知らぬ男に、パンを与えた幼女は、剣の恐ろしさを知らないのか、ガウリイに、ピタリと寄り添う。
「有り難うな」
幼女の身体に見合う、小さなパンの一欠片。
それを細かく千切って口に運び、ガウリイは幼女の頭を撫でた。
それに、幼女は屈託のない笑みを浮かべる。
「えへへ」
パンを食べ終え、ガウリイは何となく、隣の幼女を眺めた。
ニコニコ笑顔で、一生懸命食べている姿は、微笑ましく、ガウリイは知らず、微笑みが浮かんでいた。
その視線に、幼女の食べる速度が落ち、まだ手元にあるパンを、ガウリイに差し出す。
「あげる」
「ん?いや、いいよ」
「だって、みてたもん」
「いや、本当に良いんだ」
そんなに、物欲しそうな顔でもしてたか?と、困った笑みを浮かべるガウリイに、幼女は、まだパンを下げる気配をみせない。
大事に育てられていると、全身で表現している幼女。
それを眩しく思いながらも、ガウリイはニッコリ笑う。
「オレは、クラゲだから、海に行けば、平気なんだ。それに、ママが作ってくれたんだ、嬢ちゃんが、しっかり食べた方が、ママが喜ぶぞ」
「おじさん、くらげさんなの?」
「ああ」
ちょっと無理あるかな、と思いつつも、言ってみた言葉は、幼女の興味を引いたらしく、目を輝かせ、見詰めてくる。
「くらげさんは、なにたべるの?」
「え?あぁ、小さい海老とか」
「うみ、つめたくない?」
「平気だぞ」
「おおきい、おさかなさん、こわくない?」
「おっかないぞぉ、バクッて食べられちゃうからな?」
口を大きく開け、何かにかじりつく仕草を、ガウリイは、してみせる。
笑うか、と思っての事だったが、幼女は、悲しそうな表情を浮かべてしまった。
「おさかなさん、こわいの?パパ、たべちゃった?」
今にも、溢れそうな涙を、ギリギリ堪えている姿に、ガウリイは、失態に気付いた。
てっきり、漁師をしている。と思っていたのだが、幼女の父親は、海の中に居る。という事にされているらしいと気付いたのだ。
それはつまり、この世に、居ないのか、生き別れか。
どちらにせよ、下手な慰めは出来ないのは、確かだ。
身体ごとそちらに向き、ガウリイは、小さな頭を撫でる。
「嬢ちゃんが泣いたら、ママが悲しむぞ?」
「ママが?」
「ああ、ママは、嬢ちゃんが、大好きで、大切だから、泣いていると、悲しくなるんだ」
「わかった。なかない」
素直な性格なのか、口を真一文字にし、必死に目を擦る幼女に、ガウリイは、安堵の溜め息を吐いた。
暫くして、ガランガランと、遠くから鐘の音がし、パンを食べ終った幼女が、慌てて立ち上がる。
「たいへん!くらげさん、またね!」
砂を鳴らし、小さくなっていく姿を見送り、ガウリイは立ち上がった。
前髪を掻き揚げ、空を見上げる。青い空には厚い雲、雲の隙間から、白い光が伸び、地上へと降り注いでいて、何か、啓示の様な物を感じさせる。
そして、嵐の名残を薄め、光が溢れていく。
温まってきた体温に、ガウリイは、羽織っていたローブを脱いだ。流れ着いてから、どれ位経っているのか、ローブも服も濡れていない。
身体に巻き付けてある綱を辿ると、少し離れた場所に、荷物袋とがポツンと落ちている。
ホッとし、荷物袋に巻き付けた綱をほどき、口を縫った糸を切る。難破する事を想定し、中身を流されない様に、してあったのだ。
ただ、海の中で揉まれた中身は、悲惨な事になっている。姿絵を挟んだ皮の布はよれ、携帯毛布は、まだ水気を保っており、託されたストールも、ぐしゃぐしゃに。
「ばあちゃんに、叱られちまうな」
一人ごちて、背中に剣を背負い、荷物袋を肩に担ぎ、街へと向かう為、ガウリイは、幼女が去っていった方向へ、ゆっくりと歩を進める。
