怪盗リッチシリーズ

【漆黒に現る】

深夜のオフィス街を、ワンボックスカーが、走行している。警備会社の社名が、プリントされたその車は、迷う事なく、一つのビルへ。
地下駐車場には、同じ車が何台もあり、パトカーさえも、何台も止まっていた。
「よお」
「あれ、お前、今日は休みじゃ?」
声を掛けられた男は、首を傾げ、相手を見る。
禿げた頭に、鋭い眼光、高い背と、幅のある身体、それだけでも十分だが、身を包む警備服で、更に迫力を増している。
「緊急召集掛ったんだよ。たく、バイトがあるって〜のによ」
「まだ、バイトしてたのかよ?禁止されてるから、辞めろて、言ってんだろ?」
「借金返すまでだって」
「ギャンブル止めれば、済む話だろうが」
「当たった時の、高揚感、知らねぇのか?」
「で、ぱ〜!と使ってんだろうが」
「そこ!喋ってないで、仕事しろ!!」
離れた場所からの、上司の叱責に、話に盛り上がっていた2人が、肩を竦める。
「ピリピリしてんな」
ポソリと、禿げ頭が溢す。
10畳程の部屋には、警備服姿が7人。
25階建てのビルの、17階にある、金庫室の前が、その部屋で、地上からも、屋上からも、そこに辿り着くまでに、警察と警備員・警備システムが、待ち受けている。
で、金庫室の前を、警備主任が、廊下側に、禿げ頭と、先程の男が、扉を挟んで立っている。
「当たり前だろ。怪盗リッチからの、予告状が、届いたんだ」
『怪盗リッチ』、人を馬鹿にした様な名前だが、世界を股に掛けた泥棒で、これまた、人を馬鹿にした様に、予告状を出し、どんなに警備を固めても、狙った物を、盗んで行ってしまう。
変装が得意らしいと、有名なので、予告状が届いた先の警備の者達は、身体検査をされるのが、通例である。
噂は、それ以外にも、拳銃の腕が良い、剣の腕が良い、頭脳明晰、実は吸血鬼であるとか、胡散臭い物まで数えれば、きりがない程、『怪盗リッチ』は有名だ。
「ん?何か、変じゃないか?」
不意に、禿げ頭が、眉根を寄せる。
当然、すぐそばにいる男が、扉の向こうに、警戒をし、他の者は、拳銃を取り出す。
プシューと、風船の空気が抜ける様な、そんな音が、天井から漏れ………
「上か?!!」
誰かが、鋭い声を上げると、ガァン!と銃声が鳴る。
部屋中の視線が、天井へと向けられ、緊迫する空気、天井から、水が滴り落ちる。スプリンクラーに、弾丸が当たったのだ。
天井を、慌てて移動しているのか、バタバタと音が響く。その音を目安に、幾つもの銃声が鳴り響くが、外から応援は来ない。
警備主任は、焦った。
廊下に居た警備が、来ない事と、天井から、絶え間なく降る水、混乱している銃声に。
ここを突破されては!と。混乱する頭を、叱咤し、金庫室への扉の前で、身構える。
足元が、水に濡れ。
そして、バチバチと、音を立て、何かが走る。
靴底は、ゴムだが、発生源は、天井。
そして、そこから、絶え間なく降る水。
部屋中の人間に、等しく訪れた静寂。
いや、一人だけ免れていた。
「よっと」
金庫室の前で、伸びている警備主任を、禿げ頭が、退かす。
静かになった室内。静めたのは、死なない程度の電流。それを、禿げ頭は、免れていたのだ。
禿げ頭の前には、金庫室への、電子キーのキーパッド。それを、何の迷いもなく、太い指が、ピピピ、ピピと、5桁の数字を押す。
ドアノブを捻ると、抵抗も無く開き、当然の様に、禿げ頭は、扉を潜る。
金庫室は、2畳分の空間を、頑丈な檻に隔てられ、丁度半々に分けられている。
檻の向こう側には、重厚な扉の金庫。
が、そちらには、見向きもせず、禿げ頭は、左を向く。
入って来た扉を左手に、1歩行けば、壁の真ん前に、辿り着く。
禿げ頭の目線の高さにある、社訓が書かれた額縁を、武骨な手が、時計回りに回し、90度回り、垂直になると、右に少しずらし、今度は上にずらし、そして左にずらす。
ガチリと、手応えを感じ、禿げ頭は、額縁を手前に持ち上げる。
額縁の掛けてあった場所には、隠し金庫があった。
「……左目?ああ…」
ポツリと溢すと、禿げ頭は、金庫にある、暗い円の所に、左目を当てる。
ピピッと、電子音がしたのを確認し、金庫の扉に、手が掛る。中に入っていたのは、幾つもの宝石。
それを、全て取り、代わりに一枚の、名刺サイズの紙を忍ばせ、金庫を締め、額縁を元通りに戻し、禿げ頭は、踵を返す。
明るい廊下は、夜のオフィスだけあって、静かであったが、所々に倒れている警備員と警察が、その景色を異常なものに。
そこを、音も無く、突っきり、非常用の窓を開け、身を乗り出す。
