【愛とは】

冬の名残と春の予感が交錯するこの時季、俄に街は、人生の春を謳歌するべく、賑わいを見せていた。
想いや、日頃の感謝を伝える日で、年頃の男と女にとっては、外してはならない、
『バレンタインデー』
だからだ。
そして、城内の厨房では、乙女達が真剣な表情で材料と向き合っていた。
‐パカン!
「直火禁止!」
金属トレーを振るったのは、色々な二つ名で有名なリナ・インバース。
「いったぁい!」
その暴力の被害者、そして城の姫君であるアメリアは、大きな瞳を潤ませた。
本来そこを職場としている専属の料理人達は、大事な姫君のその光景を心配そうに見守っている。
「手出し厳禁ですからね!」と、彼女に言い渡されていたからだ。
その姫君は、甘い香りがする鍋を、火にくべようとしていた所、監督者から少しばかり暴力的な制止を振るわれたのだ。
監督者であるのは、勿論、金属トレーを振ったリナである。
「何でよ!チョコを溶かす。て言ったのは、リナじゃない!」
「その鍋を、こっちの鍋のお湯に浸すの。直火はチョコレートが分離するからダメ」
「そうなら、そうと言ってくれたって良いじゃない。もう!」
和気あいあいと盛り上がっている訳は、リナとその相棒が、この城に寄った事から始まった。
懐かしい顔に、話が弾んでいたが、自然、女同士で盛り上がり、リナの相棒は、「ちょっとブラブラしてくる」と席を外した。
そこで、アメリアが思い出した様に、「リナって料理得意?」と脈絡の無い会話を振り、「自慢じゃないけど、美味しいわよ?」と、リナが不敵な笑みで答え、料理教室が始まったのだ。
「で、誰に挙げるわけ?」
「父さんよ。いつもは買っているのだけど、今年は、料理人に教えて貰おうと思ってて。そしたら、リナが来たじゃない?折角だし、女同士で話を盛り上げながらてのもありかな。て思って。でも、リナがお菓子作れるてのは、何か不思議な気分」
リナが料理出来る事が、余程意外なのか、アメリアが眉を寄せて可笑しそうに笑う。
その背中をパシン!と平手打ちし、リナは遠い目をし、古いが色褪せる事のない昔を思い出す。
「家事全般得意よ。特訓受けたもの」
「あら、じゃあ直ぐにでもお嫁さんになれるのね♪式には呼んでね?」
この話題で、何故リナがブルーになったのか分からないが、アメリアは明るい声で言った。
人生晴れの大舞台に、乙女心がくすぐられたのだ。しかも、アメリア自身にとって、大事な友人の事なので、さらに嬉しい気分になっていたし、リナをからかうと面白いので、ついでに楽しめる。となれば、心も声も弾むってもの。
しかし、リナは至って平然としていて、つまらなさそうな表情。
「相手が居ないでしょうが」
「またまた〜、ガウリイさんが聞いたら、泣くわよ」
「フィルさん一人分にしては、多くない?これ」
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべたアメリアの言葉を無視し、リナはアメリアの鍋を指差した。
決して大きくは無い鍋の中身は、勿論、甘い香りの元、チョコレートである。
それを、アメリアは笑顔で受ける。
「折角だし、ガウリイさんにもお裾分け。リナの愛情籠った物には適わないけど」
「これであいつを泣いて喜ばせる自信はあるわよ」
「珍しい認めるのね?」
不敵な笑顔のリナを、意外そのもの。といった表情でアメリアが目をパチクリさせ見た。
そのリナが、ニヤリと口を歪ませ、嫌な笑顔を浮かべ肘でアメリアを、うりうりと突っつく。
「で、そう言うあんたは、放浪男には挙げないの?」
「そんな人知らない!」
「へぇ。ふぅん?何があったのかな?アメリアちゃ〜ん?」
ムスッと口を尖らせ、鋭い口調で応えたアメリアを、リナはニィと口の端を思いっきり広げ見た。
そのついでに、アメリアが掻き混ぜていた鍋を、お湯から上げ、冷水に浸ける。
「知らないわよ!」
「んふふ、正直よねぇ、あんたってばvね、あたし達ね、隣町に昨日泊まったのよ」
顔を背けたアメリアに、リナは笑顔で話を変えた。
あまりにも急で、アメリアが不審そうな顔をすると、リナは何でもない様な口調で告げる。
「でね、会ったのよ」
「まさか…?」
「秘密。不本意なんだけどね、故郷じゃ《赤い糸切りのリナ》なんて言われてるのよ。あたしが取り持ったカップル、破局が早いの。だから、あたしの言葉をどう受け取ろうが、あんたの自由よ」
