【いつでも隣に】

ガウリイ編−5−

「んっふふ・・乙女の夢よねえ。」
ケーキの乗った皿を持ち上げて、リナは妖しく笑った。
「・・一口・・もらえない・・よな・・」
「あったり前でしょ。男が一度言った事を覆すなんて見苦しいわよ。」
諦めた声で言うと、リナはそう言って大口を開け、ケーキに齧り付いた。
「う〜・・おいし〜、この生クリーム絶品!」
「・・それは、良かったな。」
「すごいのよ。甘すぎず、イチゴに合わせた甘さなのよ。」
「ほお・・」
「そこらのケーキ屋より余程おいしいわ。」
「ふ〜ん。」
「それに、このスポンジ、すっごいふかふかv
 こういうのを作ろうとすると、大変なのよ。腕がかなり疲れるんだから。」
「リナも・・ケーキ作れるのか?」
実感のこもったリナの言葉に、オレはそう聞く。
「うん。父ちゃんの誕生日に作ったら、かなり喜んじゃってさ。食べるのが勿体ないて、泣きながら味わってた。」
「へえ・・」
「また・・作って上げたくなっちゃうわよね・・あんだけ喜ばれると。」
ケーキに齧り付く口を止め、懐かしそうな顔をするリナ。
が、それも一瞬の事で、
「ま!当分帰るつもりはないけどね。」
切り替え早く、リナは再びケーキに口を運ぶ。
−コンコン・・カチャ
「お紅茶、お持ちしました。」
盆を片手に、宿屋の娘が部屋へと入って来る。
「やっぱり、もう切れてましたね。」
「どうも・・」
空になったティーポットを新しい物と取り替える宿の娘に頭を下げた。
「・・ごめんね・・お行儀悪くって・・」
「ふふ・・いいのよ。嬉しそうな顔で食べて貰えるのが一番だもの。
その目じゃ、その方が食べ易いでしょうしね。」
気不味そうに言ったリナに宿の娘は楽しそうに笑いながら言う。
「お味はどう?気に入ってくれれば良いけど・・」
「生クリームが絶品ね。イチゴに合ってて甘さが丁度良いわ。 スポンジもふわふわで、腕疲れてない?」
「ええ、元々リナちゃんにたべさせたくってケーキを作るつもりだったのよ?
ガウリイさんが外から戻ってすぐに準備をしていたら・・イチゴを持って来たので、少しお裾分けして頂きました。」
「イチゴがなかったら・・何を乗せるつもりだったの?」
「チョコレートのクリームで簡単に済ませるつもりだったのよ。 間にナッツと生クリームを挟んで、上から塗るだけ。」
「へえ・・チョコクリームもいいわよねえ。」
久々に同性と話せるのが余程嬉しいのだろう、楽しそうに話すリナは、いつもの大人びた表情が抜けて年相応に見える。
「やっぱり、乙女にはチョコは必須アイテムよね?」
「ええ!あの甘い香りに口に広がる濃厚な味は、乙女の為にあるわよね!」
「私はね、そのクリームにオレンジリキュールを入れるのが気に入っているのよ。」
「そうそう!お酒をちょこっと入れると味が締まる、て〜の?
父ちゃんにブランデーを多めに入れたチョコ上げたら、うっれしそうにしてた。」
「男の人は、甘いのが苦手な人もいるものね。私の将来の旦那もそう・・てごめんなさいね。長居しちゃって、それじゃあ、仕事に戻るわ。」
「ケーキ、ありがと・・とっても美味しいわ。」
宿の娘が部屋を出ようとした時に、リナは照れ臭そうにそう言う。
「食べ終わったら、口元拭った方が良いわよ?」
「・・ん。」
ドアから首だけ出して言った宿の娘の言葉に、リナは小さく頷いた。
「さてと、完食するわよ〜。」
「紅茶・・入れるな。」
大口でケーキをぱくつくリナにそう言って、ポットの中の紅茶をカップに注ぐ。
「レモンティー?・・本当、よく気が利くな。」
「砂糖入れないでね。」
「ああ。」
短く返事をし、自分のカップを手にする。
鼻を掠める紅茶の香りは、爽やかなレモンが混じっていた。
口に含むと、少し渋みはあるが、後味はかなりすっきりした味わいがある。
「成る程、ホールごと食べているリナに合わせて・・て事か。」
苦笑してリナを見ると、顔に生クリームを付けて無心にケーキを食べている姿がある。
「随分、気に入られたみたいだな。」
「何かね、昨日の夕ご飯の後、あたしが嬉しそうにデザート食べているのを見て、それで気に入ってくれていたみたい。」
オレの言葉に、ほぼ空にした皿を膝に乗せ、リナはそう言う。
「リナ・・皿こっちにくれるか?残りを集めるから。」
「食べないでよ・・」
「こんな残骸みたいな物いるか。」
「そ?なら・・」
リナから皿を受け取り、スプーンでケーキを寄せる。
その間、リナは顔に付いた生クリームを手で取り、それを口に含み嬉しそうに笑っている。
「ほら・・出来たぞ。」
「あ、スプーン取って。」
「ほい。」
「どうも。」
スプーンと皿を手にし、リナは掻き込む様に口に入れた。
「・・あの量を、一口で行くか?どんな口してんだよ・・」
「こ〜んなかわいらしいちっちゃな口に、何言うかな〜?」
呆れた声でそう言うと、不服そうにそう言って、リナはタオルを手にして顔を拭う。
「それは、すいませんでしたお嬢様。こちらは、食後のお紅茶です。」
リナからタオルと、スプーンの乗った皿を取り上げ、カップを持たせる。
「ふふ・・こういうのも、たまには悪くはないわね。ガウリイがちゃんとした言葉を使ってるのは、気味が悪いけど・・」
「それは、悪かったな?」
「ええ、悪いわね。さっきから、あんたに【お嬢様】て言われる度に、さぶイボがたっちゃうもの。」
「それは・・まあ・・わがままなお姫さんのご機嫌を取りたいからなあ・・」
「あ〜ら、取り入ろうたって、そうは問屋が卸さないわよ?」
苦笑し言うと、リナは得意気に笑う。
「さっき、遊んで疲れただろ。それ飲んだら、少し休むか?」
「ん・・ガーネット呼んで。」
「何か・・用事か?」
「うん・・ちょっとね。終わったら少し休むから、ガウリイは部屋に戻っていいよ。」
「了解。起きたら壁叩いてくれ。」
リナの言葉に頷き、自分の部屋のある方の壁を拳で鳴らす。
「そしたら、またさっきの続きね。100%当てられる様にしたいから。」
「もう勘弁してくれ・・お伽噺でも何でもするからさ・・」
「それじゃあ、あたしがつまんないの。いいでしょ?」
「少しは大人しくしてくれ、な?」
「ん〜・・考えとく。」
「・・治ったら、いくらでも盗賊イヂメに付き合うから・・な?」
「う゛〜・・今の楽しみか、先の楽しみか・・どうしようかな〜?」
「・・まあ、あんまり無茶はしないでくれよ?」
頭を捻っているリナに苦笑し、その小さな頭を軽く撫でて、立ち上がり、部屋を出た。
≪続く≫