【交わされない約束】 |
王都セイルーンの外れにあるジニハシティは、取り立て目立った観光名所は無いが、アトラスへ向かう主要街道がある為に賑わっている。
その町外れに、寂れた区域があった。街道から遠く、あぶれ者達が集まるその区域に、くたびれた宿屋が一軒ある。金さえ払えば誰でも泊める 所で、値段の割には部屋もベッドも粗末なのは言うまでも無い。 しかし、そこの宿屋には一つだけ美点があった。料理が格別に美味しいのだ。値段は、高くも安くも無いが、その味を求める客は多い。 その宿屋を切り盛りするのが、40代の男。随分昔は、指名手配をされる程の詐欺師であったが、色々あって今は宿屋の主人をしている。美食家で料理の心得があった為、食堂だけでも良かったのだが、建物が丸っと手に入ったので、宿屋を兼業にしたのだ。 それが来たのは、昼食後の片付けをしている時。 何でこんな寂れた所にまで?と不思議に思ったが、内容を見ると、彼には心当たりがあった。 3泊目のその客は、この宿では珍しくは無いが、後ろ暗い人間の様だ。という以外、素性は分からない。 昨日、その客の知り合いが、遅い時間に夕食を摂りに来て、始終目深に被っているフードを脱いだ時は、流石に驚いたが。 見る度に気難しい顔なのだが、知り合いの人間が居た時は、驚く程柔らかな表情をしたり、顔を青褪めたり、呆れた顔をしたりと、非常に表情豊かであった。 それ程親密な相手なのだろうが、あの少女はどう見ても裏の世界で生きている様に見えなかったので、どういう関係なのだろうか?と首を傾げたくなった。 そして、この御布令。 その客とおぼしき容姿の特徴が書いてあり、その者が訪れた場合、丁重におもてなしをし、居場所を知らせて欲しい。との事が書いてあった。 知らせは出したが、連泊していて、後ろ暗いであろう相手に、いきなり態度を変えれば、逃げられると思い、丁重なおもてなしは避ける事にした。 本来、こういった宿屋には守秘義務がある。指名手配犯を見ても、役人に届け出ないのが、暗黙のルールで、その分、宿泊料が割高なのだ。 しかし、役人を突き帰す事もしない。様は、あくまで中立の立場なのだ。 だが、今回はそれとは違う様に感じたのと、紙にあった紋章が、男が逆らいたくないと思っている所の物だったので、知らせる事にした。 そして、その客が何処からか戻って来たが、受け付けに辿り着く前に、セイルーンの正規兵に止められた。 例の客の頭が、ピクリと震える。 実は、指名手配だったのだろうか?主人は自分の失敗を危惧したが。 「ゼルガディス・グレイワーズ殿ですね?ご同行をお願い致します」 「こう来たか…」 慇懃な兵士の言葉に対して、客の態度は呆れと諦めが含まれていた。 待っていた兵士に、事情を聞いた所、「姫様のご所望なので」と聞かされていたので、素性は謎のままだが、もしかしたら、世を忍んでいる賢人なのかもしれない。と、主人は勝手に思った。 そして、兵士に案内され連れていかれたその人物は、大通りで待っていた王宮の紋章入り馬車に、顔を引き攣らせる。 「歩いて行きたいのだが…」 「ですが、それでは到着が遅れますので」 あの騒がしい少女に出会った時には、ある程度の覚悟をしていたその人物は、兵士の言葉に長々とした溜め息を吐き、馬車に乗り込んだ。 馬車が城に着いた時には、日は沈み、夕飯時を迎えた頃。 「ようこそゼルガディスさん」 「お前は、もう少し穏便に出来ないのか…あんな仰々しくしやがって」 兵士を派遣した王女の笑顔を見た瞬間、呼ばれた人物=ゼルガディス・グレイワーズは痛むコメカミを揉んだ。 「ゼルガディスさんが悪いのよ、セイルーンに居るのに、挨拶に来ないなんて。だから、こんなの配っちゃいましたv」 「………おい、何だこれは!」 「何だ、て、ゼルガディスさんの居場所を教えて下さい。というお願いよ」 手渡された紙をパンパン叩き抗議したゼルガディスに、アメリアは目をパチクリとさせた。勿論その紙は、宿屋の主人が目にした御布令で、セイルーン領内の宿泊施設全てに配られたのは言うまでも無い。 くは〜と長く溜め息を吐くと、ゼルガディスは力の無い声を絞り出す。 「居場所はリナに聞いたんじゃなかったのか」 「リナったら教えてくれなくって。しかも!今後ゼルガディスさんがセイルーンに来た時、宿泊施設に困らない!名案よね!!」 「…………はあ〜」 返す言葉に困り、ゼルガディスは疲れた溜め息を吐いた。目の前のアメリアと共通の知り合い、リナに会った時も疲れたが、彼女も彼女で、違う疲れを彼に感じさせた。 「はい!ゼルガディスさん。今日に会えて良かったわ」 「……ああ」 彼女が差し出したリボンを掛けられた箱は、彼の手の平より大きい物だった。 それを顔を顰め受け取ると、ゼルガディスは咳払い一つし、 「まあなんだ…別に今日だから、て訳では無いんだがな……ついでだ」 背負っていた荷物袋の中から、手の平サイズの箱を取り出した。 