【彼の始まり】

ルクミリ出会い編−後−

着いたそこでは、ミリーナが、自転車を邪魔にならない場所へと移動させていた。
「すみません、勝手に動かしました」
「いや、有り難う…」
自分がやるべき事をやって貰った上、謝られ、ルークは恥ずかしさで身を小さくさせる。
世間知らずのお嬢様が、そんな気遣い出来る訳無い。という事は、この冷たそうな女性は、名も知らぬ人間を、信用したのだ。
こう、素直に信じて貰える事は、ルークにとって珍しい事だ。
見た目から、初対面の相手に、警戒される事はあっても、短いやりとりで、何の構えも無しに信用されるのは、何とも言えぬむず痒さを感じ、ルークはくすぐったそうに笑った。
「少し狭いですが、どうぞ」
助手席にあった、手提げ鞄を後部座席に置き、ミリーナは運転席側から車に乗り込む。
「ど、どうも」
照れが生じ、ルークはギクシャクしながら鞄を抱え、助手席に座った。
車が、密閉空間だと気付いたからだ。
そんな空間で、異性と2人きりになった事は無く、しかも、相手の事を良く知らないので、気まずい事この上ない。
彼女と同年代の異性と接するのは、教師ぐらいで、見た目の印象から、女子とまともにしゃべる機会も少なく、どうしたら良いのか、ルークには到底分からない。
落ち着きなくそわそわしていると、車のエンジンが掛かった。
「シートベルト、して下さい」
「おぅ」
静かに横から言われ、ルークは大人しくシートベルトを締めた。
そして、二人を乗せた車が動き出す。
見た目通り、真面目な性格なのだろう、彼女の運転は、丁寧であった。
そんな車中、ルークは黙り込んでいた。
話す事が思い付かないのだ。
その沈黙は、ミリーナによって破られた。
「忠告して良いですか?」
「へ?」
思ってもいなかった言葉が掛かり、ルークは隣を横目で見る。
「乗る前に貴方の言った事、それは貴方にも言える事よ」
「はあ?」
静かに続けられた言葉は不可解なものだった。
至って真面目な顔で、彼女は続ける。
「親切を装った、人拐いかも知れませんよ?」
「はっ!あのなぁ、こんな愛想とは無縁の、目付きの悪い俺を、誰が拐うっつうんだよ?」
鼻で一蹴し、ルークはにやりと笑う。
「体力を必要としている所に、売られるかもしれませんし、身代金目当ても考えられませんか?」
「へぇ、じゃあ、あんた、俺をどうにか出来るっつうのか?力比べするまでも無いぜ?」
「あら?力比べしなくても、いくらでも方法はあるわ。睡眠薬とか」
「まあ、そりゃあるだろうが。あんたは、人拐いじゃねぇよ」
「断定する根拠は?」
「自転車を、邪魔にならない場所に移動させる人間が、んな事考えるのか?」
「油断させる為の手とは思わないの?」
「まあ、そうなったらそうなったで、仕方ねぇな。あんたの言葉を借りれば、それを見抜けなかった、間抜けな俺が悪い」
くっくっくと笑いルークは言うが、やはり相手の表情は崩れない。
しかし、この会話で、ルークの緊張は解れた。
「つうかよ、あんたこそ、もう少し心配しろよ。年下でもよ、俺は男だぜ?」
「ご安心を。貴方を襲うつもりはありません」
「ちげぇって!逆だろ、普通!!」
真面目な顔で、とんでもない返しをしてきた彼女に、ルークは自分の鞄をバシバシ叩く。
「ですが、貴方は、乗る事を渋っていましたし、それを考えている人物が、あんな忠告するとは思えませんが」
「……」
微動だにしない、彼女の表情を変えてみたくて、切り出した会話は結局無駄になり、ルークは悔しそうに口を尖らせた。
「それに困っていた理由も、貴方を信用した理由になりませんか?」
「何で?」
「不埒な事を考えていたなら、あんな理由は述べません。なら、それを真実だと思うのは必然でしょう?」
赤信号で止まった車、ルークが顔をそちらに向けると、ミリーナは「違いますか?」と顔を向けて来た。
「あんな理由…本気で……?」
「真実は、小説より奇なり。と言いますから」
言って、彼女は視線を前へと向けた。
