スレイヤーズ2次創作のための20のお題

19 【大丈夫】

腕の中の現実に、ガウリイの胸が、じんわりと温かくなっていく。
そして、
「ちょっっ!!苦しい!」
暫く放心していた彼女が、息苦しさに、必死に暴れ出し、
「キス、しないの?」
童話の定番、お姫様と王子様のキスを期待したのか、残念がる幼女の声。
その2つに、ガウリイは、慌てて腕の力を弱めるが、彼女を包むのは、止めない。
「リナに、言いたい事があるんだ。聞いてくれるか?」
「……分かったから、離して」
彼を見上げる、不機嫌な顔。以前なら、赤く染まっていたが、顔色は全く変化を見せていない。
そんな事に、時の流れを感じ、ガウリイは寂しく思いながら、彼女の拘束を解いた。
夕飯の買い物の途中、という事だったので、ガウリイはそれに着いて行く事に。
「なあ、あの子、お前さんの?」
先を歩く幼女を、目で差し、ガウリイが隣に、小さな声で聞くと、
「そうよ。正真正銘、あたしの娘」
頷いた彼女は、嘘を言っている様に、見えなかった。
「て事は、オレと、会う前に?けど、お前さん、初めてだったじゃないか」
「ああ、あれね。痛い振りして、仕込んでいた、あたしの血を、ちょっと付けただけよ」
しれっとした表情で、彼女は言ってのけた。
それに、違和感を感じながら、ガウリイは続けて問う。
「じゃあ、3年間どうして放っておいたんだ?」
「まあ、色々あって……」
言葉を濁した彼女に、ガウリイは黙り込んだ。
ゼルガディスが言った通り、らしくない。と思ったからだ。どんな話でも、ちゃんと話して貰えるだけの、信頼関係であった筈だった。
だが、“彼女らしい”という、勝手な思い込みで、彼女を測りたくない、という思いもある。どんな彼女も、受け止めたいのだ。
「痩せたね」
沈黙が続いた後、彼女が気まずそうに、口を開いた。
「ちょっと絞ってみたんだ」
「髪、痛んでるし」
「海風にでも、やられたんだろ」
「どうやって、ここに来たの?」
「ん〜?忘れた」
顔にも、声にも、心配の色は無いが、心配されている。と感じ、ガウリイは明るい声で返す。
久々の会話に、嬉しいのもあるが、心配させたくないし、責める様で、戸惑われるからだ。
そんな彼に、苛立ったのか、不機嫌な表情をする彼女。
「忘れた。て、そんな訳、ないじゃない」
「忘れたもんは、仕方ないだろ?頭脳労働は、お前さんの仕事だったからな」
呆れたのか、言葉に詰まったのか、黙り込む彼女。
暫くして、3人が着いたのは、海を臨める丘の上。石を積んで造られた、小さな家だった。
「一人でお料理出来る?」
「うん!」
「ゆっくりで良いから、お怪我しない様にね」
「だいじょうぶだもん」
微笑ましい母娘のやりとり。
それを、離れた場所から眺め、ガウリイは微妙な表情を浮かべる。
色彩は異なるが、2人は、顔立ちが良く似ていて、親子だと物語っている。だが、あの日、彼女が初めてであったのは、事実だ。
彼女は、ああ言ったが、出会った頃の彼女は、どう考えても、子供を産んだとは、思えない。子供っぽく、色気も、雰囲気も感じなかったし、体型だって、子供だった。
「で?話したい事て?」
幼女が離れたのを見送ってから、彼女は、ガウリイと向かい合い、椅子に座る。
「一緒に、ならないか?」
彼女に置いていかれた朝、言う筈だった言葉を、ガウリイは穏やかな表情で告げた。
目の前の表情が、困惑したものに変わる。
「何の冗談?」
「冗談に、聞こえるか?」
「当然じゃない。あんた、ずっと保護者だって、言ってたでしょ?」
「だな」
「まさか、義務感?たった一晩、共にした。それだけで?」
ギュッと、その瞬間、ガウリイは拳を作っていた。
義務かと問う言葉に、彼女に怒鳴りつけたくなったのを、必死に堪える為に。
深呼吸一つし、ガウリイは、力なく言う。