街へと入ると、どういう仕組みなのか、石畳みは、じんわりとした温もりがあり、行き交う人々は穏やかな表情。
姿絵は、残念ながら、張り付いてしまい、開けなくなっていた。それでも、彼女を近くに感じたくて、懐に忍ばせ、それを意識し、街を歩きながら、ガウリイは時折、懐を撫でる。
−コツ
あの音が、その歩みを止める。
ガウリイを、ミプロスへと導いた、あの、石畳みを何かで叩く音。
宿を取り、荷物袋の中身を干したかったが、迷う事なく、道を曲がる。
幾らかそれが続き、ガウリイは、商店の並ぶ、通りに出ていた。
「い〜〜や〜〜!」
不意に聞こえたのは、先程別れた、あの幼女の叫び。
それは、緊急を伝えるものではなく、ダダをこねている子供の叫び。
気になって、その声の方へ、と向かう。
丁度、夕飯の買い時なのだろう、人の多さに、辟易しながらも、近付くと、その声の大きさを避けてか、人が遠巻きに、2人組の母娘(おやこ)を見ている。
その横顔に、ドキッと、ガウリイの胸が鳴る。
「だから、何で?お魚好きでしょ?」
「い〜や〜な〜の〜!」
困った顔で、幼女を宥めているのは、ずっと探し求めていた彼女。
紅茶色の柔らかな髪、意思の強そうな瞳、形の良い鼻に口、ゆったりとしたローブ、上から順に確認していき、ガウリイの視線が、腰で止まる。
ゆったりとしたローブだが、彼女の細さが健在なのは、遠目でも見てとれる。
そうだったら、と期待していたが、ガッカリはしなかった。そこに居る。それだけで十分だったからだ。
彼女と出会ったら、駆け寄って、抱き締める。と思っていたが、実際は違った。
息を詰め、手と足は震え、棒立ちして、ただ見ているしか出来ない。
その視線の先、彼女が不意に、ガウリイを見付ける。
「ガウ、リイ……?」
幻でも見た様な、呆然とした呟きに、呪縛が解け、ガウリイの足が動く。
ゆっくりとした足取り、逃げるかと思った彼女は、逃げる事なく、ただそれを見ていて、彼女の間合いに入る前に、その足は止まる。
「よお、久しぶりだな」
「え?あ、うん。けど、どうして?」
「会いたくて、ずっと、探してたんだ」
鼻を掻きながら、ガウリイは、目の前の彼女を見詰め、不思議そうなその表情は、嫌がっている様に見えず、こっそり安堵する。
「くらげさん、ママのともだち?」
小さな彼女より、更に下から、幼い瞳が、彼を見上げていた。
そちらに、
「ああ。ママを探して、海から来たんだ」
不器用にウインクを決めると、幼女は目を輝かせた。
「ママ、おひめさまなの?」
何かの童話で、そんな話でもあるのか、幼女は、尊敬の眼差しを母親に向ける。
「どこで、知り合ったのよ?」
そんな幼女と、ガウリイを見比べ、ガウリイに視線を向けるリナ。
「ああ……それは、秘密だ」
言おうとして、幼女の青褪めた顔に、言わない方が良いだろう。と、不本意だが、某神官の言葉を借りた。
「それ、止めてよ。嫌な奴思い出すわ」
途端、顔を歪めた彼女。
どうやら、彼女も、あまり好きではないらしい。
当たり前だが、久々の、打てば響く会話に、ガウリイは目を細める。
「くらげさん、どうしたの?」
「え?!」
心配そうな幼い声と、彼女の焦った声、段々と現実味を感じる心。温かい物が、頬を伝う感覚、溢れる想いは、ただ一つ。
手に持っていた荷物が、石畳みの上に落下し、大事な温もりを、ガウリイは、そっと胸に、引き寄せていた。
「会いたかった……」
震える喉は、声を震わせ、溢れる愛しさは、頬を伝い、求める心が、必死に彼女の存在を求め、鼻から甘い匂いを、腕は華奢な身体を、胸は軽やかな重みを、と全身で確認していく。
≪続く≫