【白の日】

‐前編‐

「貴方達は、勉強会を何だと……」
勉強会の報告に、年配の女性は、額に手を当てた。
王宮魔導士を束ねる長であるその女性は、2人の才能を高く評価しており、2人を弟子として育てた人物でもある。
それは、亡命者としては、珍しい事で、こうして、報告義務を持つまでの位も、異例の事だ。
「国を守護するのが、あたし達の役目でしょ?どう守るか、議論するのは、当然じゃない」
「こいつの発想は、暴力的な所がありますから。それを放って置けなかっただけです」
胸を張る女と、淡々と答えた男に、師匠は溜め息を吐く。
余程気安い師匠と弟子なのか、女は砕けた口調で、男は丁寧な口調ながらも不遜な態度である。
そして、部屋には3人だけという状況なので、フードとマフラーを外し、銀髪と、不気味なまでの青い肌を、男は晒していた。
この肌の色を、いつも隠しているのは、周りにいらぬ気遣いや、心配をさせない為である。
ここに居る、2人の女性は、そんな肌に、全く動じないので、隠す必要はないのだ。
「はう、それは、大臣や私がするべき事よ。貴方達の集会は、魔導の知識を高める事が目的なの。前にも言ったでしょうが」
以前の勉強会の報告を思い出した師匠は、やはり、2人を勉強会で組ませるべきでなかった。と後悔をした。
以前の勉強会は、神と魔は存在するか、否かが、議題だった。
その時も、答えが出なかった。
2人が揃うと、答えの出ない議論が、多かったので、暫く別々にしていた。
だが、稀に、とんでもない発見を、この2人はする。
それは、王宮魔導士の長である、女性を驚かせる程の。
で、つい、新しい発見を期待し、2人を組ませてしまうのだ。
本来は、勉強会の組み合わせで、報告義務を持っているのは、1人だけなので、異例の組み合わせだ。
疲れた表情を、師匠は笑顔に戻し、口を開く。
「それだけ、国を思ってくれてる事は、有り難いわ。国を思うなら、勉強会もしっかりしてくれると、更に有り難いのだけれど」
「努力するわ」
「話を反らす誰かが居なければ、それは容易な事です」
ここで、素直に頷く女と男では無かった。
それを良く知っている師匠は、笑顔で2人に宿題を出したのであった。
それぞれ与えられたのは、女には、白魔法の、男には黒魔法の、高位魔法の応用。
「あんた、得意よね?」
「そっちこそ」
お互いの宿題を確認した2人が、互いに協力し、宿題をこなす。
それが、師匠の思惑だと、分かっていても、得意な人間を、利用しないという、非効率的な事は、選ばない2人なのだ。
二週間後、宿題を提出しに、2人は師匠の元へ向かった。
「さすがね。良く出来ているわ」
提出された論文に、賞賛の声を漏らし、師匠は、真剣な表情を、2人に向ける。
「来週、周辺国家に、セイルーンは、中立国であると、通達を出す事になったわ」
各国からの連盟の申し立てが、続いていたのは、2人も知っていた事だったので、それには、余り驚きは無かった。
師匠の目が、女の方に向く。
「それでね、ゼフィーリアに、行ってくれないかしら?」
「中立国として、乱暴な考えのあたしは、邪魔だ。て事?」
硬い声で返し、女は表情を険しくし、師匠を見る。
「そうじゃないの。セイルーンの為に、ゼフィーリアに行って欲しいの」
「セイルーンの為に?」
「ええ。ゼフィーリアは、貴方達が生まれる前から、中立国として、存在してきた。そことの、繋がりが欲しいのよ」
「理由は分かったわ。けど、何であたしが?」
怪訝な表情の女に、師匠は優しく微笑んだ。
「貴女には、黒魔法の才能がある。けど、ここには、貴女の才能を、伸ばす力が無いの。その点、ゼフィーリアは、圧倒的な力でもって、中立国として、成り立っている。ゼフィーリアなら、黒魔法を極める事も、難しくないと思うの。弟子の才能を、このまま埋もれさせたら、後悔してしまうわ」
「あたしは、師匠のお陰で、ここまで育ちました。どこでだって、極める事は出来ます」
いつもの砕けている口調を止め、真っ直ぐと、師匠に向けられる視線、それらは、師匠を慕っている事を、物語っている。
それに、師匠は困った表情をする。
「慕ってくれるのは、有り難いわ。でもね、行ってくれないと、困るのよ」
「何故ですか?」
