ガウリイの&への挑戦


【寝顔をのぞく】-ガウリイの挑戦1-

ガウリイは項垂れていた。
彼が腰を下ろしているベッドの反対側には、1・2歩分開けて並んだベッド。
その上には、馴染みの荷物袋がある。
ガウリイの物とは違い、少し小ぶりだが、その中は彼の持ち物と比べられない程の財産を抱えている。
今、その持ち主は風呂に行っていて、その内に戻ってくる。
ガウリイの相棒の彼女は、二人部屋が一室しか残っていないと知り、即座にその部屋を借りる事にした。
それに焦ったのはガウリイだ。
いくら保護者を自称しているとはいえ、男である自分と一晩同じ部屋だなんて良く無いだろう。と。
が、頭の回転が早い相棒に口で勝てる訳も無く、同室になってしまった。
「あいつ、自分が女の子だって自覚足らないよな。」
はあ〜と長い息を吐き出し、ガウリイは頭にかぶったタオルでガシガシと髪を乱暴に拭い、適度に乾いた髪からタオルを離し、布団へと早々に潜る。
こういう精神衛生上よくない状況では、早く寝るのが一番だ。と強く瞼を閉じ、せめてもの救いは、ベッドが離れている事だな。と安堵した。
が、甘かった。彼女が戻って来ると、甘く毒惑的な匂いがたちこめ、何やらガウリイにとっては、歓迎できない感情が、生まれそうになる。
「あれ?もう寝るの?」
「ああ。少し疲れててな。」
「そ、つまんないの。」
面白くなさそうな彼女の声を背中で聞きながら、ガウリイは必死に目を瞑り眠ろうとするが、そんな事で、甘い気配が薄まる訳も無く、目を瞑ったからか余計その香りに意識が行ってしまう。
ガバッ!と身を起こし、彼はベッドで眠る事を諦めた。
「どしたの?」
「ベッドが合わないみたいだ。床で寝る。」
怪訝そうな相棒をちらりとも見ず、ガウリイはベッドの布団を剥ぎ取り、ベッドと壁の間の床に寝床を作る。
「そんなデリケートだっけ?」
「じゃ、おやすみ」
「うん?」
短く答えたガウリイに、彼女は不思議そうにしているが、説明出来ない感情を言葉になど出来ず、彼は荷物から携帯毛布を取り出し、それにくるまり床に寝転がった。
−ギシ
彼女がベッドに体重を預けたのか、安ベッドが軋む音が、やけに響いて聞こえ、ガウリイは固く目を閉じたが、音と匂いがより一層存在感を放ち押し寄せる。
無理だと判断したのは、5分を過ぎた頃だが、ガウリイには一時間以上の時に感じられた。
行動を起こそうと、毛布にくるまったまま立ち上がると、ベッドの上でストレッチをしていた相棒が怪訝そうな顔で、ガウリイを見る。
出来るだけそちらに視線を向けず、ガウリイは荷物を手にして言う。
「やっぱり、駄目だ。保護者って言ってるけど、本当の親でもない男と二人っきりてのは。」
「また…あのねぇ、前にも同じ事があったでしょうが。何で、今日は拘るかな?」
「これから先も同室はしない。以前とは違うんだ。」
「何が?」
「オレは男で、お前さんは女の子だろうが。」
彼女に視線を向けていないから、ガウリイは気付かなかった。彼女が手荷物の中からナイフを取り出している事に。
「別に何も変わっていないじゃない。あたしはずっと女の子で、あんたは男でしょ?」
「そうだが、違う。」
「だから、何が?」
「解らんなら良い。とにかく以前とは違う。だから、同室は出来ない。」
「そ……」
短い彼女の諦めの入った声は、自分が外に出る事を同意した返事だと、ガウリイは思ってしまった。
毛布をまとめて外に出る準備をしだしたガウリイ、自分だけで精一杯で、そっと気配が近付いていた事に気付いた時には遅かった。
背中から甘い匂いを感じ、ガウリイは冷や汗を流す。
彼女を視界に入れまいと、体を壁に向けているので、彼女はガウリイが寝る筈であったベッドに乗っている事になる。
余りにも近過ぎる匂いに、ガウリイは匂いを吸わない様に息を止めようと努力する。
ドクドクと激しく血が身体中に巡り、息を止めようとした為か、視界がグルグルと周り出した所に彼女が声を掛ける。
「ふぅん?どうしても外に行きたいんだ?」
「あ……ああ。」
声さえも甘く感じ、ガウリイは干上がりそうな喉に唾を流し込んだ。
魔法の光は、彼女が行動を開始したのと同時にゆっくりと移動をしていた。
天井に張り付いていたが、今やガウリイの退路を防ぐ場所まで来ていた。相棒が『浮遊』をかけ移動させのだ。
丁度、ガウリイの影がベッドと壁の間にある床、先程まで彼が寝ていた所に落ちる。
ゴクッという音が生々しく感じ、ガウリイは相棒に聞こえていないだろうか?と心配になるが、振り返る事が出来ない。
自分が寝る筈だったベッドに乗っている彼女を、意識しすぎて動けないのだ。
短い歌の様な旋律が聞こえ、次の瞬間ガウリイの背後にいる存在が動いた。
『影縛り』
トス!という何かが床に刺さる音と共に、ガウリイの動きが封じられた。が、元々動きたくても、動けない状況であった彼には、それは些細な事であった。
背後から細い腕が伸びたかと思いきや、その手から毛布が無くなった。ガウリイの背に左手を置き、体をベッドから乗り出した彼女の右手が、掠め取ったのだ。
―た…試してんのか?!!―
肘に柔らかな感触が当たり、ガウリイの全神経がそこに集中する。
そんな彼の様子なぞ興味無い彼女は、彼の背中にある手に力を込め、自分の体を後ろへと移動させた。
彼女が動く度に、ベッドが音を立て、過敏になっているガウリイの耳に鋭く伝わる。
可愛い相棒の動きは素早かった。後ろから毛布を掛け、床に降り、彼の動きを制しているナイフを抜き、跳躍。
ベッドに戻るのと同時に彼の左肩に両手を置き思いっきり床へと押した。
酸欠と動悸で体に力が入らないガウリイは、それだけで自らが作った寝床に倒れてしまった。
彼女ばかりに気が行っていたので、現状に気付くのが遅かった。慌てて立ち上がろうとしたガウリイに、衝撃が。
倒れた所に、彼女がベッドから飛び下り、馬乗りになったのだ。
それで完璧息をするのを忘れたガウリイの影に、改めてナイフを突き立てて、彼の顔をわざわざ自分に向け、可愛い相棒が、可愛く首を傾げ笑いながら言う。
「部屋代が無駄になるでしょ?ここで寝なさいv」
「はい…」
弱々しい返事だが、それで満足したのか彼女は彼の顔を楽そうな向きに置き、ベッドに上がり、自分のベッドへと戻っていく。
何の拷問だろうか?強烈すぎる甘い匂いに、ガウリイはぼんやりと思った。
軽々しく男に馬乗りするなとか、体を密着させすぎだとか、女の子としての自覚を持てとか色々色々文句を言いたいが、思考が混乱しすぎてガウリイの口から発せられる事はなかった。
身動き出来ず、甘い気配と密室で二人きりという拷問の様な状況に、ガウリイの視界が歪む。
寝てしまえば楽になれるが、気配に神経が過敏になってなかなか寝付けないガウリイ。
思考がパンクしてグルグルと意識が回り、どこかへと飛んで、やっとガウリイは拷問から解き放たれた。
≪続く≫