【いつでも隣に】

ガウリイ編−6−

「随分、長い事寝てたな?」
リナの部屋へと入り、そう言って、後ろ手にドアを閉める。
「・・退屈してた?」
「いや・・ここの主人に頼まれて、ちょっと力仕事して、ゆっくりしていた所だったんだ。」
窓の外を向いたままのリナの背中にそう言う。
その背中は、とても小さく見え、やっぱり守るべき相手なのだ。と再認識する。
確かに強いが、女の子なのだ、リナは。
「日差しが柔らかいわね・・今、夕方?」
「ああ。遅いが、おやつにするか?」
「・・・・」
「リナ?」
「おやつ・・何?」
「ん?プリンだが?」
ゆっくりことらを振り向いたリナにそう答える。
顔を見た限りでは、変わりは無いが、何だか元気が無い様に見える。
「早く頂戴。」
「ほい。」
「・・ちょっと小さいかな・・」
「もう暫くしたら、夕飯だろ?」
眉を顰めたリナに、苦笑してそう言うと、リナは二口でプリンを食べきる。
「おいおい・・」
「カラメルがほろ苦くって美味しい・・」
「・・オレの分も、食べるか?」
「ん?いいや。あんまり動いてないのに、これ以上は太っちゃうでしょ?」
「今さら・・プリン一個位でそんなに大差ないと思うが・・」
「いいから、ガウリイも食べてよ。美味しいわよ?」
「まあ・・リナが良い・・て言うなら。」
「珍しいわね。ガウリイがくれる・・て言うなんて。」
プリンを食べているその内に、リナはくすくすと笑う。
「リナに早く元気になって欲しいから・・な。」
「え?これ以上ないって位元気よ?」
「ああ。困る程な。」
「判っているじゃない?」
空になった器をナイトテーブルに置き、苦笑すると、リナは不思議そうな顔をしていた。
「でもな・・入った時、やけに浸ってただろ?それで・・な。」
「え?あ・・ああ。」
オレの言葉に、リナは顔を暗くして下に向ける。
「リ・・ナ?」
「ちょっとさ・・夕方前から考えてたのよ。」
「ああ?」
「レゾは・・何を見たかったのかなあ・・て。」
「!?・・レ・ゾ?」
「まさか・・忘れたとか言うの?」
掠れた声で言うと、リナは顔を上げ苦笑する。
「いや・・何でまた、レゾなんだ?」
「ん〜、まあ・・ね。見えなくなって・・なんか分かった様な気がして・・」
「何が・・?」
「多分さ・・本当にただ見たかったんだなあ・・て。」
「何・・を?」
「目の前にある物を・・」
そう言って、リナは顔を窓の外に向ける。
「あたしは・・見えてたから・・晴れの日の青空や・・夕暮れの紅色とか・・花の色の鮮やかさ・・会った人の顔が分かる。」
「ああ?」
「けど・・レゾは本当に、何にも見た事がなかったのよねえ・・両親に家族、そして・・子孫であるゼルの顔・・大切な人の顔を見る事が出来なかった。」
「そう・・だな。」
「それって・・どんな気持ちなのかなあ・・て、触れば形は分かっても・・’色’を想像するのは出来ないでしょ?色を見た事がない人に、色を教える事なんて無理だし・・」
「・・・・」
「なまじ・・長く生きちゃったから・・大切な人が増えて・・それで壊れたのかな・・て。」
「リナは・・壊れない・・だろ?」
今にも風景に溶け込みそうなリナに手を伸ばしかけ、慌てて手を引っ込めた。
「ん?まあね。保護者さんに、心配かけらんないでしょ。」
振り返ったリナは肩を竦め、苦笑してからきつい顔をして口を開く。
「確かに、分かるには、分かるのよ。でもね、だからって、ゼルにした事は、正直理解出来ないわ。なんで、可愛い筈の孫に、キメラの身体にする・・ていう事が出来たのか。」
「苦労・・してるもんな。」
「あんな見た目じゃ・・ロクな仕事が出来ない。それが判ってるだろうに、自分の手足にする為だけにやるなんて・・いくら壊れてたって、おかしいわ。」
「だな。」
「あんな形で、空の色や・・ゼルの容姿・・あたし達を見て・・本当は何を思ったのか・・あたしには想像もつかない。」
「ああ。」
「・・それでも・・良心の欠片があったからこそ、倒せたのも事実な訳で・・最後の言葉は・・本心だと思えた。だから・・あの人の本当の所が、分かんないなあ・・て思って。」
「人の気持ちなんて、誰も分かんねえもんだろ?」
「そうね〜、特に、今あたしのまん前に居る人間は、な〜に考えているのか、このあたしの自称保護者なんか名乗って、傍迷惑極まりないわ。」
オレの言葉に、リナは意地悪っぽく笑いながらそう言う。
「いいじゃねえか。タダで一流の剣士を使えるんだぜ?」
「まあね・・アイテムとしては、別にいいのよ。ただ、保護者顔されるのはうんざり、て事よ。」
「そうは言うけどな、リナはすぐ無茶するだろ?突っ走る前に、手を引っ張って止める奴はいるだろ?」
アイテムと言われ、一瞬胸が痛んだが、それに気付かないフリをしてそう言う。
「ガウリイに、このあたしが止められると思ってんの?」
「ん〜・・まあ、リナに無茶させない程度に手伝う事しか出来んな。」
「そういう事。」
苦々しく言ったオレに、リナは満足そうに笑う。
「・・なあ。」
「何?」
「ちなみに、治ったら、最初に何が見たい?」
「・・へ?・・あ、そりゃ、ガーネットの顔よ。どんな顔してるか、気になるもの。」
少しの期待を込めた問いに、リナは少し呆けてから、少し赤く頬を染めて早口で捲し立てた。
リナの答えに、ガックリし、リナにこんな顔をさせる相手に、少しばかり嫉妬をした。
「・・じゃあ・・オレは?」
「・・あんたの顔なんて、既に見飽きてるわよ。」
戯けて言ってみたら、仏頂面でリナはそう言う。
なんだか、寂しくなって、少し本音を言ってみたくなった。
「オレは・・リナの顔見てても飽きないけどなあ・・」
「んな゛!?」
呆けた声でそう言ってやると、耳まで赤くして弾ける様にこちらを向くリナ。
なんだか、恥ずかしくなり、オレはイヂワルっぽく言う。
「だってよ、くるくる表情を変えるだろ?よく疲れないよな?」
「そ・・そりゃ、あたしは、素直だもん。当然でしょ!?」
「素直?どこにそんな奴いるんだ?」
そっぽを向いたリナに苦笑し、そう言ってやる。
「どういう意味よ・・」
「それは・・まあ・・たまには素直に’ごめん’とか、’心配した’とか聞きたいなあ、なんてな。そろそろ夕飯頼みに行って来る。」
ぶすっとした表情のリナの頭をくしゃ!と撫でて、立ち上がり部屋から出た。
≪続く≫