昨日偶然出会った仲間に、託そうとしたのだが、直接渡せと断られたの で、どうしたものか?と悩んでいた物であった。 「土産だ」 「わたしに?」 「他に誰が居る」 その箱を渡そうと差し出すと、不思議そうに首を傾げたアメリアに、不機嫌にゼルガディスは言った。 「開けて良いの?」 「好きにしろ」 飾り気の無い箱を、アメリアが手にすると、ゼルガディスはマスクで口を隠し、身体ごとそっぽを向き、彼女を横目でこっそり覗く。 その彼女の目が、大きく見開く。 「どうしてこれを?」 「意味なんて無い。偶々石を手に入れてな。暇潰しに加工しただけだ」 「どこに驚いたら良いのか分からないのだけれど。有り難うゼルガディスさん」 そっぽを向かれたまま放たれた言葉は、声ほどに冷たさは無く、逆に暖かさを感じ、アメリアは素直に感謝の言葉を伝えた。 彼女の手にあるのは、透明な護符宝石を中心に、周りを黄色い宝石が囲んだ、ヒマワリの形を模した髪飾り。 「リナにもこれを?」 「あいつには、昨日無理矢理奢らされた。それに、いくつも作る程暇では無い」 アメリアの問いに、ゼルガディスは素っ気なく言った。マスクで顔半分を隠しているので、表情は読めないが、アメリアは微笑んだ。 「わたしの為に、作ってくれたの?」 「好きに解釈しろ」 「どうしよ……とっても嬉しくて、何て言ったら分からないわ」 満面に広がるアメリアの笑顔。 それを見て、ゼルガディスは、やはりヒマワリの様だ。と内心思った。 ヒマワリの様な彼女に似合う物を贈りたい。と、石を集めて髪飾りを作る事にしたのだ。 で、彼女が身に付けるならばと、彼女を護る物にした。 「ゼルガディスさん、本当に有り難う。大事にするわ」 「礼を言われる程では無い」 「今日は泊まっていってね。おもてなしするわ」 「宿屋に戻りづらいし、こんな時間だ。泊まっていくさ」 相変わらずの素っ気ない声だが、アメリアは安心した様に笑う。 短い間でも、同じ空間に居られる事が嬉しいのだ。 「ご飯、まだよね?用意してあるわ」 「あいつらと食べるのは御免だ」 「リナ達は居ないわ。二人っきりになりたかったんじゃない?」 「そうか、静かに食事が出来る。それだけで安心するな」 明らかに安堵の声になるゼルガディス。あの二人の騒がしい食事には、彼は慣れる事が出来ない。それをアメリアは気付いていたので、クスクスと小さく笑う。 「それでは、あまり長居しても邪魔でしょうから、わたしは部屋に戻るわ。おやすみなさい」 「…ああ」 笑顔で部屋を出て行く彼女を、ゼルガディスは眉を寄せて見送り、一人になると溜め息を吐いた。 ―そして、翌日の朝。 王族は、いつも揃って食事をする決まりだとかで、朝食を一人摂ったゼルガディスは、荷物を片付けていた。 その時、 ―バン! 「おっはよ〜!良く眠れた?」 「扉は静かに開けろ。と何度注意した?」 勢い良く開いた扉に、ゼルガディスは溜め息を吐く。 「すみません。……もう、行くの?」 「ああ」 寂しそうな声を背中に受け、ゼルガディスの胸がチクリと痛む。 「選別、お守りなんだけど…受け取って」 その声に、ゼルガディスは振り返った。 笑顔の彼女がそこに居た。 「大した物じゃないけど、どうぞ」 「ああ」 アメリアからゼルガディスに贈られたのは、平らで手の平サイズの皮の袋。 「えっと……」 「世話になった」 言い淀んだアメリアに、ゼルガディスは静かに出立の意図を告げた。 「いえ…」 笑顔で顔を横に振るアメリアだが、その姿は痛々しい。 「……美味かった。それと、大事に持っておく。あと……お前一人位、邪魔にはならん」 本物の笑顔を見たくて、ゼルガディスはそれを口にした。 その途端、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべる。 「嬉しい有り難う」 「…じゃあな」 「…はい、お元気で」 一瞬で笑顔は曇ったものになったが、右手で握手をすると、ゼルガディスは荷物を担ぐ。 「見送りはいい」 「執務があるから、したくても出来ないわ」 「そうか」 「それじゃあ、お先に失礼します」 笑顔で頭を下げると、アメリアは客間を出た。彼が出て行くのを見送るのが嫌だったのだ。 彼に渡したお守りの中身は、一枚のカード。白い丸みの花弁を持った、サンザシと呼ばれる花の絵が描かれてあり、それは、アメリアの自室に飾ってあったもので、「成功を待つ」という花言葉を持っていた。 「わたしの目はあなただけを見る」 城を去り、放浪の旅に戻った男の口から、ぽつりとこぼれたのは、ヒマワリの花言葉。 どこに居ても、彼は彼女の事は気にしている。それを密かに伝えたかったのだ。 「必ず迎えに来るから、待っていてくれ」とは約束出来ない彼の、精一杯の誠意が、あの髪飾りだ。 |