ガウリイの&への挑戦【キスをする】-ガウリイの挑戦-※このお題は、わざと視点を逆に書いています。 |
分かってはいた。しかし、これ程までとは。 抱き付いて、そのまま待って、返って来たのは、子供扱い。 くしゃ!と髪を撫でた大きな手の主は、保護者顔で笑っただけ。 背中に回された力強い腕に力は籠らず、逆に引き離され、リナは唖然とした。 女にそこまでさせて、まだ踏み切れないか。 人前で抱き付く事は、随分勇気が必要で、少しだけお酒の力を借りたリナとしては、納得のいく結果では無い。 しかし、いや、だからなのか、相棒に見せた顔は、笑顔だった。 妖艶な程、鮮やかな笑顔。 逃がすつもりは無い。ここまで来て、酔っ払いの行動だなんて思われたら、台無しなのだ。 しかし、これ以上、どうすれば良いのか、リナには分からない。 そもそも、男の人にアピールする方法なんぞ、使った試しが無い。 当然、思い付くものは数少なく、それで残っているのは一つだけ、試していない事がある。 「あー、えっと、風呂は明日にして、今日はこのまま寝た方が良いぞ。酔っ払ってる時の風呂は危ないからな。」 暫し無言で見詰め合った後、相棒は気遣った声色で言った。 どうやら、リナが黙っているのは、酔いが回ってぼんやりとしている。と思った様である。 思考に囚われていたリナは、それで現実に引き戻される。 短い時間で弾き出した答えは、はっきり言って戸惑われる。 しかし、相手はヘタレ。それ位でないと通用しない。 「ね、キスして♪」 無邪気な笑顔と共にリナが可愛く言い、首を傾げると、面白い位、相棒が固まる。 目を見開き、口をぱかっと大きく開け、整った顔が台無しである。 かあ!と彼の頬が赤くなったのは、十分程経ってからだ。 その間に、リナは場所を変えるべきか迷ったが、場所を変えたら、誤魔化されそうで、それは却下した。 「そ…相当…酔ってんだな。水、貰って来るな。」 「ふふv変なの?あたしは、おやすみのキスを、して欲しいだけよ?」 視線を階下へと向けた彼の顔を、リナはその肩に乗せたままの手を動かし、ざらりとした両頬に添え自分へと向けさせた。 “酔って無いわよ“なんていう反論はしない。そう言ったならば、“酔っている奴は皆そう言う“と、言われると経験上、知っているから。 「何…馬鹿な…事。」 掠れた相棒の声。表情も引き攣っていて、上手く笑えていない事に、気付いていないだろう。 「あのな…昨日も言っただろ?保護者だけど、オレは男なんだ。」 「勿論、そんな事分かってるわよ。」 困った表情で、ふぅと溜め息を吐き言った相棒に、リナは肩を竦める。 何度確認すれば、満足するのか。 彼は時折、“オレは男だぞ“と念を押す。 そんな事、リナは十分過ぎる程分かっている。 相棒は、気のいい兄ちゃん・只の旅の連れ・生物学上は男なだけの気の合う人物だった。彼に対する気持ちを意識する前までは。 それからは、ずっとリナにとって、彼は男でしかない。 「分かって無いよ。お前さんは。」 「そう?少なくとも、自称保護者さんよりは分かってると思うわよ。」 首を力無く振った相棒に、リナは微笑み、右手を動かす。 頬から顎のラインを撫で、首へ。 「緊張してるの?脈が早いわよ?」 脈打っている頸動脈に触れれば、明らかに正常では無い脈動。 「お前さんが…変な事…言うから…だろ。」 ぎこちなく上がった大きな手が、リナの手を相棒から剥がす。 「冗談でも、女の子が、軽弾みな言動をするもんじゃない。痛い目に合うぞ。」 リナから視線を外し、相棒はその横を通り抜け、階段を上がっていく。 「振られちまったな?おっちゃんが代わりにしてやろうか?」 「情けない兄ちゃんだな〜」 「あんなの相手にすんな、姉ちゃん!」 