へたれガウの5の自覚

【女の子だって、わかってた。はずだ。】 

「リ・・・ナ?」
長身の長い金髪、整った顔立ちの青年が、預けていた木の幹から背中を離す。その目に入ったのは、充分な大きさのたきぎと、それを挟んだ向こう側には、短い黒髪のあどけない寝顔の少女。その近くに居る筈の、連れの姿はどこにもなかった。
「何・・・考えてるんだよ」
ガシガシと頭を掻き、青年はゆったりと立ち上がり、辺りを見渡し、勘を頼りに歩き出す。つい数日前、中級魔族に命を狙われ、辛うじて勝利を得たばかりだ。また何時襲われるともしれない連れを心配し、青年は茂みを掻き分け、気配を探る。
−パシャン!
近くの水場から、水の跳ねる音が、その耳に届き、彼は溜め息を漏らす。
そして、探していた人物の、小さな声が、耳に届く。
「っちゃ〜、失敗か・・・・・何が間違ってたかな・・・」
残念そうな、少女特有の高い声に、少しだけ青年は苛立ちを覚えた。心配して探している。というのに、緊張感の無いその声に。
「ん〜と・・・?!」
「な〜に、やってんだ。リナ」
気配に気付き、振り返った長い栗色の髪の少女を見据え、青年は責める口調で言った。
それに、彼女はバツが悪そうな表情になる。
「あ〜、ごめん。起こしちゃった?薪充分に足した筈だったんだけど・・」
怒っている所とは違う事を謝られ、青年は説教でもしようか、と思うが、口から出たのは、彼女を気遣う言葉に。
「いや・・・なんとなく、起きただけだ。そしたら、リナが居ないだろ?だから、ちょっと気になって探してたんだ」
「あそ、大丈夫よこの通り。ついでだし、火の番宜しく」
「宜しく、て・・・・」
「アメリアを一人に出来ないでしょうが。あの娘が大怪我したら、誰が治療するの?復活使えるんだから、重宝しなきゃ」
「リナは、どうするんだ?」
心配を隠そうともしない彼に、リナが目をパチクリとさせてから、地面をトントンと指で叩く。そこには、彼には判別出来ない記号がいくつも書かれてあった。
「これ、もう少し詰めたいから」
「でもよ、・・・」
「あのね、心配するのは勝手よ。でも、人を縛るのは止めて。野営地までそんなに離れてないし。いざとなったら、すぐ来られるし、戻れる。そうでしょう?」
「それ、何だ?」
「術の組み立てしてるのよ。この間、手こずったから、これから、あいつを使う位の存在が動いてくる・・・だとしたら、今のままじゃ、勝てないわ。それまでに、対抗出来る力を付けたいの」
彼女の瞳は、戦いに挑んでいる時の様に、キラキラと輝いていて、青年は息を飲む。戦女神の様な彼女に、魅入っていると、彼女が、照れくさそうに頬を掻く。鮮烈な程、瞳に力がある癖に、彼女は非常に照れ屋なのだ。
「まあ、心配してくれた気持ちだけ、貰っておくわ」
「あんまり、根を詰めるなよ?」
「はいはい。心配性のガウリイが、不安がらない内に戻るわ」
大丈夫か?と心配されるのが苦手な、彼女らしい言い方。
それが分かっているからこそ、青年は溜め息をこっそり吐き、野営地に戻った。
「何が、伝説の剣だ」
手に持っていた剣を忌々しく睨み、ガウリイはどかっ!と元の位置に、苛立ちを隠す事無く座った。
「ちっとも、役に立たなかったじゃないか」
この数日で、大きな怪我をいくつもした連れのリナの姿を思い出し、毒付いた彼の、剣を握る手に力が籠もる。
彼の剣は、魔族をも葬る事が出来る名剣で、各地に英雄伝説も残している程だ。
が、その剣は、最近の戦いで、お世辞にも役に立ったとは言えない。
自分と、その剣の、あまりにも不甲斐なさに、ガウリイはどうしようもない焦りを感じながら、彼女が戻ってくるのをじっと待つ。
暫くすると、ガサッと茂みを掻き分け、リナが戻ってきた。
その無事な姿に、ホッとし、ガウリイは口を開く。
「疲れただろ?後は任せて休んどけ。体だけは丈夫だからな」
「ん〜ん。ちょっと頭冷えるまで待つ」
首を振った彼女は、真剣な表情で、まだ何かを考えている。頭を冷やすと言ったのに、考える事を止めない彼女に、彼は苦い気持ちになるが、苦笑混じりの声を発する。
「随分、必死じゃないか」
