【待ち人】 |
たった一人にしか気付いて貰えない存在。 それは幽霊と言えるのであろうか? その存在は、ずっと1人であった。 いつから1人だったのかも覚えていない。 気付いたら1人でそこに居た。 ただ、「いつか、お前を見つける者が現れるだろう」という何者かの声を支えに。 そこは、多感な年頃の人々が通う学舎であった。 そんなある日、4人の学生が、夕暮れ時の校舎に残っていた。 どこの学校にもある、人有らざるモノの噂。 いくつかある中で、一つ「夕暮れ時の3年A組の教室に、ぼんやりとした人影」というのがある。 その人影は、ゆらり、と窓に写り、風に溶ける様に、さらさらと形が変化し、消えたとか。 で、その噂を確認する為、4人の生徒は居残っていたのだ。 夕暮れ時の教室は、しんと静まっているが、一階にあるその教室には、運動部の元気な声や、吹奏楽部の音、 笑いながら遠くの廊下を歩いている女生徒達の足音、「気を付けて帰れよ」と響く教師の声、と、決して何かが現れる様な寂しさは無い。 それは、そこに居る4人も感じとっていた。 そもそも、夕暮れ時といっても、忘れ物を取りに戻ってくる者だっているだろう、行事前となれば、居残って練習や打ち合わせ・制作する事もあるし、補修やら日直で運悪く残らざるを得ない場合だって。 しかし、その噂の真相を見た者は誰1人として居ない。 それは、噂が何かの見間違いだという、何よりもの証拠。 居残っていた4人も、何かが現れる事は期待していなかった。 ただ、自分達が使う教室の噂に、自分達の目で、嘘である事を確認したかったのだ。 他にも誘ったのだが、他の者は笑って「確認しなくても良い」と部活に、帰路に、とそれぞれ去っていき、「明日、武勇伝でも聞かせてくれ」とからかう様に言った者までいた。 やはり嘘だったのか。と納得し、紅一点で、今回の発案者は、溜め息を吐く。 嘘だろう。と思っていたが、少しだけ張り詰めていた精神が、それにより緊張を解く。 もし、噂通り“何か“が現れた場合、受験や就活を控えたクラスメートに説明出来ない。 あまり信じられていない噂だが、少しでも不安材料が減れば。と思っての行動が、裏目に出るのでは?とずっ と緊張していたのだ。 が、一人が何かを感じたのか、視線を走らせ、教室の中をウロウロと探る様に歩きだした。 他の3人も、それにつられ、机の下、掃除道具入れ、教卓の下を覗くも、何も無い。 それでも、相変わらず一人だけは机の間を縫い、右へ、左へ、前へ、後ろへ、としている。 一回、外から見てみよう。と、紅一点の女生徒がひらり、と、窓から外へと出て行く。 暴走しやすい彼女の目付け役を、先生から申し付けられている冷静な男子学生が、珍しく慌てて同じ所からひ らりと外へ。 1人は、追う事はせず、窓とは逆、廊下へと向かった。 これで、教室には、何かを感じている1人の生徒だけ。 その時、窓と、窓のカーテンがひとりでに閉まる。 当然、外の二人は慌てる。 その騒ぎを、どこか遠い意識で認識しながらも、教室に残っている1人は、キョロキョロと見えない何かを探していた。 廊下と教室を隔てている引き戸も、ビクともしなくなっていて、廊下に居た一人は、引き戸にある小さな窓から、中を覗くが、呆然と立っている悪友の背中しか見えない。 〔待っていた〕 教室に残っている生徒の耳に、その声が届く。 〔ずっと待っていた〕 うわ言のように呟いた存在は、一人でなかった頃を、思い出した。 昔、自分は人間で、将来を誓った相手がいた。 が、裏切られ、別の人との縁談を受けた。と聞き、狂気に囚われ、周りを巻き込み自害したのだ。 それにより、神の怒りに触れ、誰にも気付かれない存在へと魂を変えられた。 他の魂とも交え無い様に。 しかし、神は一つだけ希望を残した。 何時か現れる、たった1人を。 が、そのたった1人である筈の者は、目の前に居るというのに、キョロキョロと視線を彷徨わせている。 廊下には、集まった3人と、騒ぎを聞き付け、やってきていた野次馬。 それを掻き分けて来た人物が、事情を知っていそうな3人に問う「何の騒ぎ?」と。 3人から、説明を受けたその人は、この学校の卒業生で、今度教生としてお世話になる挨拶をしてきた所であった。 話を聞いて、その人は苦笑する。 いつの時代も、噂を確かめ様と、肝試し紛いな事をする人間はいて、懐かしさを感じたのだ。 クラスメートを驚かせる為に、中の者がイタズラをする。良くある事だ。 くっ!とさして力を入れなくとも、引き戸はあっさりと開く。 顔を見合わせ、3人が入ろうとしたが、何かの力に憚れ、中へと入れなかった。 だが、その人物は、平気で中へと入って行く。 教室で立っている生徒に、「やり過ぎよ」と声を掛け様として止まる。 生徒の前には、うすぼんやりとした人影。 その人影と目が合ったのだ。 「ここに、居たのね?随分探したわ。」 中に入った教師の卵の口が、勝手に口走った。 彼女は何故か、懐かしさが込み上げてきて、記憶に無い、遠い昔の約束を思い出す。 未来を共に生きよう。と。 が、自尊心の高い家柄、両親はその事を伝えると、縁談を決めてきた。 そして、縁談が決まった事を伝えたら、彼は祝福したと聞かされたが、それは嘘だと分かっていた。 屋敷から出る事も叶わかったので、とにかく、縁談を破談にしようと画策していた。 が、ある日、瓦版に壮絶な事件の記事。 加害者自害。で締め括られたその記事に、愛しい人の名前が、加害者として記されてあった。 失意のままに、縁談を破談にし、いくつ持ち掛けられても応じず、30代半ば、病床に倒れ、独身を貫いたまま、しがらみから解放された。 「あたしが、あんたを捨てる訳無いでしょう?馬鹿ね。」 ずっと伝えたかったのはそれだけ。 姿形は変わっても、魂にその声は響き、固定された魂は解放され、溶けていく。 「今度は、あたしが待つ番ね」 愛しい人を見送り、彼女は倒れる。 それを受け止めた生徒。 教室に居たあの生徒だ。 「その必要は無いみたいだぞ?」 意識がない彼女に、笑みを含んだ声を発した。 |