【正しい温泉の入り方】

寒い季節、恋しくなるのは、温もり。
人肌も然り、温かい料理も勿論、そして、忘れてはいけないのが、温泉である。
「う〜、寒い、さむい、サムイ」
不機嫌そうに、愚痴っているが、他の旅の仲間より、その栗色の髪の少女は、一番着込んでいる。
その隣、
「思うんだけど、リナってゼフィーリアの出身でしょ?セイルーンより、冬は冷えるのに、何で寒さに弱いの?」
心底不思議そうに、長袖2枚に羽織物一枚の、黒髪の少女が首を傾げる。
それに続け、とばかりに、
「重ね着のしすぎは、活動領域を狭める分、身体が動かない為、運動熱が発せられない。せめて、運動出来る位減らしたらどうだ?」
愛想の欠片も無い声が、彼女達の後方から発せられた。
その格好は、いつもの、フード付きの白いマントの下に、毛糸のベストと長袖。
「おぶってやろうか?」
少女達より一歩遅れ、先程の愛想無しより半歩前の、金髪長身の男が、呆れた声を発した。
ちなみに、彼は、長袖一枚に、ポンチョという、寒々しい格好だ。
その長身の男の言葉に、着膨れた少女が、慌てて口を開く
「んな!?何馬鹿言ってんのよ!」
「だって、さっきから、転んでばっかだろ?」
重ね着のしすぎで、動き辛いのか、良く転ぶ少女。
辛うじて、自分で起き上がれているが、その度に、一行の足が止まり、このままでは、日がある内に、次の町に辿り着けない。
それを、長身の男は、心配しているのだ。
「恥ずかしがっている場合?野宿なんて嫌でしょ?」
「確か、次の町は、温泉地だったな。美肌効果があるとか……」
「あったかいご飯、腹一杯食べたいだろ?」
諭す様に、口々に言われ、とうとう、着膨れた少女が折れ、
「分かったわよ……」
言った途端、彼女の視界がぐるりと変わった。
「て、背負うんじゃなかったの?!!」
「このモコモコじゃ、背負えんだろうが」
まるっこい固まりを、長身は、横抱きに抱き上げていた。
いわゆる、お姫様抱っこなのだが、抱き上げられた身体が、まるっこい為、雰囲気はみじんも感じられない。
「降ろしなさいよ!!」
「心配するなって、町に着いたら、降ろしてやるから。ちなみに、魔法使ったら、イヂメるぞ?」
「う?!!」
ジタバタもがく、丸い固まり、抱え辛いだろうに、難なく抱えている長身の男。
宣言された、イヂメが、どんな物か、分からない少女は、ダラダラと汗を流し、沈黙した。
「きゃ〜vイヂメるだなんて☆爽やかな顔してるから、何か想像が膨らむわ♪」
「ア〜メ〜リ〜ア〜!!」
面白がる声に、低い声で唸るが、モコモコした服と、抱き上げられている事で、怖さは皆無。
「だって、だって!温和なガウリイさんが、イヂメるだなんて!!どんなイヂメが待っているのか、想像しただけで、面白、じゃなくて、ドキドキするじゃない☆」
「ガウリイ!アメリアになら、魔法良いわよね?!」
「甘いわ、リナ。わたしと、ゼルガディスさんの連携に、勝てる?ガウリイさんの補佐が無い分、不利なのはあなただと思うの」
ちっちっち、と指を振り、諭す様な口調だが、その表情は、にやにや笑んでいる。
それに、言葉を無くしたモコモコ。逆に、慌てたのは、最後尾の白ずくめ。
「ちょっと待て、人を巻き込むな!!」
「ゼルガディスさん、わたし達、共に戦った仲でしょう?それなら、死なば諸とも、じゃなくて、犠牲に、でもなくて、」
「おい、本音がだだ漏れだぞ、あんた」
小走りで近寄って来て、手を握り、説得らしきものを開始した黒髪に、白ずくめは、冷ややかな視線を送り、握られた手を、払い除ける。
「まあ、それは横に置きましょう。リナが大人しくなったし」
「あんたが、冷やかさなければ、問題なかったんじゃ……?」
「え?!あんな、美味しい会話、放っておけなんて言うの?!」
すっかり、白ずくめの隣に、黒髪は馴染む。
その数歩先の長身と、モコモコは、と言えば。
「くぅ〜!!口喧嘩で負けるなんて!」
「ほら、暴れるなって、落としたって知らないぞ?」
悔しさを隠しきれず、ドンドンと長身の胸を叩くモコモコと。
それを困った顔で受ける、長身の男。
「だいたい!変な事言った、あんたの所為でしょうが!」
「あ〜、悪かった。悪かった。て。だから、暴れるの止めてくれ」
寒空の下、他に旅する姿が見えない、静かな森を、騒がしい4人が、賑やかしながら進む。
夕暮れが迫った頃、見えた町並みに、モコモコが、長身の腕から飛び降り、逃げる様に走り出そうとし、襟首を掴まれた。
