【いつでも隣に】

ガウリイ編−2−

「えっと・・・食べさせた方が・・良いよな?」
「必要ないわ。」
オレの言葉を無視して、リナはベッド前に移動したナイトテーブルの上にある器を手探りで手にして、同じくスプーンを手にし、お粥を口に含んだ。
「へえ・・・さっぱりしてて美味しい・・」
「ここの娘さん・・気が利くんだぜ、こっちが言う前に色々と聞いてくれてよ。」
「ふ〜ん?・・でも・・物足りないわ。病人じゃないから。」
「そう思って、さっきちゃんとした物を頼んでおいた。
 モーニングとチキンソテー・山菜の煮付けに川魚の塩焼き、あと・・他にも色々な。」
「そ・・」
「・・レシスジュース飲むか?」
「これ食べてから・・ね。」
「そっか・・」
言葉に詰まりサンドウィッチに手を伸ばし小さく頬張った。 モサモサしてなんだか味気ない様な気がした。
−何か、精神的にまいる様な事はありませんでしたか?−
食事を取りに一階へと下りたオレを待っていた医者の言葉が頭をよぎる。
−もしかしたら・・そちらが原因かも知れません。
魔導士という者は、自分の力を【+】にも【−】にも作用する事があります。
【−】の方は、本人に自覚はありません。彼女の気が休まる様に接して上げて下さい。−
「・・何で・・何もいわないの?」
「・・・え?」
ふいに声を掛けられ、リナの方を見る。
「いつもなら・・気づいてたなら何ですぐ言わないのか、無茶するな、て怒るでしょ。」
「確かに・・そう思った。けどな・・それ以上に気付いてやれなかった自分が許せなかったんだ。」
「気付かないなんて当然でしょ。痛みがある訳じゃなし、疲れたフリをしてたもの。」
「そりゃ・・確かに最近疲れ易いな、とは思ってた。
昨日なんか盗賊が目の前だってのに『それ行けガウリイ!』とか言って何もしなかったからな・・・だからてっきり『あの日』なんだと・・」
溜め息混じりのリナの言葉に、オレは最近のリナの様子を思い出しながら言葉を返した。
本当は、リナが’何か’を悩んでいるのは判っていたんだ。リナが言うまで待とうと思っていた。
だから何も言わずに居た。それがこの結果だ。
リナが見えなくて良かった、情けない顔なんて見せたくないからな。
「あれぐらい・・どうって事ないでしょ?」
「あの時・・どれくらい見えてたんだ?」
「殆ど見えていたわ。ただ、左右に一つずつ黒い点があっただけよ。」
「そっか・・・」
小さく溜め息をついて言ったリナを見て、知らずに眉に力が入る。
「レシスジュース・・頂戴。」
「え?あ・・ああ・」
リナから空になった器とスプーンを受け取り、代わりにコップをそっと渡す。
「・・温かい。」
「ここの宿・・きっと繁盛するぜ。すっごい気が利くんだ。」
「・・さっきも聞いた。」
「すごいんだぜ?連れが女性だって知ってて、女性好みのお粥にしてくれたし。ジュースを頼んだら温めますかとか言ってくれるし。 オレの分の食事を何も言わなくてもサンドウィッチでいいですか?て聞いてくるしよ。」
「ふ〜ん・・よくんな細かい事覚えてるわね。」
「え?・・そういや・・そう・・だな。でもよ、リナもしゃべってみたら判るぜ。」
「今日は・・やけにしゃべるわね。」
「そっか?食事が終わったら散歩しないか?今日天気がすっげえ良いんだ、雲一つなくってよ。」
「・・遠慮する・・手を引かれて外歩くなんて真っ平。」
「そ・・か・・。・・と食事が来たみたいだな。」
食器同士がぶつかる音と階段を上る音が聞こえ、腰を上げ、
−カチャ
「すいません、お世話お掛けしまして。」
「いえ。とりあえず、出来た物だけお持ちしました。」
ドアを開けると、宿の娘は少しびっくりした顔をしてお盆を差し出して来た。
「それでは・・また。」
空の食器を渡すと、宿の娘は一礼をしてドアを閉める。
−パタン
「ノックの前に開けるなんて・・趣味が悪いわよ。」
「だって待ちきれなかっただろ?今取り皿に分けるからな。」
ナイトテーブルにお盆を置き、苦笑したフリをして口を開く。
「目玉焼きとウインナーあとサラダにパンでいいか?」
「・・パンに切れ目を入れて適当に挟んで。その方が楽だわ。」
