【生誕祭】

「赤の竜神(スイーフィード)様、せめて、もう少しだけ……」
切実な祈りは、驚く程整った顔の男の口から、放たれた。
その顔は、眉は顰められ、目は辛そうに細く、何かを堪えているのか、口が震えている。
場所は、街外れにある、小さな聖堂。場所が場所だけに、男の外見との相乗効果で、まるで一枚の宗教画の様。
周りには、誰もおらず、高い天井には、赤い竜神が描かれてあり、幾重もある蝋燭は、その空間を、日常から切り離している。
「せめて、もう少しだけ、マシな場所だったら……」
震える肩。白い白い服を身に纏った男は、やおら、顔を上げ、不平を露に、声を荒げる。
「こんな国、もう嫌だ〜〜!!」
「我が侭言わない」
心からの叫びに、ピシャリと返って来た声。
それは、叫んだ男が、聞き慣れている声で、普段と同じ様に、呆れた声で、言葉を続ける。
「こんな所に居たのね?生誕祭を、神官様が逃げ出すだなんて、聞いた事ないわよ」
「聞いた事が無いて〜のは、こっちの台詞だ!!」
カツンという、靴音と共に、現れた巫女に、男は目を吊り上げ、ツカツカと、乱暴な足音で近寄る。
「生誕祭だぞ、生誕祭!!世界が生まれた日を祝う日なんだぞ!!」
「そんなの、5歳児でも知っているわよ」
普通、神官を勤める人間は、声を荒げない、穏やかな人物の筈なのだが、そこにいる男は、憤慨を露に、声を荒げた。
その言葉に、何を当然の事を。と言わんばかりの表情を、巫女は浮かべる。
「オレが知っている生誕祭てのは、聖堂や神殿で、静かに、厳かで。聖歌を合唱したり、お祈りしたりするか。家の中で、家族揃って、和やかかつ、賑やかに過ごすもんだ!!」
「へぇ。珍しい風習ね」
「…………」
首を傾げた巫女の、灰色のフードの下から、栗色の髪が、サラリと零れる。
キンと澄んだ空気が、一瞬流れ、慌てて我に返る神官。
「珍しくない!それが普通だ!ここが、異常なんだ!」
「そう言われても、あたしは、ここ以外の風習、知らないし。それに、普通て、誰が決めたの?貴方が知っている物が、世界の常識な訳?もしかしたら、貴方が言っている方が、少数意見かもしれないじゃない」
理路整然と語る巫女。
着任して間もない神官を、いつも横で補佐している人物でもある。
「生誕祭に、武道大会を開くって〜のが、世界の常識になってたまるかぁ〜!!」
力の限り叫び、神官は、長い金髪を、ガシガシと掻き混ぜる。
神官学校を卒業し、配属先として、ゼフィールシティを言い渡された瞬間、同級生達から、まるで墓場にでも送るかの様な、妙な視線を、彼は感じた。
覚悟をして、この土地に来たのが、1ヶ月前。
「手加減一発岩をも砕く」という、よく分からない格言があるだけあって、普通の八百屋のおばちゃんが、トロルを退治した。とか、魚屋のおっちゃんが、水竜を捕獲してきただとか、聞いたが、皆良い人間ばかりで、彼は、安心した。
そんな中、彼は与えられた仕事を、こなした。生誕祭の準備が、神官学校を出たばかりの、神官達の仕事だ。
勿論、先輩方が先導で、新入りは、訳が分からないながら、手伝うのが精一杯である。
で、舞台が整った、ゼフィールシティの大聖堂に、彼は、ずっと引っかかっていた違和感を、理解した。
長椅子が取っ払われ、吹き抜けの二階には、、大聖堂を6等分する位置に、力が込められたオーブが置かれてあり、想像したくないが、恐らく、防御結界の為の物。
祭壇を起点とした、レンガ製の壁は、ぐるりと円を描き、祭壇の反対側は、金属製の扉が付けられていて、その壁は、2階まで伸びており、円の中からは、おいそれと抜け出る事が出来ない様になっている。
レンガの壁の外側には、石創りの聖堂の壁と挟まれた、人が3人程並んで歩ける広さの空間があり、そこには、幾つもの椅子が並べられていて、それは恐らく、戦士の控え場。
2階と3階には、吹き抜け部分に廊下があり、いつもは解放されていない場所だが、3階には、椅子が置かれ、2階には、布が敷かれ、そこを、観客用に解放するのだろう。
そこまで整ってから、やっと気付く彼は、少しばかり鈍い様だ。
そして、恐る恐るながらに、彼は、隣に立つ、満足そうな彼女に、確認をしてみた。
「ここで、何をやるんだ?」
「何て、生誕祭の、武道大会に決まってるでしょ」
と、呆れた声で返され、
「嘘だ〜〜!!」
と絶叫し、街外れの、この聖堂へと全力疾走し、今に至る。
「伝統ある行事を、馬鹿にしないで頂戴。さあ、行くわよ」
「い〜や〜だ〜」
身長が低く華奢な身体、どこにそんな力があるのか、人より高い身長の神官を、巫女は引きずって、大聖堂へと向かう。
「応援、宜しくね」
と、巫女が、再び神官を、驚愕に陥れるのは、少し先の話である。
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