グッ!と、腕の力で、上ろうとすると、一本のワイヤーが、その視界に入る。
視線を、上に転じると、月をバックにした、細い影。
「たく……あいつの仕業か」
呆れた声を漏らしたその声は、警備員の男と話をしていたのとは、比べられない程、違う。
キュゥと、左手にグローブを着用し、手首の所にある金具に、ワイヤーを引っかけ、クイクイと、ワイヤーを引っ張る。
それを合図にか、巨体が、夜のビルを、駆け上り、数分もしない内に、屋上へと辿り着く。
「はぁいv素敵な月夜ね♪」
「また、どやされちまうな」
屋上で待っていた人物の、可愛らしい声に、禿げ頭は、苦笑を浮かべてしまう。
この後の展開が、目に見えてしまう程、相手の事を、知り尽くしているからだ。
「あら、感謝して欲しい位よ?下に、あんたの、愛しの彼が居るんだもの」
「知ってる。つうか、お前さん、また、そんな格好を……」
クスクスと笑う細い身体に、困った様な声が、掛けられる。
ピッチリとした、黒い皮のボディスーツが、華奢な身体を、更に華奢に見せているのだ。
身長が低く、起伏が乏しいとはいえ、男ではありえないその曲線と、服装が、酷くミスマッチで、危うい美しさがある。
特に、今日の様に、月明かりが、眩しい下では、いつも以上に、際立って、良く見えてしまう。
「動きやすいのよ」
禿げ頭の心配をよそに、栗色の髪を、ふわりと掻き上げ、華奢な身体が、巨体に近付く。
その時、バリバリバリ、と、轟音と、風を伴って、金属の巨体が、2人に近付く。
「じゃ、お勤め有難うね♪」
踊る髪の毛を押さえ、華奢な身体は、ワイヤーを滑り、あっと言う間に、視界から消える。
それを見送り、禿げ頭は、夜空に浮かぶ、巨体を見上げた。
「怒るだろうな……」
降りて来た梯子を、素早く上ると、運転席には、目付きの悪い男が。
「どうよ?」
「上手く行ったんだけどな……」
「おい、まさか……」
自分の問いに、返って来た、不景気な声に、目付きの悪い男が、更に目付きを悪くする。
「ああ……」
「ああ。じゃねぇだろが!後で、みっちり話するからな!」
不機嫌を露に、男は、機体を、操る。
夜空を舞う、ヘリコプターに、地上で隠れていた男が、車に乗り込んだ。
「リッチだ。追え!!」
運転をしている若者の隣で、窓から身を乗り出し、ウェーブの掛った黒髪を踊らせ、男は叫ぶ。
「待て〜!リッチ〜!!」
着古したコートを愛用する、その男は、リッチ逮捕に、命を掛けている、インターポールの人間だ。
屋上で、見張ろうか、としたのだが、ビルの持ち主が、それを拒んだので、こうして、地上で張っていたのだ。
後ろに、パトカーが続き、深夜のオフィス街には、サイレンが鳴り響く。
暗闇を走るヘリコプターに、もう一つ、追跡者が登場する。
「来やすったな。頼むぜ……」
ヘリコプターを操る男は、レーダーに現れた一つの光に、ニヤリと笑い、予定通りのルートを選ぶ。
後方から、鋭い物が迫り、ヘリコプターは、衝撃に揺れる。
新たに現れた追跡者は、武装したヘリコプターであった。
「おいおい、気が早いだろうが」
揺れる機体を制御し、ヘリコプターは、夜空を走る。
地上と空の追跡者を連れ、ヘリコプターは、ビルの谷間を通過。
「頼むぜ……」
「頼んだぞ」
奇しくも、パイロットと、禿げ頭の声が、ハモる。
ビルの屋上で、一つの影が、迷いもなく、跳躍、追跡しているヘリコプターに、着地すると、銀の軌跡が走らせ、機体を蹴り、近くのビルの屋上へ、跳躍。
「ふん、また、つまらないものを斬ったな……」
夜空を滑る巨体に視線をやり、銀髪の男が呟くと、巨体が、バランスを崩し、降下しだす。
銀髪の男が、仲間達との合流地点である、廃ビルの1室で、30分程待つと、ノックが、決められたリズムで、叩かれる。
鍵を開けると、不機嫌を露な男が、まず入って来て、その後を、困った顔の、禿げ頭が続く。
「聞いてくれよ!こいつ、また、あのチンクシャに、やられたんだぜ!!」
目付きの悪い男は、言いながら、タバコに火をつける。
「そう言うな、て。全部持って行かれた訳じゃないんだし」
のほほんと言いながら、禿げ頭は、頭をベリベリと剥がす。
下から出て来たのは、幾つもの宝石と、整った顔に、金糸の様な髪。特殊メイクの身体にも、宝石は隠されていて、ボロボロと、出てくる。
「服に隠したの、全部持って行かれたんだと」
ガリガリと、赤い髪を掻く男と、溜め息を吐く銀髪。
この3人こそが、世界を騒がしている、怪盗リッチのメンバーだ。