【冷戦】

昨晩、リナと喧嘩した。
盗賊イヂメをオレが止めたのがきっかけ、というオレ達にとってはありふれた話だが、世間一般ではまずありえない話だ。
で、今は昼間で、次の町に向けての移動中。田舎道なので、大きな街道と比べると、やはり整備は行き届いてはおらず、足元が不安定だが、旅慣れたオレ達には何の苦も無い。
が、今オレ達の間には、ギスギスとした重苦しい空気が漂っている。
いつもすぐに終わる喧嘩は、大概がオレがトボケてリナが突っ込み、それで梨崩し的に仲直りするのだが、今回はそうは行かない。というか、させない。
朝飯もリナの着いていたテーブルではなく、カウンター席に陣取り、飯を食ったら早々に部屋へと引っ込んだ。
食事中も、階段を上るその時も、リナの戸惑いの視線は感じていたが、一回もそちらを見る事はしなかった。
リナは、少しだけ部屋の前でウロウロとしていたが、足音荒く隣の部屋に入り、その後数分で宿屋を引き払った。
勿論、オレもその後に続き宿を出、今、こうしてリナの後を何も言わずに歩いている。
リナはリナで、見せ付けるかの様に態とらしく大股で、肩を怒らして歩いているし、オレも普段は立てない足音を大袈裟に立てている。
「あ〜!!もう我慢の限界だわ!!」
急に足を止め、絶叫したかと思ったら、リナはこちらを向き、魔族にでも挑むかの様な目でこちらを見る。
リナが足を止めた時点で足を止めていたオレは、それを冷ややかな目で見返す。
リナをこういう目で見るのは初めてなので、一瞬怯んだが、そこはリナ、きっ!と音がする程の勢いで、視線をオレと合わす。
「いつもの事でしょ。なのに、何で今回はやけにこだわるのよ!」
「そうやっていつもの事、て終わらせるな。大体反対してるのに何で行こうとするんだよ?」
これまたリナに向けて出した事の無い冷たい声を出すと、リナは余計気に障ったのか一層不機嫌な顔をする。
「盗賊イヂメはあたしの趣味で、生活の一部になってんの、とやかく言われるのは酌だわ」
「だからって一人で行くなよ。こっちは心配して言ってんだろ?」
「心配してなんて言って無いじゃない!」
ツン!と顔を背け、リナは釈然としない顔をする。
子供が親に面白く無い事を言われて拗ねた時の様な態度に、思わず溜め息が出る。
「じゃあ、勝手にしろ。怪我をしても、オレは知らないからな」
冷たく言い放つと、リナは冷や水でも浴びせられたかの様な顔をし、悔しそうに表情を変える。
「勝手にするわよ!今までだってそうして来たんだもの!」
そう怒鳴ると、リナは背中を向けて歩きだした。
何でこうなるのか、溜め息を吐き大股でリナを追い掛ければ数歩で追い付く。
「本当、分かってないよ、お前さんは……」
がしっ!と肩を掴み足を止めさせ、さして力を込めずとも、リナを振り向かせる事に成功する。
それ程に、オレ達は違いがあるのだ。防具に身を固めているリナの肩が、小さく震えているのは、怒りからか、はたまた……
「…なあ、本当にオレが何で怒っているのか、分からないのか?」
「分からないわ」
リナの鋭い視線と、こちらの呆れた視線とがぶつかる。
「はぁ」
溜め息を吐き、自分の頭をガシガシと掻き気持ちを落ち着かせる。
分かる訳が無いのだ、オレは何も言っていないのだから。それとなく気付いているだろう、と勝手に思い込んでいる自分に思わず苦笑する。
「何よ?」
自分の事を笑われたとでも思ったのか、リナが眉を跳ね上げる。
それは当然だろう、対面している相手がいきなり笑ったのだから。
「これをな、昨晩渡したかったんだ」
ズボンの後ろポケットに突っ込んでおいた小さな箱は、リボンがぐしゃぐしゃで、今にもほどけそうだ。
「???」
「プロポーズしようと思ってたのによ、その相手が装備万全なんだぜ?怒りたくなる、てもんだろ」
話の流れに追い付いていないリナの頭にコツン!とその箱を乗せて情けなく笑い言うと、一気にリナの顔が真っ赤になる。
その顔に、何故か自分の顔まで熱くなり、ポリポリと頬を掻くのであった。