ガウリイの&への挑戦

【キスをする】-リナの挑戦2- 

※このお題は、わざと視点を逆に書いています。
気付けば、一歩後退っていた。
彼女が何故か一歩前に出たので、なんとなく彼はそうしたのだ。
身長差の為、二人の距離が広がる。
少しだけ離れる事に成功するも、まだ手の届く範囲である事には変わりはないので、ガウリイには何の気休めにもならない。
「…分かったわよ。部屋に戻れば良いんでしょ…」
溜め息と共に吐き出された相棒の言葉に、何故かガウリイは罪悪感を感じた。
その彼女の声が、いつもより抑揚の無い声だったからなのか、冗談に上手く対処出来なかったからなのか、それは本人にも分からない。
前髪で表情を隠している相棒に、何か言わなければ、と彼女の方へ顔を向けると、何かを堪えているのか、髪の毛の隙間から、眉が顰められているのが見えた。
「あ!じゃあ、えっと…おやすみ。」
彼の視線に気付いたのか、勢いよく顔を上げ、取り繕った笑顔で彼女は言った。
可笑しい。ここに来て、ガウリイはそう思う。
「なあ、具合悪いんじゃないか?」
「そ、そんな事無いわよ?!大丈夫だから!」
素直な疑問は、アハハvという白々しい笑いで返され、ますます疑惑は濃くなる。
思い返せば、ずっと何かが可笑しかったのだ。どこが?とははっきりしないが、今朝から、いや、昨晩からかもしれない。思えば、彼女に対して対処に困る事が、余りにも続きすぎている。
それは、寝床を共にし、強く意識しすぎたからかもしれないが、それでも、日常に織り込まれた不自然な何かがある気がしてならない。
それに、あからさまな違いもある。
手を繋いで来たり、逆に握ってみても嫌がらず、夕飯の席では、食べ方が違い、お酒の進みも悪かった。
そんなに呑んでもいないのに悪酔いし、抱きついて来たり、「おやすみのキスをして」とごねたり、いつもなら考えられない事ばかりだ。
「大丈夫て、お前さんの“大丈夫“程宛にならないもん無いだろうが。」
「本当、大丈夫だから!じゃ!」
漸く、いつもの保護者顔を取り戻したガウリイに、慌てた様に手を上げ、彼女は踵を返した。
その腕を掴み、ガウリイはジト目で相棒を見やる。
「は、離してよ。」
「じゃあ、オレを安心させてくれ。本当に大丈夫なのか?」
彼女の小さな声での抗議は、ざわざわとした不安を更に煽る。
月明かりで見る、小さな背中が、一瞬小さく震えたが、
「大丈夫よ。熱だって無いじゃない。」
声はいつもの相棒のそれ。
掴まえた腕から伝わる体温と声は、確かに異変は無い。
だが、発熱しない病気なんかいくらでもあるし、何より、あからさまに動揺している彼女。
「なあ、こっち向いてくれないか?」
「何でよ?あたし、部屋に戻りたいんだけど。」
「一回だけ、顔見せてくれれば良いんだ。な?」
「さっきは自分から背けた癖に…」
不服そうに言い、彼女がゆっくりと振り向き、彼を仰ぎ見る。
ガウリイは、その顔をじぃと見、そういえば、今日はまともに彼女を見ていなかったと気付いた。
月明かりで、青白くみえるその顔は、機嫌が悪いのだろう、口は僅かに尖っていて、片眉が上がっている。
体調が悪いから、今朝から妙だったのだろう。
恐らく、それで家族が恋しくなり、無意識に自分を父親にでも摩り替えていたのであろう。そう結論に至り、ガウリイは分かり難い奴だと笑う。
「満足したなら離して。」
掴んだ片腕を振り払おうと必死だった彼女は、ガウリイが笑った事で、更に機嫌が悪くなったのかそっけない声で言った。
それを無視し、ガウリイは腰を折り、彼女と視線の高さを合わせる。
「具合が悪いなら悪いって言ってくれ。」
「あんたもしつこいわね。」
「お前さんも往生際が悪いんじゃないか?」
どうあっても、体調不良を認めたく無いらしい、あまりにも彼女らしい姿にガウリイは苦笑しようとして失敗する。
確信している側として、傍に居る者として、言って貰えないというのは寂しいものがあったからだ。
が、相棒は、そんな彼の心配さえ迷惑なのか、ますます不機嫌な顔になる。
その彼女の左手が動き、ガウリイの長い髪を掴んだ。
身長の差が大きい為、彼女が文句を言う為の行為で。
その後、耳の傍で怒鳴ったり、首を腕で絞めたり、頭を叩いたり、とするのだ。
髪を引っ張られた痛みで、「いてて」と言いつつ、ガウリイは痛みを和らげ様と、頭を相棒へと近付ける。
自然、顔が近くなるが、その後の展開を考えると、顔は次に来る衝撃を予想して表情が引き攣ったものに。
そして、相棒の小さな顔が、近付いてくる。
何故か真っ直ぐと。
向かい合っていたのだから、耳に叫ぶなら、耳を引っ張られ、少しだけ痛い思いをする筈で。
唇の端にあてられた柔らかな感触は、予想した衝撃では無く、想像していた通りの柔らかさ。
呆然と見開いた目には、相棒の前髪と頭だけが写っている。
それがゆっくりと離れ、彼女の瞳と視線が絡んだ。
「へ…?」
何が起こったのか、理解出来ずに、目をパチクリとさせ、ガウリイは、前髪の上から顔の右半分を右手で覆った。
「無防備過ぎるんじゃない?自称保護者さん。」
彼女が夜中、平気で自分の部屋へ来た時や、盗賊イヂメに行った後、良く自分が口にする忠告。
それを鮮やかな笑みで彼女は口にし、小さな紅に掴んだままの金髪を寄せた。
その瞬間、ガウリイは何が起こったのか、やっと理解し、そこに熱が集まる。
唇のすぐ横、際どい所に。
≪続く≫