【救い様が無い馬鹿】

−後編−

動揺した野次馬は、恐怖の為か足が震え、今にも叫び出しそうだった。
それ以上に切れたのは、
「ここに居る奴等、黙らせるか?」
「それも、仕方が無い事ですね。」
馬鹿男とアメリアだった。
「おい…」
馬鹿男はともかく、アメリアまでもが暴力を行使するのは、賛成出来なかった。
報復は、弱そうに見えるアメリアが先になる。とすぐに予想出来たからだ。
何か良い方法は無いか。と考えようとした所で、ボケ男が女を抱えて、廊下に出て来た。
「どうしたんだ?」
場に不似合いな、のんびりした声で。
その肩を叩き、馬鹿男が何か耳打ち。
「良く分からんが、分かった。」
そして、ボケ男が、
「この事、黙っててくれるよな?」
と笑顔で言い、野次馬達は、
「あ、ああ!誰にも言わない!安心してくれ!」
カクカク揃って首を縦に振り、「早く着替えなきゃな」とか白々しい事を言って、慌てて去って行った。
「なんだあ?」
最終兵器を発動させた自覚が無い、ボケ男程、恐いものは無い。
「ガウリイさん、ごめんなさい。わたしの所為で、こんな事に。」
とりあえず、騒ぎにならない事が分かり、アメリアは安堵したのだろう、ボケ男に頭を下げた。
「へ?いや、」
不可解な笑みを浮かべ、口を開こうとしたボケ男。
その腕の中で、女が身動ぎし、
「ん・・・?」
ゆっくり目を開け、
「ふざけ過ぎよ!あんた!」
腕から抜け出て、スパーン!と、良い音をさせ、スリッパをボケ男の頭に命中させ、「覚えてなさい!」と捨て台詞を残し、さっさと去って行った。
「覚えているさ。当然だろ?」
目を細めたボケ男の言葉は、先の笑みより不可解なものであった。
そして、
「リナv」
「先生て言いなさい!つうか、引っ付くな!」
教育実習生として俺達の前に現れた女を、追い掛け回す、新たな馬鹿男が一人。
教育実習生として現れた日、俺達4人を呼び出した女は、
「質の悪い冗談なんかして、人を驚かせるんじゃないの。」
と説教をしたのだ。
“何か“と話していた筈の、その女の言葉に、俺と、アメリア、馬鹿男は思わず目を合わせ、首を捻ったが、敢えて何も言わなかった。
幸い、被害者らしいのもおらず、そのまま、何も無かった事にするのが、俺達の為だからだ。
「まあ、これから進路を決める。て時期だから、自由な内に、思い出作りしたい気持ちは分からない事無いし。騒ぎにしたら、繊細な子が駄目になるかも知れないし。黙っておいてあげるわ。」
寛大な言葉に、4人で揃って頭を下げたのは、二週間前。
背が低い為、最初の内は馬鹿にしたり、からかったり、という生徒は居たが、今は居ない。
それは、教え方が良いのと、親しみやすさからであろう。
それと、
「嫌だ。何で、リナって言ったら駄目何だ?」
「あのねぇ、確かに、あたしは未だ先生じゃないわよ。でもね、仮にも、あんた達に教えを説いているのよ?敬いなさい。」
「分かった。敬う。偉いな、リナはv」
「分かって無いし!人の頭を撫でるんじゃないわよ!」
と、新たな馬鹿男との愉快な掛け合いで、クラスを和ませているのもある。
「ガウリイさん、変わったわね」
「全く。進路相談を控えている、というのに、馬鹿が増えるとはな。」
アメリアの言葉に、溜め息が零れる。
あの日から、ボケ男は変わった。
どこか判別出来ない不透明さが、無くなったのだ。
はっきりとした変化は、今までだらしなかった女関係をすっぱり止め、一人の女に必死になった位。
誰も、気付いていないが、まるで、欠けていたパズルが、はまった様な、そんな雰囲気がするのだ。
それが分かる自分が嫌だ。アメリアの変化なら、いくらでも気付きたいが、何で、ボケ男の事など!!
「グレイワーズ君!同じ剣道部でしょう?こいつ説得して頂戴!」
分かりたくも無い変化に気付き、凹んでいる俺に、教育実習生はその馬鹿を俺に押し付け様とした。
そういう運命なのか、昔から面倒を押し付けられる。
が、もう受ける気は無い。
「断る。俺が面倒みたいのは、アメリアだけだ。」
「え…?ゼルガディスさん?」
アメリアの、掠れた声で、失態に気付き、羞恥で頬が熱くなる。
「あ、いや…」
「何々?プロポーズ?一生面倒見てあげるんだ?アメリア、永久就職おめでとう★」
弁解の余地無く、教育実習生が冷やかし、周りの女生徒もそれに乗る。
「受験失敗しても、安心じゃない!」
「良いなぁ」
「花嫁修行頑張って!」
「結婚式はいつ?」
「ゼルガディス君も隅に置けないじゃん!いきなりプロポーズだなんてv」
「永久就職だけどさ、グレイワーズ君、進学でしょ?苦労するんじゃない?」
好き好きに喚く周り、隣のアメリアを見ると、顔を真っ赤にさせていた。
立ち上がり、黙らせるべく叫ぶ。
「止めんか!アメリアが困ってるだろうが!」
「困ってるだって、やっさし〜♪」
「良い旦那さん見付けたわねv」
女ってのは、何かに付けて騒ぎたいらしい。
こめかみが痙攣し、どう静めるか、と頭を掻き毟る。と、
「リナは、俺が面倒みるからなv」
「あのねぇ、高校生に養って貰おうなんて思っていないわよ。大体、あたし付き合ってる人居るし。」
便乗し、プロポーズした新たな馬鹿男に、教育実習生が手痛く返し、途端、話題はそちらに。
「えー?!どんな人?」
「写真見せて!」
「ガブリエフ君に靡かない位、格好いいの?」
一気に、彼女を取り巻く女生徒達。
弾き出された男は、初めて振られたショックが大きいのか、冷や水を掛けられた顔で固まっていた。
「ミリーナぁ!そんな冷たい所も素敵だぜ☆」
遠くから、元祖馬鹿男の声。
そして、新しい馬鹿男も負けじと叫ぶ。
「リナの運命の男はオレだぞ!絶対振り返らせるからな!」
脈が無いというのに、新旧の馬鹿男は、しつこく想い続けている。
「救い様が無い馬鹿とは、あいつらの為にある言葉だな。」
「でも、それだけ想われるのって幸せよね。ゼルガディスさんは違うの?」
ぼやきに、返って来た言葉。そちらを見ると、首を傾げたアメリアが、大きな瞳で見上げてきていた。
「アメリアの為なら、馬鹿になるのも、悪くないかもな。」
「有り難うございます。本当に面倒見てね?」
「将来な。」
教室が騒がしい中、ひっそりと交わされた約束。
馬鹿になれる相手がいるのは、幸せかも知れない。そう思う。
思うが、新旧馬鹿男に、面倒をかけられると、こうはなりたく無い。と思わざるを得ない。
やはり、新旧馬鹿男は、救い様が無い馬鹿だ。