【一歩】 |
長年の幼馴染み。という関係で、足踏みをしているガウリイとリナ。 本当は、互いを想っている事は、周囲の人間の、周知の事実。 そのもどかしい関係を、なんとかさせるべく、周囲が仕組んだのは、祭り会場で、浴衣姿の2人を引き合わせ、2人っきりにする。という企み。 自分が、ガウリイを好きだ。という事を、気付かない振りをしているリナには、周囲にそう思われ、仕組まれた事が、面白くない。 対して、自覚し、リナの姉に、尻を叩かれ、覚悟を決めているガウリイ。 そして、不機嫌なリナに、苦笑を浮かべたガウリイが、その後を着いて歩く。という光景が、出来上がった。 「リナ、少し待っててくれるか?」 「……勝手にすれば」 幾つか出店を冷やかした後、不意にガウリイが、リナから離れた。 待っててくれ。と言われたが、素直に待つのは癪で、リナはそこを離れる。 丁度、祭りが佳境に入り、少し離れた場所にある丘から、花火が上がり、夜空を飾り出した。 周りの目は、そちらへと注がれる中、人混みを縫い、商店街の通りへと、目的もなく、リナは歩く。 その右手を、大きな手が掴まえた。 「リナ!待っててくれ。て言っただろ?」 どう追い付いたのか、困った表情のガウリイだ。 「待つなんて、言ってないわ」 「ほれ」 視線を合わせず、不機嫌に言ったリナ。 その左手を取り、ガウリイは、リナに細いビニール製の紐を握らせる。 それは、ビニール袋を縛っている紐で、その袋の中には、狭い水の中、ヒラヒラと泳ぐ金魚が1匹。 「お前さん、金魚好きだろ?」 「いつの話よ……」 ガウリイと視線を合わせる事を避ける様に、伏し目がちに文句を言うリナ。 まだ小学生だった頃、祭りとなれば、必ず金魚すくいをしていた。だが短気なので、いつもすくえず、おまけとして、小さな金魚を貰っていただけ。 そんな、おまけの小さな金魚とは違い、しっかりとした大きさの金魚を、目の当たりにし、リナは口を尖らせる。 「出目金が良かったのに……」 おまけではないサイズの金魚が、リナには悔しい。負けず嫌いな性格が、そんな些細な事までに、勝手に勝ち負けを感じたのだ。 「そうだったのか?ごめんな」 矛盾するリナの言葉に、ガウリイは苦笑を堪え、穏やかに微笑む。 そのまま、リナの左手を、右手で包み、リナの前を回り、ガウリイは、リナの左隣に立った。 「ちょっと、どういうつもりよ?」 「ん?さっきみたいに、はぐれたくないからな。良いだろ?良くこうして歩いたじゃないか」 必死に剥がそうとしているリナに、ガウリイは首を傾げた。 やんわりと握られているが、どうにも外れない手。何かを訴えるかの様な、優しさの中に意思を持った瞳。 それを交互に見、リナは小さく呟く。 「それこそ、いつの話よ」 「ん?小学生の頃だから、懐かしいな」 少しだけ、握る力を強くし、ガウリイは目を細める。 家が隣の2人は、小学生の頃、手を繋ぎ、一緒に登校をしていた。 それは、リナの姉、それと両親から、リナの面倒を見て欲しい。と、お願いされていたからだ。 教育がしっかりされて、同じ年頃の子より、頼もしい性格な分、リナは無鉄砲な所があり、その歯止め、お目付け役だった事を思い出し、ガウリイは苦笑を浮かべる。 「こうしてないと、す〜ぐ、無茶苦茶するからなぁ」 「無茶苦茶て。あんたは大袈裟なのよ」 「6年生に、喧嘩売っただろうが」 不服そうなリナに、ガウリイは困った表情を浮かべた。 それは、リナが1年生の時の話で、相手は、6年生の問題児。 「あれは、あいつが悪いのよ!!年長者の癖に、1年生の女の子泣かせたんだから!」 「だからってなぁ……」 ぷっくり頬を膨らませ、リナが反論すると、ガウリイはますます困った表情になる。 それで、服のあちらこちらを破り、手や足のみならず、顔とお腹にも痣を作ったリナを思い出し、苦い思いを、思い出したのだ。 