「実はね、ゼフィーリアの知り合いから、才能ある女の子を、是非に。て頼まれていて、なら、良い子が居るわて、答えてしまったの」
「……あたしは、師匠の傍で、働きたいです。片腕の旦那を、兵士の指南役として、推薦して下さった、師匠の元で…」
優しい師匠の視線に、晒されていると、頷いてしまいそうで、女は、視線を落とし、首を横に振った。
そこに、優しい声が掛かる。
「なら、私の為に、行ってくれないかしら?お願いされたの、ゼフィーリアの女王なのよ。約束を反故にしたら、怒られてしまうわ」
「……その話、受けても良いわ」
ゆっくりと上がった女の視線には、いつもの強い光。
ただ、師匠の為になりたい。それだけの気持ちであった。
それに、嬉しそうに微笑む師匠。
「有り難う」
そして、今度は、男の方に、視線を向ける。
「貴方、王の側近になってくれないかしら?」
「はぁ?!!」
とんでもない、申し出に、男は、腰を浮かせた。
「恥ずかしい話、王の周りは、安心出来る人材ばかりとは、言えないのよ」
「それは、判っていますが……」
「誰が信頼出来るか、判らない状態は、王にとって、気の休まる所がないわ」
「はあ…」
落ち着かないながらも、男は腰を降ろし、師匠を見る。
「貴方の事は、良く知っているつもりよ。だからこそ、王を支えて欲しいの」
「貴女が居るではありませんか、王妃」
師匠の言葉に、男は、静かに言った。
その声色は、いつもの不遜なものがなく、尊敬の色だけがあった。
「私では、駄目よ。男と女とでは、分かり合えない物があるもの」
「それなら、もっと身分が良くて、信頼出来る男を選ぶべきです」
師匠であり、王妃でもある女性に、男は真っ直ぐ視線を向ける。
それに、肩を竦める王妃。
「身分があると、派閥やら何やらのしがらみで、思う様な発言が出来ないのよ。その点、貴方は、しがらみは無いし。何より、頭が良くて、忠誠心が強く、剣の腕も良く、白魔法も扱える」
「………」
こう手放しで、誉められるのは、慣れていない男は、言葉に困り、身体を揺する。
その男の横っ腹を、隣に座っている女が、肘で突っつく。
「それに、私に対して、あれだけ不遜な態度を、取れるんだもの、フィルにも、何の躊躇もなく、忠告してくれる。て、期待してるのよ?」
戯けた口調の王妃の言葉。
その瞬間、男は唖然と口を開き、女は爆笑した。
「何でも言えて、言って貰える。そんな人材が、フィルには必要なの。受けて貰えないかしら?」
「あっはっは!受けなさいよ。こんな言われてんのよ?男なら、受けるべきだわ」
王妃の真剣な声と、女のからかう様な声に、男は、苦笑を浮かべた。
「後悔しても、知りませんよ。俺は、辛口ですから」
「あら、それこそ、挑む所だわ」
男と、王妃の硬い握手によって、民衆出仕の、王の側近が、ここに生まれた。
「セイルーンを、頼んだわよ」
「あんたの、助言のお陰で、あいつも、一緒に守ってくれると、言ってくれたからな。安心しろ」
師匠の部屋を出、女と男は、共に扉を背にしたまま、視線を合わさないで、会話を楽しむ。
「へえ、あたし級の、良い女じゃない。大切にしなさいよね」
「言われなくても、大切にしてるさ」
「活躍、楽しみにしてるわ」
「ゼフィーリアで暴れたという噂が、届かない事を祈る」
「ちょっと?こっちは、頑張れ、て言ったのに、それは無いじゃない?」
言葉と同時に、女が、男の脛を軽く蹴る。
それに、男は楽しそうな笑みで返す。
「あんたに贈る言葉として、的確なものだと思うが?」
「あっちで出世して、その言葉、後悔させてやる。首になっても、助けてやらないからね」
「残念だが、俺は、頭が良いからな。簡単に首にはならんさ。対等に話せる、あんたが居なくなるのは、残念ではあるがな」
「元気で」
「そっちも」
結局、視線を合わせる事なく、2人は踵を返し、2人を待つ人物の為に、互いに背を向け、歩き出した。
その一年後、女王の元で、働いていた女の元に、とある情報が。
セイルーンの王の側近の、白魔導士が、街の区画を整備し、六芒星の結界を作らせた。という物であった。
結界が完成したのは、セイルーンが中立国宣言してから、丁度1年目の日。
それを記念し、セイルーンでは、常に白を纏った魔導士に敬意を評し、白の日と呼ばれている。