【いつでも隣に】

ガウリイ編−1−

サイラーグを離れ、仲間達とも別れて、2週間半程が経ち、久々の2人旅にも大分慣れて来た朝、珍しくリナが朝食に下りて来ないので、部屋へと呼びに行く事にした。
−コンコン
「リナ?まだ寝ているのか?」
部屋のドアをノックしてから声を掛けて、中の気配を伺うと、リナは起きている様だ。
〈具合でも悪いのか?最近様子が変だったし、でかい戦いの後だもんな〉
ぼんやり考え事をしていると、何かを確かめる様にリナはゆっくりとドアへと近づいてきた。
「リナ?具合でも悪いのか?」
『医者・・呼んで来て。』
声を掛けると、返って来たのはしっかりはしているもののいつもの覇気はない声をしていた。
「どうかしたのか?」
『いいから、呼んで来て頂戴。』
「・・・分かった、すぐ戻るからな。」
カタッというドアにもたれかかった音と共にリナの硬い声が届き、
一言言って踵を返し下の階へと向かう。
「おはようご・」
「医者を頼む。」
カウンターに立って居た40代頃の男の言葉を遮り、短くそう言うと、
「判りました。水とタオルを御用意致します。少々お待ち下さい。」
「助かる。」
踵を返しカウンターの奥へと向かった男に、小さく頭を下げる。
『医者の所へ行って来る。表に居る方に水とタオルを』
『いってらっしゃい。』
男の言葉に女の声が応えると、男の気配は更に奥へと消えて行く。
「お客様、お待たせ致しました。」
「簡単に食べられる物を頼めるか?」
「はい。お連れ様は確か女性でしたわね、ゆず茶を入れたお粥を御用意致します。」
おそらく、先程の男の娘であろう20歳頃の女性は柔らかく微笑んだ。
「それと、レシスジュースも。」
「畏まりました。少し温めてお出ししますわね。」
「・・・あんた、気が利くな。」
「お褒め頂き、有り難うございます。」
女性が小さく頭を下げるのと同時に、水の入った水差しと、桶・タオルを手にして、口を開く。
「それじゃあ。」
「お客様はサンドウィッチで宜しいですね?」
「ああ。」
踵を返そうとしたオレに言った女性の言葉に小さく頷き二階へと向かった。
−コンコン
「リナ?」
ノックをして声を掛けると、ドアのすぐ向こうで座っていたであろうリナが立ち上がる気配がし、
−カチャカチャ・・・ガチャ
「・・・入って。」
鍵の外す音がした後、ゆっくりとドアが部屋の内側へと開かれた。
その先に眉を顰め右手で目から下を覆っているリナが居る。
「大丈夫か?今、宿の人が医者の所へ行ってくれているからな。」
「そう・・・」
オレが声を掛けると、リナは足を擦る様な形でベッド脇まで歩き、左手を着いてからベッドに座った。
「・・・水、飲むか?」
後ろ手にドアを閉め、ナイトテーブルへと足を向け、
「ん・・・」
「頭、痛いのか?」
ナイトテーブルの上にあるコップに水を入れ、リナの左手に持たせた。
「・・・」
「寝てなくて、平気なのか?」
水を飲み干したリナに声を掛けるが、リナは何も語ろうとはしない。
いつもコロコロ変わる表情も、今は手で覆われている為に、その表情は読み取れず、 僅かに気配で、不安がっている様に感じるだけだ。
「ここの娘さんにな、今粥を準備して貰ってる、あと温めたレシスジュースも来る。
 医者が帰ったら・・食べられそうか?」
「ん、食欲はある。」
「そっか。」
小さく頷いたリナを見て、少しだけ安堵して、リナの額に手を伸ばした。
「熱は・・無さそうだな。どこが調子悪いんだ?」
「・・・。」
「最近、少し大人しのもその所為なんだな?」
「ん。」
「いつからだ?」
「医者が・・来てから・・二度言うの・・面倒だわ。」
そう言い、リナは下を向き、右手を外して瞼を伏せる。
「何で、オレを見ない?」
「・・・。」
床に視線を落としたまま、リナは小さく頭を横に振った。
いつもと調子の違うリナに、オレは途方に暮れて、それ以上話をする事が出来なくなってしまった。
−コンコン
『お医者様をお連れしました。』
沈黙を打ち破る音と、男の声に、そちらを見て声を掛ける。
「入ってくれ。」
−ガチャ
ドアを開けて入って来たのは宿の主人の男と、同じ年頃の白いローブを羽織った男だった。
「この街で評判の名医です、ご安心下さい。」
それだけを言い、宿の主人は一礼をして部屋を出て行った。
−パタン
「患者は、そちらのお嬢さんですね?」
ドアを閉め、医者の男はこちらを向いた。
「ああ。」
小さく頷き、リナと向かい合う形で、備え付けの椅子を置く。
そこに医者は腰掛けた。
−カタン
「さて、どうなさいましたか?」
「・・・・」
暫く眉を顰め黙っていたリナがゆっくりと顔を上げた。
「!?お前、目が・・見えないのか?」
「ん。」
焦点の合っていないリナの目を見て言ったオレに、リナは瞼を伏せる。
「それは、どれくらいですか?」
「・・どれ・・くらい、て?」
医者の言葉に、リナは小首を傾げた。
「ぼんやり見える程度、明暗が分かる・・もしくは・・」
「真っ暗よ・・何も・・色も・・光も・・」
医者のゆっくりとした口調に、リナは溜め息と共にそう答える。
「それは・・今日いきなりですか?それとも、前兆の様な物はありましたか?」
「・・・・。」
医者の言葉に、リナはオレの方へと顔を向け、瞼を伏せ口を開く。
「・・・一週間程前から・・ごく偶に視界が欠ける事がありました。」
「では・・その一週間程前・・何か不調がありましたか?
 例えば、ひどい頭痛がしたとか・・何か大きい怪我をした等・・」
「・・・いえ・・・そういうのは・・」
「なら・・いえ・・いいでしょう。少し視てみます。」
頭(かぶり)を振ったリナを見て、何かを言いかけ医者は立ち上がり、リナの頭の前へ右手を翳す。
その口が小さく動き、翳した手に青白い光が点った。
「・・・・」
「ふ〜む・・・とりあえず・・・頭に問題はなさそうですね。」
「そう・・ですか・・」
「一週間と言わず・・ここ何年かで大きな怪我は?」
「・・・数え上げたらキリが無いわ。」
「う゛・・・そう・・・ですか・・・そういうものの積み重ねかも・・知れませんね。」
ゆっくりと目を開けたリナの言葉に、医者は冷や汗を垂らした。
「で・・・どうなんだ。治せるのか?」
「・・・お薬を・・お出しします。少し様子を見ましょう。明日の昼頃、またお邪魔します。」
ナイトテーブルに体重を預けているオレの方を見て、医者はそう言って鞄を漁り紙袋を取り出し、
「食後に2粒ずつ飲ませて上げて下さい。」
手にした薬を何粒かその中に入れてオレに渡した。
≪続く≫