「・・もう・・縦に入ってる・・。すげえな・・」
手にしたクロワッサンに切れ目が入っているのに気付き、感嘆の溜め息が出る。
それは、リナも関心したのか感嘆の溜め息をつき、口を開く。
「へえ・・なかなかどうして・・よくそこまで・・」
「じゃあ・・取り皿には適当に入れて置くな。」
色々と挟んだクロワッサンをリナに手渡し、取り皿にはスパゲティ等を取り分けた。
食器を一階まで返しに行き、足早にリナの部屋の前に立って、
−コンコン
『どうぞ。』
ノックして、中から掛かった声に部屋の中へと入った。
「薬、ちゃんと飲んだか?」
「・・うん。」
後ろ手にドアを閉め、ベッドを見ると、リナは窓枠に肘を突き外を向いている。
「・・落ちるなよ?」
「天気・・良さそうね・・暖かいわ。」
「じっとしていると・・つまらないんじゃないか?」
「そう・・ね。」
「あ・・あれだよ・・この前、忙しかったからよ・・ゆっくりしろ・・て事なんじゃないか?」
「何よ・・それ。」
「だってよ・・見えなければ・・無茶出来ないだろ?」
「ふ〜ん・・」
「まあ・・お前さんの事だから、オレを巻き込んだって大技使うかもしれんがな。」
「・・いつまで、レディの部屋に居る訳?」
今にも、消え入りそうなリナに向かい、しゃべり続けているオレの方に、顔を向けるリナ。
「そうは言ってもなあ・・何も見えないんだろ?本が読めないんじゃ暇つぶしも出来ないだろ?」
「へえ・・じゃあ自称保護者様は・・あたしが納得する魔導理論でも語ってくれる訳?」
「いや・・さすがにそれは・・まあ・・話相手ぐらいには・・」
試す様な言い方をしたリナに、思わず自嘲じみた笑みを浮かべ頬を掻いた。
「話・・て何を?」
「えっと・・思い出話・・だな。出会ってから大分経ったな・・とか?」
「フィブリゾの件じゃ・・誰かさんは何一つとして役に立たなかった・・とか?」
「う゛・・それは・・」
「保護者、保護者とか言って、実質あたしの方がしっかりしている事とか?」
「い・・いや・・それは・・まあ・・」
「人が気にしている事をずげずげ言ったり、デリカシーの欠片もない態度のあんたに、トコトンあたしがむかついた話とか?」
「す・・・すまん・・」
「・・なら・・出て行って・・少し1人になりたいわ。」
何か気に障ったのか、どんどん苛ついていったリナは、眉を寄せて、溜め息混じりにそう言った。
だが、引けない、せめてリナが笑ってくれないと、安心して1人に出来ない。
「それは・・出来ん、1人になりたい・・て奴は・・1人にしない方がいいから・・な。」
「・・もう一度言う・・出てって・・あんたが居たって何の役にも立たないのよ。」
見えない筈の目に力を籠めて、リナが硬い声でそう言う。
まるで、何もかも拒絶している様な、そんな雰囲気が彼女から伝わって来る。
「嫌だ。」
「・・あたし・・今機嫌悪いのよ・・あんたのわがままに付き合いたくないの、判る?」
「いっつもリナの我が儘を言っているんだ。たまにはこっちに付き合ってくれよ、な?役に立たないのなら、居ても居なくっても同じだろ、なら、ここに居たいんだ。」
「・・んなの・・知らない。あんたの意見は聞いてない。今までだってそうだったでしょ。」
「リナ・・」
「・・何か・・果物買ってきて・・しばらく寝るわ。」
掠れたオレの声に、リナは大きく溜め息をつき、布団に潜る。
「判った。・・無茶は・・するなよ?」
「・・・・。」
「じゃあ・・行ってくる。」
無言で左手を挙げ追い払う仕草をしたリナにそう言って部屋を出た。
「少し、出掛けます。リナを頼みます。」
「はい。承りました。」
宿の娘に一言言い、そのまま外へと向かい、
「・・・はあ。」
宿を出て大きく溜め息をついた。
いつもなら、言葉にしなくても、リナの気持ちは面白い程判るのに、今はそれが出来ないでいる。
それがもどかしくて仕方が無い。
1人になった事で、リナはあの不安定な状態から抜け出せるのだろうか?
自分1人だけになった事で、余計今、リナが恋しい、ふわふわの髪に手を乗せて、いつもの様に撫でられたらいいんだが、
今は、そういう雰囲気じゃないから手が寂しくなった。
≪続く≫