泣きたくなりそうで、ルークは、瞼を強く閉じ、深呼吸一つし、ゆっくり目を開ける。
「そっちは、何で公園に?」
「写真が趣味なの」
再び動き出した車の中、ルークは気分を変える為に、話題を変えた。
「へぇ。やっぱカメラに拘りあったりするのか?」
「いえ、撮るのが好きなだけなので」
「どんな写真撮るんだ?公園に居たって事は……被写体を探していたとか?」
「撮るのは、風景が多いわ」
「風景か……俺も、大人になったら、色んな風景見てみたい。て思ってんだ」
流れる外の風景に目を向け、ルークは遠い目をする。
小さい頃から何故か、冒険家に憧れていて、ルークは見知らぬ道を行くのが楽しく思えた。で、よく迷子になり、夜遅く帰っては、両親からお叱りを受けていた。
そんな懐かしい事を思い浮かべ、ルークは苦笑する。
公園を出て十分程経ち、彼女が運転する車が、三丁目に入った。
「どの辺りまで?」
「ルート561のベイス交差点で良い」
ルークが示した地点は、今居る所から、さほど距離は無い。
二分で、車がそこに止まった。
「助かった」
「いえ」
交差点にあるコンビニの駐車場に車を止め、ルークが頭を下げると、ミリーナは小さく頭(かぶり)を振る。
「少し、待ってくれねぇか?」
「良いですが」
「すぐ戻る」
言って、ルークは車から降り、コンビニへと入った。
悩んで手に取ったのは、冷たいお茶のペットボトル。
「礼に」
「別に、気にしなくとも良いのに」
ぶっきらぼうに差し出されたそれを、窓を開け、ミリーナは目をパチクリとさせ受け取った。
「世話になって、何もしなかった。なんてバレたら、お袋にぶっとばされる」
「過激な方ですね」
ふっと緩んだ彼女の表情に、ルークの胸が一瞬跳ねた。
「ちゃんとした礼したいから、また、会えないか?」
「これで充分です」
「俺の気が済まねぇんだ」
ぶんぶか頭を横に振り、ルーク。
それに困ったのか、ミリーナの眉が下がる。
子供じみた我が侭を言っている自覚はあり、ルークは諦め様か、と視線を彼女から外した。
「教師か?」
外した視線に飛び込んで来たのは、後部座席にある彼女の鞄から覗く、教科書と見られる書籍。
「ええ」
「どこの?」
「ドラグ高校ですが」
「じゃあ、そこに入学して、会う。それなら良いだろ?決まりだ!来年の春会おうぜ、ミリーナ!!」
ガシッ!と強引に彼女の手を取り、晴れやかな笑顔で言い、ルークは手を上げ、意気揚々と、その場を去る。
「不思議な子」
彼を見送り、ミリーナは一人ごちた。
昔から、人付き合いを苦手としており、人から好意を向けられたのは、少ない経験だ。
表情が乏しい自覚はあるが、どんな表情をしたら良いのか分からないのだから、動かしようが無いし、自分では、そのつもりは無いのだが、「言い方が冷たい」
と言われる事が多く、自然、人が寄り着かなくなった。
そんな自分と、また会いたいというのは、どういう事だろう?と首を捻り、ペットボトルの栓を開け、冷たいお茶を喉に流し込む。
見た目は、不良みたいに目付きは悪いが、何とも妙な愛嬌がある彼を、ミリーナは微笑ましく思う。
来年入学、という事は、中三と推測するのは容易で、あの風変わりな彼と、また会うのも面白いだろう。と人知れず微笑み、緑の軽を滑らに発車させた。
そして、春。
「ミリぃーナぁ〜〜!愛してるぜ〜!」
赤い薔薇の花束を抱えた困った生徒が、彼女への愛を、校門で叫ぶ。という珍事が起こり、静かであった彼女の周りを、その生徒が掻き回す事になるのは、まだ先の話。
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良い子の皆さん、良く知らない人の車には、乗ってはいけませんよ!
勿論、逆も然りです!
話作っておいて、なんて思わない。
彼等だからこそです!
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