「急ぐと、転ぶぞ」
長身の男だ。
「分かったから、離せ!猫の子じゃあるまいし!」
ペチリ!と、長身の手を払い、モコモコが歩き出す。着膨れて、歩き辛いのか、ヨタヨタしたその姿は、ペンギンを彷彿させる。
その後を、内心苦笑しながら、長身が歩き、数歩遅れて、白ずくめと、黒髪が町に入る。
主街道から外れた、その町は、人の通りが少なく、旅姿の人間は、彼等しかいなかった。
「本当に温泉地なの?」
疑いの目で、周りを見回すモコモコ。
同じく、意味もなく、彼女に見習い、キョロキョロする長身。
そんな2人に、仲が良いわね。と隠しきれない、笑みを漏らす黒髪。
「温泉だけでは、なかなか人が呼べないんだろう。主街道から遠いからな」
言いながら、白ずくめは、閉ざされた建物を指差す。
見てみれば、立ち並ぶ建物の内、開いている建物を数えた方が、早い。と思う程、閉ざされた建物が続いている。
そして、町を歩く人々の、年老いた人物が多い事から、過疎化した町だ、という事が分かる。
「なるほど……お腹一杯のご飯。てのは望めないかもね」
誰に聞かせるでもなく、低く呟いたが、モコモコ姿にペンギン歩きでは、締まりが悪い。
宿はあるのか?と思う程に、固く閉ざされた建物が続き、食事どころか、今夜の寝床の心配さえ芽生えてくる。
地元住民の、壮年の男性に確認した所、一件だけ、町の南東地域にある。という事であった。
そこへ、赴いて見ると、木造の建物に、看板が立てられているのを見つけた。
平屋だが、町の一区画程ありそうな、歴史を感じさせる建物で、建物の前まで、掃除が行き届いており、管理がしっかりしている事を、無言で語っている。
「へぇ、昔は、名のある町だったのかしらね」
随所に散りばめられた、凝った技術に、モコモコから、感嘆の溜め息が漏れ。
「この技術は……シュンシウで見たな。たしか150年前の……」
白ずくめは、ブツブツと思考の海へ突入。
「一生懸命、守られているのね」
磨かれた柱や板に、これだけの物を、維持し、継いでいく苦労を、黒髪が偲ぶ。
「掃除が大変そうだな」
長身の、素朴な感想が、他の3人の感慨を台無しに。
「こんのクラゲ!!」
素早く、ツッコミを入れたのは、モコモコ。
スリッパを取り出せないのか、長身の長い金髪を、ギュウギュウ!と引っ張る。
「ゆっくり鑑賞も出来んな」
「ある意味、大物よね」
揃って溜め息を吐き、白ずくめと、黒髪が、肩を竦め、建物へと入って行く。
夫婦漫才に、付き合いきれなくなったのと、空が、すっかり夜の帳が下りてしまったからだ。
一般的な宿屋と同じで、入ってすぐに、受付、その脇に食堂があり、町人らしい客の姿もある。
そこに、4人は居た。
一度、部屋に通され、少し待たされてから、宿の人間が、夕飯の準備が出来た。と、呼びに来たのだ。
着いた席に並んだのは、山の幸をふんだんに使った料理。山菜にきのこ、沢蟹、猪鍋。と、地酒。
「美味しかった〜v」
すっかりご機嫌な表情を浮かべたのは、モコモコを脱皮し、少しだけ着膨れた栗色の髪の少女。
「温泉の効能、書いてあるわ」
一息ついて、食堂の壁に、木の板を発見し、黒髪が、読み上げる。
「切り傷、打ち身、火傷、神経痛、慢性皮膚病、冷え性。そして、美肌効果……ゼルガディスさんにピッタリね」
「ちょっと待て」
「あっはっは!アメリア上手い☆」
抗議の声と、面白がる声が、重なる。
「なあ、どういう事だ?」
不思議そうな声は、長身から。
それに、
「知るか!」
と、白ずくめが不機嫌に応え、
「つまり、ゼルの身体に、効き目がありそうな温泉て事よ☆」
笑いを堪え、震える声で答えたのは栗毛。
「そうよ!ゼルガディスさん、肌の岩、剥がしてみない?それで、温泉に入るの。もしかしたら、ぷるっぷるの肌を、」
「冗談じゃない!!染みるだろうが!」
良い事を思い付いた!と、表情を輝かせた、黒髪に、白ずくめは叫んで、言葉の先を止めさせた。どう考えても、不愉快な言葉しか無い。と悟っているからだ。
が、その言葉に、栗毛がにまり、と笑む。
「それ、乗った♪ガウリイ、皮、矧いじゃって」
「い゛?!」
「良く分からんが、すまんな、ゼル」
慌てて逃げようとしたが、その白ずくめの肩を、金髪が掴み、
ほぼ歌っている音色で、黒髪が力ある言葉を解き放つ。
『霊縛符(ラファスシード)♪』
「や〜め〜ろ〜!!」
悲痛な叫びが、寂れた町に響き、懐かしい騒がしさに、町の老人達は、涙目で微笑みを交しあうのであった。