【いつでも隣に】

ガウリイ編−3−

「お帰りなさいませ。」
「何か、変わりは?」
宿の2階へと上がる階段で、宿の娘と出会いそう口を開く。
「いえ・・先程お手洗いへご案内して・・少しお話の相手をさせて頂きました。」
「話?」
「ええ、朝のお粥がおいしかったとお褒め頂いて、それからお料理に関するお話へ・・私より若いのに、お料理に詳しかったので、とても楽しかったですよ?」
「そっか、同性同士、リナの力になってくれるか?男のオレには頼めない事もあるだろうから。」
「はい。私でよければ。」
「助かる。じゃあ、これで・・」
「失礼致します。」
聞きたい事を終え、互いに軽く礼をしてすれ違い、リナの部屋へと向かう。
−コンコン
「リナ、帰ったぞ。」
ドアをノックして、声を掛け待つ。
『・・・どうぞ・・』
小さな溜め息と共に、リナの声が届き、部屋へと入って行った。
「よお、色々買って来たぞ。」
「あのさ、ここあんたの部屋じゃないのよ?帰ったとか言わないでくれる?」
声を掛けると、ベッドの上のリナは不機嫌な顔でそう言う。
オレの帰る場所は、リナの隣なんだ、て言えたら、どんなに良いか。
リナはオレに横顔を向けたまま、こちらを見ようともしない。
見えなくても、顔だけは、こちらに向けて欲しい。
「えっと・・悪い。」
「で・・何を買って来たの?」
「ん?肉饅頭にせんべいだろ・・それと、頼まれた果物に、いちごがおいしそうだから買って来た。」
「そ・・・」
「ここの娘さんと話したんだってな、楽しかったか?」
「そりゃ・・乙女同士、話は弾むわよ。」
余程、楽しかったのか、リナは少し嬉しそうな顔をした。
今日始めて見る、リナのそんな顔を見て、少し悔しくなった。
オレには出来なかった事を、ここの娘は、いとも簡単にやってのけたのだ。
「お前さん・・料理に詳しいのか?」
「・・まあね。」
リナに肉饅頭を渡し、ベッド脇の椅子に座った。
「何か・・意外だな。」
「・・何で?」
「いや・・野宿の時、魚焼いたり簡単なスープは作るけどよ、家事とかしなさそうだな・・と思っていたから。」
「・・家事はちゃんと出来るわよ。」
オレの言葉が、気に障ったのか、ぶすっとした顔で、リナは肉饅頭を頬張った。
「へえ・・お袋さんに教えて貰ったのか?」
「姉ちゃんよ。」
「そういや・・姉ちゃんが居る・・て言ってたな。優しい人か?」
「・・・とても・・ね。」
何故か小刻みに手を振るわせ、俯くリナ。
「えっと・・どれくらい帰っていないんだ?」
「・・あんた・・何がしたいの?」
「何・・て?」
「・・もういい・・あんたと話してると神経もたないわ。」
肉饅頭を全部口に放り込み、リナはそのまま黙る。
それに耐えきらずに口を開いた。
「・・悪い・・」
「・・・・」
「・・治ったら・・どこに行く?光の剣の代わりを探してくれるんだろ?」
「治らなかったら?」
「え・・・?」
「もし・・このままだったら?・・そしたら・・あたしは故郷に帰るわ。」
「光の剣の代わりは?」
「何も見えないのに・・どう旅するのよ・・限られた空間だけならまだしも・・森やならされていない道は歩けないわ。」
「オレが目になる。」
どこか疲れた様な顔をしたリナの言葉に、オレはすぐさまそう返した。
「魔族が来たら?戦っている最中にはぐれる事だって、あるじゃない。」
「・・何で・・治らないなんて思う?」
「その可能性もある・・て事よ。あんたと違って、色々頭を動かしてるものあたし。」
「オレだって・・どうしようもならない事がある・・てのは判ってる。だが・・リナは治るって信じてる。」
「・・随分勝手な信用だ事・・」
足をベッドから出し、リナは身体事こちらを向いた。
なあ、リナの中では、もう治らない事になっているのか?
まるで、もう、そう決まっているみたいに話さないでくれ。
「・・なあリナ・・オレの知っているリナはそんなに簡単に諦める様な奴じゃなかっただろ?・・治るかも知れない可能性があるなら、それに賭けるのがリナだろ?」
椅子から降り、リナの前にしゃがみ込み、視線を合わせた。
気配で気付いているのか、リナは呆然とオレの方へ見えない目を向けてくれた。
どんな事を、忘れようとも、初めてリナとちゃんと向き合った時のあの言葉は、一生忘れないだろう。
あの時の、感動を上手く伝える事は出来ないから、少しずつ感謝の気持ちを返したい。
リナの目に、いつもの輝きが戻ってきて、リナの空気が柔らかくなり、その口が開く。
「・・人の言葉を・・勝手に流用しないでよね・・」
「とにかく・・自分を信じろよ。お前さんは・・天才美少女魔導士のリナ・インバース・・だろ?」
「・・よく・・あたしのファミリーネーム覚えてるわね・・」
「散々、隣で聞いてきたからな。」
苦笑したリナの頭に手を伸ばし髪をぐしゃ!と掻き混ぜる。
「ちょっともう!人が苦労して整えたのに、何すんのよ!」
「悪い・・リナが元気になってつい・・」
「だ〜!もう止めなさいよね!」
「しょうがないだろ、嬉しいんだから。」
リナに手を払われて笑みが零れた。
いつもの様な反応は、何だか久しぶりの様な気がした。
そして、先程とは違う不機嫌な様子は、なんだか可愛くて、つい構いたくなる。
あれだな、なかなか懐かない子猫を構い過ぎて、手を引っ掻かれても、ついまた構いたくなる時の気持ちとどこか似ている。
「んもう!・・ブラシ・・取って。」
「オレが梳いていいか?」
「それだけは、い・や!」
「良いだろう?減るもんじゃないし、リナの髪、柔らかくて手触り良いんだよな。」
「い〜や!乙女の髪に気易く触らないでよね!」
「ちぇ〜・・ほれ。」
そっぽを向いたリナの手に、ドレッサーの上にあったブラシを渡す。
引き際は、良くしないとな。あまり本調子じゃないんだから、興奮させない様にしないと、最近、細くなった様な気がする身体じゃ、すぐ倒れそうな気がする。
「たく・・何なのよ・・さっきから・・」
「だってな、オレ1人だけだと、やる事がないんだ。だから、構って欲しくてな。」
ぶつぶつ言いながら、慎重に髪を梳くリナを見ながらそう言う。
例え、疎ましがられても、リナの側に居たかったんだ。沈黙が耐えられなくて、
話題を必死に探していたなんて、リナには気付いて欲しくないよな。
「・・馬鹿じゃない・・イチゴ・・洗ってきて、食べたいわ。」
「判った。すぐ戻る!」
ブラシを動かす手を止め言ったリナを見て、顔が綻ぶのを感じながら立ち上がった。
気付いていないんだろうな。不機嫌そうに言ってはいるが、頬が僅かに赤くなっている事に。
照れ隠しが下手なリナは、そんな僅かな表情で、オレが喜んでいるなんて知らないだろうな。
≪続く≫