「そんな訳、ないだろ?そもそも、いくら求められたからって、ずっと守ってきた相手に、手を出すと思うか?本当に保護者なら、力づくでも、部屋に戻しているさ」
「じゃあ?」
「惚れた女に、他の男を漁る。なんて聞かされて、平気な訳、ないだろうが」
首を傾げた彼女を、射抜く様な視線で見、ガウリイは吐き捨てた。
その言葉に、彼女の身体が、ビクリと震える。
今だ。と、ガウリイの勘が伝える。彼女の本音を探るには、今が一番だと。
「リナ、聞かせてくれ。何で、あの日、オレに抱かれた?何で、オレから離れた?何で、初めてじゃなかった。なんて嘘を吐く?」
「……惚れた。て、いつから?」
ガウリイの、真剣な問いが、まるで聞こえていない。
数秒呆然としていた彼女は、信じられない物でも見る様な表情。
意を決しての質問が、肩透かしをくらい、一瞬片眉を跳ね上げ、ガウリイは直ぐに、真剣な表情を取り戻した。
「分からん。気付いたら、リナが気になってた」
「保護者、は?」
「ああ、それな。仕方ないだろ?最初にそう言っちまったんだ。だけど、途中からは、言わない様に、してたぜ?」
頬を掻きながら言うと、彼女が、長い溜め息を吐いた。
詰めていた物を、全て吐き出す様な、長い長い溜め息を。
「あたしね、あんたの事、好きだったよ」
「………」
今は?と聞けない空気に、ガウリイは、黙って彼女を見る。
疲れた表情の彼女は、うわ言の様に、語り出した。
「あんたに、嫌われていない自信は、あった。実家に行きたい。て言われた時、もしかして。て思った。だけど、葡萄て言われて、ガッカリした」
「うん」
「それでも、告白、してみようて、思ってたの。ただ、ずっと、気になってた事が、あって……」
「何が?」
「あんたさ、すれ違う親子連れ、凄く嬉しそうに見てたでしょ?」
「そうだったか?」
「うん。でさ、一応、告白する前に、赤ちゃん産めるか、調べてみたのよ」
全然、意識していなかった事を言われ、戸惑っている内に、彼女の独白は続く。
「そしたら、子供を産める状態じゃないって……」
「・・・……」
「でも、諦めきれなくって、色々調べたんだけどね、駄目だった」
「!!!」
「けどさ、好きな人の子供、産みたいじゃない?だから、賭けてみたの」
「賭け?」
気になった単語を、オウム返しすると、彼女は、コクリと頷いた。
「たった一晩に、賭けたの、それで出来たら、命掛けても産もうて。けど、あんたは、子供欲しいだろうから、出来なかった時の事を、考えたら、付き合わせる訳に、いかないでしょ?だから、置いていった」
言葉が、終わる前に、ガウリイは立ち上がっていた。
そして、彼女が言い終わると同時に、椅子ごと抱き締める。
「馬鹿やろぉ。んな、勝手な事、あるかよ」
「だよね」
「子供が産めなくても、大丈夫に決まってるだろ?世の中には、そういう夫婦、居るだろうが」
彼女一人で、そんな決意をさせた。そんな不甲斐なさに、ガウリイの身体が、震える。
どんな思いで、あの日、自分の部屋を、訪れたのか。
それを思うと、胸が張り裂けそうになる。
彼女を抱える腕は、悔しさ、悲しみ、怒りで、震えた。
「一緒に、なってくれ」
絞り出した声、深く抱え込む腕、彼女に押し付ける胸、彼女を逃がさないとばかりの、それらは、ガウリイの、切実な想いから来ている。
二度目の言葉に、ガウリイの腕の中、彼女が身じろぎをした。
「でも……」
「でも、じゃない。返事は、“はい”しか、受け取らないからな」
「横暴よ」
「いいから、頷いちまえよ。な?」
あれだけ、心の篭った告白をしておいて、渋る彼女に、ガウリイは、おどけて言い、彼女を腕から解放し、その場に立て膝をつき、視線を合わせる。
「駄目か?」
それでも、迷っている表情の、彼女を見、ガウリイの目に、不安な色が現れる。
今は、違うのかも知れない。という思いが、じわりじわりと、侵食し、ふと気付いた。
今、食事を準備している幼女の、出生の謎に。
≪続く≫