思えば、満身創痍の彼女を見、底冷えした手に、心臓を鷲掴みされた様な、痛みと冷たさ、そして不快感を感じたあの時、既に、自分の気持ちは、そこにあったのかも知れない。 その後も、懐かしい話を交わしながら、2人の足は、自然と進む。 商店街の通りを避け、住宅地の通りへと入り、辿り着いたのは、懐かしい学舎。 2人が通っていた小学校だ。 「やっぱ、入れないか……」 校門に手を掛けたものの、動かないそれに、ガウリイは残念そうに、溜め息を吐いた。 それに、呆れた溜め息を吐くリナ。 「当然でしょ。最近は物騒なんだから」 「物騒なの分かってるなら、1人で行動しないでくれよ」 「ふん、そんなの、返り討ちにしてやるわよ」 「あのなぁ……」 腰に手を当て、居丈高に言ってのけたリナに、ガウリイは溜め息を吐き、ジト目を向ける。 「その格好で、暴れるてのか?怒られるぞ?」 「う゛………」 誰に。という、主語が無くとも、通じる言葉に、リナは、思わず小さく唸った。 浴衣を少しでも汚しただけでも、怒られるだろうに、その上、暴れて破いてしまったら、どうなるか、リナは、身を持って知っている。 「な?オレが居た方が良いだろ?」 「何よ、クラゲ頭の癖に、そんな事だけは、気が付くんだから」 「リナの保護者だからな」 それは、ガウリイの決まり文句であった。 リナが小学校に上がってから、何かある度に、当然の様に、ガウリイの口から発せられた。 例えリナが、不満に思っていても、周囲はそれを認知してしまう程。 当然、その言葉に、リナがむくれる。 「いつまでも保護者きどりは止めて。あたし、もう高校生なんだから」 他より成長が遅い事に、コンプレックスを抱えている彼女にとって、憎からず思っている人間に、子供扱いされている様で、嫌なのだ。 そして、今回の企みに関わった人間に、苛立ちと不満を、リナは覚える。こんな風に、子供扱いされているのに、自分と幼馴染みが、どうこうなるなんて、ありえないだろう。と。 だと言うのに、ガウリイは不服そうに、眉を下げる。 「でもなぁ……ずっとリナの保護者だったし……」 「あんたが居たら、男が寄りつかないから、迷惑なのよ。花の女子高生を楽しみたいじゃない」 「……それが理由で迷惑なのか?」 拗ねた様な、怒っている様な、リナの声に、ガウリイは腰を折り、覗き込む様にリナを見みた。 どこか、熱を孕んだ視線に、リナの鼓動が少し跳ねる。 「と、当然でしょ!あたしだって、いつまでも子供じゃないんだから、恋の一つや二つ、したいのよ」 どぎまぎしながらも、真っ直ぐに視線を返すリナ。 それに、ガウリイの表情は変わらない。 「恋、してないのか?」 「……あんたに関係ない」 「気付いてるんだろ?ルナさんの思惑を?」 反らしそうになった視線を、なんとか堪え、返したリナは、ガウリイの問いに、とうとう視線を落とし、唇を噛む。 「それを、オレが聞かされている事は、言っただろ?」 ふわりと、ガウリイが微笑む。 いつもリナを安心させた、穏やかな笑みだ。 それに、小さく頷くリナ。 「つまりさ、オレは、ルナさんの思惑に、乗ったんだ」 「………それって?」 「寂しい思いをさせるのは分かってる。それでも、オレと付き合ってくれないか?」 おずおずと向けられた視線を、真剣な目で捉え、ガウリイは言った。 驚きに見開かれた目は、少しの間を置いて、鋭い視線に変化する。 「……買い物に付き合えていうオチなら要らないわよ?」 「素直じゃないなぁ、相変わらず」 肩を震わせ笑い、ガウリイは腰を伸ばし、繋いだ手を引き、抱き締める。 「あんたなら、言い兼ねないのよ……」 珍しく大人しく胸の中に収まったリナは、相変わらずの憎まれ口で、ガウリイは穏やかに微笑んだのであった。 |