【余談】(一策の裏側)

ここ数ヶ月、元気がなかった妹の為、ルナは考えた。
まどろっこしい2人を、くっつけ楽しもうと。
そうして、企まれた策の要、リナに浴衣を着せ、
「あれで良かった?」
送り出した直後、ミリーナがルナに確認する様な視線を送る。
それを受け、
「上出来。ガウリイは?」
「既に、着付け終わっているわ」
ルナは、極上の笑みを浮かべた。
ミリーナは、ルナの問いに、鞄から携帯を取り出し、最新のメール画像を、ルナに見せる。
それに、ルナは小さく笑う。
「私の要望以上ね」
ルナの要望は、リナを大人っぽく、それでいて、可愛いく見せる物。そして、それを引き立てる男物を。というものだった。
それが、ちょっとした色遊びをされた、リナとガウリイの浴衣に、ルナは、予想以上の満足感を感じた。
「有り難う。頼んで良かったわ」
「いいのよ。仕事だもの」
「ルークにも、宜しく伝えておいて」
首を小さく振ったミリーナから、封筒を受け取り、ルナは小さく頷き、そう言った。
ルークとは、ミリーナが務める、呉服屋の跡取り息子で、ミリーナに惚れ込んでいる男だ。
ガウリイの着付けをしたのは、そのルークである。
ミリーナが、着付けをお願いしたら、尻尾を振って、応える程の従順振りなのだ。

数時間後。
「父さん、お帰り」
帰宅した父親に、ルナはリビングまで行き、声を掛けた。
「珍しいな。ルナが、ゆっくりしてるだなんて」
年頃の娘が居るとは、到底思えない顔立ちの男は、出迎えたルナを、物珍しそうに見た。
ルナは、時間があれば、株・為替取引をしたり、新たな財テクを探る為に、新聞・書籍・ネットに目を通しており、今の様に、わざわざ出迎える事は、殆ど無い。
その珍しさに、驚いている男に、ルナは、ミリーナから受け取った封筒を、差し出す。
「これ、お願い」
「……?ルナが頼み事だなんて、珍しいな」
小さい頃から、自分の事は自分でやる。と、両親に頼る事を、良しとして来なかったルナ。
そのルナからの、滅多に無い頼みに、男は、益々珍しそうな声で言ったが、その表情は、嬉しそうな物。
世間の父親の様に、肩身の狭い思いは、この家では無いのだが、精神的な独立が早かった長女に、甘えて貰えない寂しさを、男は感じていたからだ。
だが、その表情は、封筒の中身によって、引き攣ったものに。
「………ルナ?これは??」
「父さん、リナの事、可愛いわよね?」
「そりゃあ……??」
素朴な疑問に、質問で返され、男は、戸惑いながらも頷いた。
ルナのスパルタ教育を受け、確り者に育ったリナは、やはり、余り甘えては来ない。
だからと言って、可愛くない訳がない。
男は、ルナもリナも、そして妻も、目に入れても、痛くない。とばかりに、家族の写真を持ち歩き、行く先々で、自慢ばかりする程、子煩悩で愛妻家でもある。
「そのリナの、大事な大事な勝負の為に、必要だったの」
「まあ、そう言う事なら、仕方ないが、そんな大事な勝負なんてあったか?」
ルナの答えに、男はスラックスの後ろポケットから、財布を抜き取り、首を傾げた。
多少の隠し事はあるものの、大体の事は、報告をし合っているインバース家。
その末娘の、大事な勝負事なら、一大事で、父親である男としては、そんな大事な事を、知らされていない事が、不思議でならなかった。
それに、大事な勝負事ならば、応援の為に、前持って予定を開けなければならない。
不思議に思いながらも、封筒に入っていた請求書と、財布の中を確かめる男。
「私が払いに行くから、今頂戴」
「そうか、釣りは小遣いとして、取っておいて良いぞ」
請求額に足りるだけのお札を、財布から抜き取り、それを封筒に入れ、男はルナに渡す。
それに、ルナは肩を竦める。
「まあ、くれる。て言うなら、貰っておくわ。小遣いを貰う年齢でもないけど」
「で、そのリナの大事な勝負てのは、何だ?」
財布をポケットに戻し、男は改めて首を傾げた。
それに、ルナはニコリと返す。
「ガウリイに告白される。ていう、あの子の今後を左右する、大勝負よ」
「ぬぁにぃーー?!!そんな事、認められるかぁ!!あの根性無しに、可愛いリナを、何でやらにゃならん!!」
「認めないて言われても、今まさに、その勝負中なのよね」
自分の言葉に、目を剥き、ソファーから腰を上げ、声を荒げた男に、ルナは面白がる様に微笑む。
途端、男が頭を抱え、
「冗談じゃない!今すぐ、天然を取っ捕まえてやる!!」
そう叫んだ。
そこに、冷ややかなルナの声。
「父さん、じゃあ、どこの誰とも分からない人に、リナを渡すつもり?ガウリイなら、生まれた時から知っているから、一番安心出来る相手じゃない」
「リナに寂しい思いをさせる男なんぞに、任せられるか!!」
「父さんがどう言おうが、結局は2人の問題でしょ?ガウリイが問題ある男なら、私だって黙ってないわ」
興奮冷めやらぬ男に対して、ルナの態度は落ち着いた物。
そのルナの表情がにこやかに変わる。
「それに、リナを不幸にしたら、どうなるか、分かっているでしょうしね」
「………」
くすくすと、淑やかに笑うルナに、愛する妻の姿が重なり、男の背中に、冷たい汗がつるりと滑った。