【新たな始り】

「今年も終わるわね」
「だな」
静かに言ったリナに、前に座ったガウリイが、小さく頷いた。
2人が居るのは、滅びの砂漠を見据える、エルメキアの端にある一軒家。
ガウリイの祖母の家だったと言うその家は、一階建てで、居間と土間に、小さな部屋が2つと、小さな庭と、ささやかなもの。
2人が、ここに着いたのは、1ヶ月も前。
砂漠地帯なので、庭に生えた、貴重な雑草はそのままに、家の中を大掃除し、痛んだ所の補修を、ガブリエフ家との、ちょっとばかりの騒動の合間に行い、やっと落ち着いたのが、半月前。
ガブリエフ家とは、結局和解出来ていないが、少数の理解者を得る事が出来た。
で、ここ半月、何をしていたか、と言えば、大掃除。
この言葉に、疑問を抱くだろうが、大掃除だ。
詳しく言えば、リナの習性と、ガウリイが認めたアレである。盗賊イヂメ。
近隣の盗賊を、一掃していたのだ。
年越しの為に、盗賊達が蓄えた金銀財宝を、手当たり次第、没収し換金していた。
いつものガウリイなら、そんな無茶苦茶な事を、見逃さないのだが、今回ばかりは、逆に手伝いさえした。
ガブリエフ家との確執で、鬱憤が溜まっていた。というのもあるが、気位が高いガブリエフ家への皮肉と、これからの事を見据え、財を蓄える為だ。
「明日から、宜しくね」
「頑張ろうな」
チンと、互いのグラスを鳴らし、2人は、ゼフィーリアのワインを口に含む。
「ん、美味しい」
「だな」
リナとガウリイは、名残惜しむ様に、ワインをゆっくりと味わう。
テーブルの上には、リナが、腕を奮った、豪勢な料理が、所狭しと並び、ワインの他に、シャンパンに、ウイスキーも並んでいる。
贅を尽したそれらは、明日から、未開の地へと赴く為の、旅立ちの晩餐を祝ったものだ。
「リナ、有難うな」
「ん〜?何よ、突然」
食事が、大分無くなった頃、いきなりな感謝の言葉に、リナは、おかしそうに微笑む。
「ん?色々だよ。色々」
「これからも、沢山感謝させてあげるわ」
「そりゃ、楽しみだ」
「一生退屈させないわよ?」
「そうだろうなぁ」
不敵に笑ったリナの言葉に、ガウリイは、肩を震わせ笑う。
波乱に満ちた、リナとガウリイの旅。
平穏な時期もあったが、退屈を与えてはくれない相棒に、ガウリイは、振り回され、笑ったり、怒ったり、困らせられたり、としていた事を思い出したからだ。
「思い出し笑い?やっらし〜」
「お?やらし〜事を、お望みか?こっちは、いつでも、応えるぞ?」
からかう様に、口の端を上げ、笑ったリナに、同じ様に、口の端を上げ、ガウリイは冗談ぽく言ったが、腕が伸び、リナの手首を掴む。
それは、一瞬の事で、ふわりと、風の様に撫で、手の甲、指先まで撫でると、自分の指と、相手の指を、戯れる様に絡ませたり、外したり、と遊ぶ。
「じょうだん。明日から、厳しい日々が待ってんのよ?」
暫く、されるがままにされていたが、ペチリと反対の手で、ガウリイの手を叩くと、リナは、目を細め笑う。
魔族と、敵対している時に見せる笑みに、ガウリイの背中が、ゾクリと震える。
「一日位、伸ばしても、平気だろ」
懲りずに、腕を伸ばし、リナの手を取った。その上から、リナの右手が覆い被さり、
「剣士が安易に、利き手を出して、どうすんの?」
面白がる様な笑み、ガウリイの右手に、ちくりと、痛みが走り、ガウリイは片眉を跳ね上げる。
退いた、リナの右手から、料理に差してあった、ピンが、転がり出、彼女が再び、不敵に笑う。
「油断大敵てね」
「手痛い新妻さんだな」
「それは承知の筈でしょ?」
「全く、新婚ほやほやだっつうのに、少し位、甘い雰囲気になっても、良いだろうが」
困った様に笑いながら、ガウリイは、ナイフを改めて手にする。
もうそのつもりは無い。と、無言で示しているのだ。
満足そうに笑い、リナが口を開く。
「甘いのがお好みなら、他を当たってくれる?あたし、辛口なのよ」
「馬鹿言うな。それを、どう甘くさせるかが、男の見せ所だろ」
「そんなの、聞いた事ないけど」
「つまり、お前さんじゃないと、つまらんて事だよ」
「何?あたしって、あんたの、暇つぶし相手として、選ばれたって事?」
「さあな」
言葉とは裏腹に、リナはくすくすと笑っていて、ガウリイも、堪えきれない笑みを漏らす。
静かに静かに時は流れ、1年が終わろうとしているのを、2人は窓際で、眺めていた。
庭は、月明かりで、白く浮き上がって見え、まるで、雪景色の様に見える。
「頼りにしてるからね。旦那様」
「お、やっと旦那て言ったな」
背中を、広い胸に預けた、小さな新妻に、ガウリイは小さく笑い、細い身体を、包み込む様に抱き締める。
式を挙げたのは、花が咲き誇る、春のゼフィーリア。
新婚旅行と称し、以前の様に、旅をしていた2人。
不意に、ガウリイの故郷へ行きたい。とリナが言ったのが、秋のゼフィーリアを、堪能した頃。
渋ったガウリイを、説得し続け、結局は、リナの、「ガウリイのおばあちゃんに、挨拶したい」の言葉で落とした。
ガウリイは、祖母に紹介したい。と思っていたが、今は無き、伝説の武器を、盲目的に執心していた彼等と、リナを合わせたら、只で済まないだろう。と、分かっていたのもあり、どうしても、足取りは重かった。
実際、ガウリイを騙し、家宝を奪ったのだろう。と、根拠も無いのに、声を揃え言ってきた。が、そこは、リナ。と言うべきか、それらを跳ねのけ、少数だが、味方さえ作ってみせた。
そもそも、風当たりが強い中、ガブリエフ家の邸宅から離れている。とは言え、ガウリイの祖母の家を、仮住いに選んだ神経からして、彼女らしい。
てっきり、家宝の喪失を、気にしているものだ。と思っていたガウリイにとって、それは、嬉しい誤算であると同時に、残念な所でもあった。
身体を張って、彼女を守ろうと、密かに決意していたのが、無駄になってしまったからだ。
そんな、残念な気持ちも、不意に甘えられた今、昇華されてしまうのだから、つくづく、男てのは単純だな。と、ガウリイは、こっそり苦笑を浮かべる。
「何となくね、あんたのおばあちゃんに、挨拶しないと、あんたと本当の意味で、結婚した気分になれないて、思ってたのよ」
左腕に、甘える様に、リナが頬擦りをする。
その頭を撫で、ガウリイは微笑みを浮かべる。
それは、勿論本音なのだろうが、照れがあったのを、知っているからだ。
「毎年、有難うて言うな」
「忘れないでよ?」
耳元で囁かれた、甘い声に、擽ったそうに笑い、リナは、顔をそちらへと、当然の様に、唇が降ってきて、それを受けると同時に、遠くから鐘の音が、響いた。