クシャリとアメリアの黒髪を撫で、リナは笑った。
「で?何で知らない。なの?」
作業を終え、後は冷やし固めるだけ。となり、リナが口を開いた。
見守っていた料理人達は、手際の良さと、暴力的だが人の良いリナに安堵し、既に厨房から離れている。
「大きい街は苦手だ。てのは知っているのよ。会いに来て欲しいなんて我が侭は言わないけど、手紙一つも無いのよ?ちょっと寂しいじゃない」
「朴念仁にも程があるわね。ゼルらしいちゃあ、らしいけど」
その言葉がきっかけで、リナが合間を見て作ったサンドイッチを、二人で摘まみ、某白ずくめの悪口を散々並べ立て始める。
「待ってくれ。て言われて無いのに、待ってるわたしもわたしだけど…」
「言葉は、必要無いでしょ。あんたも、待ってる。てあいつに伝えて無いんじゃない?」
盛り上がっていた所、急に萎れたアメリアに、リナは苦笑を浮かべた。
「お、こんな所に居たのか」
「ガウリイさん、良い時に来た!はい、わたしから」
ひょっこり現れたリナの相棒に、アメリアは笑顔で小さな箱を渡し、
「勿論、お世話になってます。て意味ですから♪」
ウインク一つ送り、厨房を出、父親や、神官長、そして、大事な職場を貸してくれた料理人の元へ、と向かう。
本当は、城に務める人間全てに配りたいが、作るのが大変なので、他の人間には買った物を配る事にした。
「モテモテね」
厨房に残ったリナは、ガウリイが抱える紙袋を見、ニコリと笑う。
「あ、いや…」
「あたしからは、これ。手間を掛けたんだから、味わって食べる様に」
頬を掻いたガウリイに手渡されたのは、ガウリイの手の平サイズの紙袋。
「リナが作ったのか?」
「当たり前でしょ。食べられるわよね、勿論」
パチクリと見てくる蒼い瞳に、リナは否定を許さない笑みを浮かべた。
「ああ!勿論食べるぞ!」
リナの笑みに恐れを為したわけでは無いが、コクコク頷きガウリイは紙袋を開け、中身を口に運ぶ。
紙袋の中身は、チョコレートでコーティングされたクッキー。
それをもそもそ食べ、
「不思議な味のクッキーだな」
と、ガウリイは眉を寄せた。
「ま、これからも宜しく保護者さん。て事で、リナちゃん特製だから」
「そっか。有り難うな」
不思議な味の秘密は、説明されて無いのだが、ガウリイはあっさり頷き、抱えていた紙袋をリナに差し出す。
「どれが好みかわからなかったから、気になったの全部買ってきたんだ」
「へ?あたしに??あんたのじゃなかったの?」
「おう!何でも、セイルーンじゃ男も贈って良いて聞いてな。で、リナにやろうと思って」
恥ずかしくなったのか、ガウリイは頬を掻く。
その言葉を受け、リナはくすぐったそうに笑い、紙袋を受け取った。
リナもガウリイも、故郷では女性から贈る事が慣わしだった為、何だか気恥ずかしかったのだ。
「美味しかった?」
「まあ、美味しいて言えば、美味しいけどな。変わった味がしたぞ。何が入っていたんだ?」
全て食べきったガウリイは、笑顔のリナに不思議そうな表情を向けた。
「言ったでしょ。特製だ。て。あんたの大っ嫌いなピーマンよv」
「ピ!ピーマン?!?!」
「あたしからの愛よ。保護者さんが苦手を克服出来ます様に。ていうv」
愕然とした表情になったガウリイに、リナは楽しそうに笑い、言う。
「食べれたから、文句無いでしょう?」
「何か、ピーマンの味がしてきた…酷いぞ、リナ」
「愛とは、時に残酷なり。てね」
涙目で曇った蒼い瞳に、リナはウインク一つ送った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
特製クッキーの補足説明:ピーマンを刻んだ物が入っている訳では無く、ピーマンを直火で炙って、皮が真っ黒になったら冷水に取り、皮をめくります。そしたら、種を除いた身を切り、裏ごしし、ピューレに。
それをクッキー生地に練り混ぜたらOK。但し、味の保証はしかねます。
だって、クッキーなんて焼かないし。
野菜クッキーの応用だと思って下さい。ピーマンは、上の料理法だとピーマン嫌いなお子様でも気にならないので、チャーハンやハンバーグに応用して下さい。
…それでも駄目だったらスミマセン(汗)
というか…ピューレのレシピ間違ってないか心配なんですが(笑)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