呆然としているリナに、口々に囃し立ててくるのは、食堂で一部始終を見学していた客達だ。 階段は、食堂からすぐの所にあり、そんな目立つ所で、あんなやり取りをしていれば、当然、視線を集める。 リナが断られた事で、数人いる女性客は、俄に活気づいていて、大勢いる男性客は、リナを冷やかしたり、相棒の情けなさを笑ったりとしている。 「生きたまま地獄を見たくなかったら、あたし達に関わらないでねv」 笑顔なのに、何故か寒気を感じる表情で言い、リナは踵を返し、相棒を追う。 すると、すぐにパタンという扉が閉まる音が、やけに響いてリナの耳に届く。 「馬鹿クラゲ。唐変木。剣術バカ。」 一段、一段、踏み締める様に、ゆっくり上がりながら、リナは寂しそうに溢す。 「鈍感。嘘つき。意気地無し。卑怯者。…ヘタレ!」 最後の段、力強い眼差しと声で上がり、リナは相棒の部屋の方へ向く。 「リナ・インバースを馬鹿にしないでよ。目標を目の前にして諦めたりしないんだから。」 きゅっ!と口を真一文字に閉じ、両手は握り拳。細い足で大きく一歩を踏み出し、リナは扉の真っ正面に立つ。 腕を上げ、激しくノックしてやろう。と思ったが止めた。 部屋の主が、開けるとは思わなかったから。 ―カチャ… ノブを回したが、いつもはかけない鍵がかかっている。 ―カチャカチャ…カチ…ピン! 「んっふっふ…甘いわね。」 素早く鍵を外し、リナは乙女の七つ道具の針金を懐にしまい、 ―ガチャ!! 勢いよく扉を開け、中へ。 「んな?!!」 ベッドに倒れ込んでいた相棒を見付け、ツカツカと足早に歩み寄る。 「おま…!!ぜっったい分かって無いだろ?!!」 「ねぇ、自称保護者さん?おやすみの挨拶。忘れてるんじゃない?」 跳ねる様に起き上がり、ベッドから降りた相棒の言葉を無視し、リナは彼を見上げた。 リナが手を伸ばしても届く距離。明かりを付けていない部屋でも、窓から入る月明かりでぼんやりと互いの顔は分かる。 相棒は眉を思いっきり寄せ、痛みでも我慢している様な表情だ。 「あい…さつ?」 「そうよ。親に教わらなかった?挨拶は大切だって。」 やっと声になった、という感じの相棒の声に、リナは小さく頷き、微笑みを彼に向ける。 「ぁ、お、おやすみ。」 引き攣った笑み、掠れた声で、相棒は言い、 「これで…良いだろ?」 若干安心したのか、声の掠れが弱くなった。 「キスは?」 「す、する訳無いだろ…」 リナの視線から逃げる様に、相棒は、ふい!と顔を背けた。 「部屋に戻れよ。挨拶…しただろ…」 「あたしは、おやすみのキスをして。て言ってるでしょ?」 「あのなぁ…」 「してくんないと、出て行かないわよ。」 声色で暗に本気だ。と思わせる為、リナはトーンを一つ下げた。 背けた顔はそのままに、ちらりと寄越して来た相棒の視線に、リナは真っ直ぐと視線を合わせる。 「おやすみのキス、してくれるわよね?自称保護者さん?」 「あ、のな…」 「あんたが男だ。てのは聞き飽きた。それ位知ってる。ねぇ、自称保護者さん、保護者なら出来るでしょ?おやすみのキス。」 眉間に深く皺を作り、苦しげに発する相棒の声を遮り、リナは一歩、歩み寄る。 が、相棒が一歩後退りし、二人の距離は広がる。 身長差が、二人の一歩の違いを生み出したのだ。 少しだけ遠くなった彼。 その距離がやけに広く見え、リナの気持ちが少しだけ萎える。 「…分かったわよ。部屋に戻れば良いんでしょ…」 ずっと相棒に向けていた視線を床に下ろし、リナは溜め息と共に吐き出した。 気付いて欲しかった苦しい想い。 もし、この場面で欲していたモノが与えられたなら、許そうと思っていた。 しかし現実は、踏みきれない相棒が逃げただけ。 前髪で表情を隠し、リナは眉をしかめた。 |
≪続く≫ |