ガウリイの&への挑戦

【髪に触る】-ガウリイの挑戦3-

ゆっくりと離された金の髪は、ゆったり舞い降りた。持ち主である人物の心情を現しているのか、彼女から離れる事を名残惜しむ様に。
その名残惜しんだ相手は、それに気付いた様子もなく、
「ケチ。男はどーんと何でも許しなさいよね。」
と、口を尖らせる。
「んな事言って、お前さん、オレに奢らせるつもりだろ?」
洗い髪を触らせろという注文を断ったガウリイは、どこかホッとする。
子供の様な仕草に、彼女は子供なのだ。と思い込めるからだ。
「バレちゃった☆残念♪」
無邪気に笑い彼女は、くるっ!と踵を返し、目的の地へと歩を進める。
のんびり後ろを歩きながら、ガウリイは内心穏やかではなかった。
濡れた髪を触りたいと言った相棒。
彼女は純粋な好奇心なのだろう。が、つまりは、夜に同じ部屋で過ごす事になってしまうのだ。
そういう誘いの訳が無い。と分かっていながらも、どこか期待してしまう気持ちもあり、彼女への想いが、あっさり浮上してきそうで、そんな訳が無い。と否定するので精一杯なのだ。
だが、彼女の指に目が行く度に、彼女が触れた髪の毛が熱くなった様に感じ、その熱が病魔の如く、身体中にじわじわと、侵食してきてしまう。
ハタッと気が付いた。いつも付けているグローブを、今日は着けていないという事に。
「なあ、グローブどうしたんだ?」
「あのねぇ…昨日言わなかった?穴が空いたから買い替えるって。」
先を歩いていた相棒は、厳しい目でガウリイを見た。
素朴な疑問のつもりが、彼女の機嫌を損ねた彼は、慌てて記憶を掘り起こす。
昨日の夕暮れ時、低級魔族との戦いを終えた時、そう言ってグローブを外していた。で、その後に着いた町で探し回って、結局、替わりになる物がなかったのだ。
それで、宿屋に着いたら部屋が一つしか空いていなかった事も思い出した。
「あ…ああ…そう…だったな」
ガウリイが呆けた顔で頭を掻くと、相棒は仕方ないわね、とでも言いたげな表情で溜め息をついた。
「たく…外見だけは良いのにねぇ…中身は残念なんて…」
聞かせるつもりは無いのであろう相棒の小さな声。
彼の性能が良い耳には、それが届いていた。
「聞こえてるぞ?」
「良いじゃん本当の事だし♪」
ガウリイが少し低い声で言うと、相棒はぷくく♪と笑い、
「クラゲの頭には何が詰まってんの♪ふやけたパスタ♪可笑しな不思議な頭♪」
楽しそうに適当な音で歌い出す。
幼い行動に、ガウリイは苦笑を漏らす。
彼女の行動には裏は無く。ただ、受け取り側である自分が過剰な反応をしてしまっているのだ。と思ったからだ。
腕を持ち上げ、いつも通りに彼女の髪をぐしゃ!と撫で、「こら」と言おうとした。
が、腕が上がりきる前に止まる。ついさっきそれを拒絶されたから。
腕を引き、ガウリイは手の平を見る。
いつも何気なく触れていた相棒の髪。
拒絶された事で、触れる事が怖くなってしまった。
節くれだった無骨な手、対して相棒の手は小さくて白い。
その手が剥き出しであるから、目が行ってしまうのだ。
じっと見ていた自分の手から、ガウリイはグローブを外した。
ぽん!
「…へ?」
「無いよりマシだろ?」
呆気にとられている相棒に不器用にウィンクしてみせ、ガウリイは言ってみせた。
どう渡すか迷ったが、彼女の頭に自分のグローブを乗せその上から軽く手を置いた。手渡しする度胸がなかったのと、相棒の髪に触れる理由が欲しかったからだ。
「意味ないわよ。」
呆れた声で言い、頭の上に置かれたそれを、相棒ははめてみせた。
彼女が手を入れるとぶかぶかで、手を下げるとするっと抜けそうな位、グローブは余っている。それほど体格差がある事を、ガウリイは失念していた。
「あ…ι」
「間抜け。」
「すまん。」
「だいたい、あんたのって指無いし。」
グローブを外し、彼女はそれを自分の荷物袋に突っ込む。
「え…あ…」
「乙女の肌が晒されてんのに、自称保護者さんの肌が守られてるなんて可笑しいじゃない。替わりが見つかるまで没収♪」
彼が「返しくれ」と言う前に、彼女は楽しそうに言い切った。
反論は無い。ガウリイ自身、返して貰っても荷物袋の中に入れるつもりであったから。
「…怒ったの?」
足を早め相棒の前に出たガウリイに、後ろから不思議そうな声が掛った。
「枝とかで傷つくだろ?」
速度を緩め、ガウリイは道まで伸びている枝を折る。
緩やかな山道、人の手は行き届いておらず、枝は好き放題に伸びているし、足元をすくう程の石も落ちている。
それらを排除する為に、ガウリイは先を歩く事にした。彼女の綺麗な手に傷を付けたくないからだ。
「随分過保護だこと。」
「お前さんの保護者だからな。」
「自称でしょうが。」
くすくすと耳障りの良い音で笑いながら、相棒は大人しく後を歩く。
ガウリイが先を歩いているのは、守りたいというのもあるが、毒でもある彼女の存在感を少しでも弱める為でもあった。
彼女の後を付いて歩いていると、柔らかな髪に触れたくなったり、ふわっと香る甘い匂いにクラクラしたり、眩しい白い手に視線が集中したりで、落ち着かないからだ。
彼女の髪に触れた手から広がった熱は、どうにも治まらない。たった一瞬触れただけの髪の毛の柔らかさが、その熱を煽る。
やはり、触れてはいけなかったのだ。という後悔が、ガウリイに襲った。
≪続く≫