「負けられないもの。負けたくないの。ここに居る三人でさ、美味しい物を、沢山食べたいじゃない?宮中に居たアメリアに、世界の一部を出来るだけ多く見せたいのよ」
「アメリアの事、随分可愛がってるな」
「まあね、一生懸命で、可愛いじゃない。ちょっと相手するのは疲れるけどね」
言いながら、リナは隣りで眠る、黒髪の少女=アメリアが羽織っているマントを肩まで引き上げる。
「ずっと狭い世界に居て、窮屈だったのね、あんなにはしゃいで」
昼間の彼女の元気っぷりを思い出したのか、彼女はクスクスと笑う。
「心配の種がなくなって、すっきりしたんだろ」
「どうだろ、あんな終わり方じゃね……同じ年頃のあたしと居る事で、少しは気が紛れているかも知れないけど……忘れられないでしょうね」
労る様な目を、アメリアに向け、リナはその黒髪を、そっと撫でる。
「でもよ、リナとしゃべっている時のアメリア、本当に楽しそうだよな」
「お姫様扱い、しないからじゃない?気を使われるのって、結構疲れるのよ。今度、シルフィールにも会わせてあげたいわよね、二人とも巫女だから、気が合うと思うのよね」
そう言う彼女の、見た事が無い様な、慈しみの表情に、ガウリイは釘付けになりそうになり、慌てて視線を反らし、口を開く。
「なんか、母親みたいな顔してるぞ、お前さん」
「そりゃ、女だもの。いつか、誰かの母親になるのよ。母性位あるわ」
茶化した様に言ったのに、リナは音もなく微笑むだけ。
その雰囲気を察し、ガウリイは戸惑った、何か、この雰囲気は良くない気がするのだ。保護者として。
「まあ、当分先の話よね?保護者付きじゃ、いい男が寄って来ないわ。虫避けには、丁度良いけど」
「あ、安心しろよ、変な男じゃなかったら、邪魔はしないからよ」
「そ?なら、良いんだけど」
「さ、もう寝ろ、明日に響くぞ」
胸に広がる寂しさに、ガウリイは首を傾げたくなったが、明るい声で、リナに就寝を促した。
「そうね、明け方に交代するから、起こしてよ」
「ああ。おやすみ」
「ええ。おやすみ」
挨拶して、リナがマントにくるまり、目を閉じ、寝息が聞こえると、ガウリイは溜め息を漏らした。
そこで、
「リナったら、鈍いわよね」
ぱちっ!と、つぶらな瞳を開け、上半身を起こしたアメリアと目が合う。
「何で心配しているか、気付いて欲しくないですか、ガウリイさん?」
「どこから聞いてた?」
「リナの、母性はあるわ。て辺りから」
面白くなさそうなガウリイの声とは対照に、アメリアのそれは、楽しそうなもの。
「で、ガウリイさん。さっきの質問の答え、どうなんですか?」
目は笑っているのに、逃げる事を許さない様な彼女の視線に、ガウリイは、たじろぎ、口を開く。
「何で心配しているか。なんて、リナだって分かっているさ。オレは、あいつの保護者だからな」
「あら、そう。なら、この間、リナの意識がない時の、ガウリイさんの表情は何です?」
「へ?」
「あらら、もしかして、無意識?」
大きな瞳を、更に大きくして、彼女はパチクリと瞬きを繰り返す。
当然、話が分からないガウリイは、不信そうな表情を浮かべる。
「なんの話だよ」
「ガウリイさん。分かってます?リナは、女の子なのよ?だからこそ、母性がある」
「当然だろ」
「で、さっきのリナの話。何時か誰かの母親になる。これに付いて、何か思う事は?」
「まあ、そりゃ、何時かはなるかも知れないだろうけど、それが、どうかしたのか?」
「なら、その子供の父親は、誰でしょうね?」
「え゛・・・・」
「ふあ〜〜、では、お休みなさ〜い」
とんでもない疑問を投げかけて、黒髪の姫君は、あっという間に眠りの世界へ。
何だか、娘を取られた父親の様な、寂しい心境になり、ガウリイは、女の子の父親、てのは大変だろうな。と朧気に思う。
そして、顔も知らない、彼女の子供の父親に、嫌な感情を抱いたのは、きっと、保護者らしくなってきたからなのだ。と。
彼女が、女の子だというのは分かっていた。
ただ、強力な魔法を操り、男前な性格に、つい忘れていた。
彼女は、いつか誰かの母親になる、女の子なのだと、今更ながらに、ガウリイは自覚するのであった。