【いつでも隣に】

ガウリイ編−7−

「・・・ん?」
ふいに、夜中に目が覚めて、上半身を起こしベッドから裸足のまま下りる。
「・・・!?」
部屋の外からうっすら聞こえてきた声に、慌てて部屋を飛び出すと、
「いいじゃねえか、な?ねえちゃん。」
「ちょ・・」
粘着質のある男の声と、リナの焦った声が、届いてきた。
「リ・・」
「いいから、離して!・・あ・」
階段の途中で言い合いをしていたリナに、走り寄ろうとしたその瞬間、リナは男を突き飛ばし、離れようとして、
「リナ!」
慌ててダッシュを掛け手を伸ばすが、その手が宙を掻き、リナはゆっくりと階段を落ちて行った。
−ダン!
という音が胸の奥まで響き、オレはゆっくりとそちらを見る。
「・・・お・・・俺は・・・知らねえ・・・から・・・な。あのガキが勝手に・・・」
無言の圧力に耐えられなかったのか、目の前の男は、慌てて階段を駆け上がろうとするが、
「逃がす訳・・ねえだろうが。」
男の右手を捻り上げ、そのまま勢いをつけて引き寄せ、思いっ切り膝を鳩尾に叩き込み、
「うぐ!」
「んなに、相手が欲しいなら・・オレが相手してやる!」
身を反転させ、空いている手で、男の胸元に拳をめり込ませ、男を沈めた。
「・・リナ・・大丈夫か?」
一階へと駆け下り、小さな頬を叩くと、
「う゛〜・・ナメ・・いや・・」
「ナメ?・・ああ、リナが苦手な・・」
身動ぎしたリナに、少し安堵した。
「大きな音がしましたが・・」
「ああ、リナが階段から落ちちまってな。」
寝間着に片手に棍棒、もう片方にフライパンを持ってやってきた宿の主人に苦笑してそう言う。
「えっ!そりゃ・・大変だ。意識は?」
「いや・・ただ・・さっき寝言みたいな事を・・」
「医者は、要りそうですか?」
「ん〜・・ちょっと、待ってくれ。リナ・・ボタンが取れて平らな胸が見えて・・」
宿の主人からリナに視線を移し言うと、その言葉が途中で止まる。
小さな手がゆっくりとオレの右頬に当てられ、
『電撃!』
「ぐはっ!?」
雷に打たれた様な痺れが体中を走り、床に倒れた。
「平らって何よ!大体、ボタンなんてないじゃない!」
ガバッ!と起き上がり、リナは手当たり次第にパンチを繰り出す。
「ち・・ちょ・・タンマ!」
無理矢理、体を動かし、身を起こして、その手を掴む。
オレの手にすっぽり包まれる手は、小さくて、柔らかくて、温かくて、リナそのものの様に思える。
「どこか・・痛い所は無いか?目眩や頭痛は?」
「んなもんないわよ!いいから離せ!まだ殴り足らないんだから!」
「ちょっと落ち着け、階段から落ちた事・・覚えてないのか?」
「・・あ〜・・それは置いといて、とりあえずもう2・30発殴らせて?」
「・・後で、いくらでも殴られてやる・・だから、落ち着け、な?」
可愛らしく小首を傾げたリナに、負けそうになったが、優しくそう言う。
「・・・分かったわよ。」
「で・・どうだ?痛い所は・・無いか?」
「ん〜・・落ちる時・・頭は庇ったし・・ちゃんと受け身はとったけど・・ちょっと、背中がヒリヒリする様な・・」
「足は・・動くか?」
「・・・まあね。」
「そっか、オヤジさん、医者はいい。明日来た時に治して貰う。」
そう言って、宿の主人に笑顔を送る。
「その様ですね。ああ、あんな所に酔っぱらいが・・」
「自業自得だろ、放っておいて大丈夫じゃねえか?中年のおっさんだし。」
「そうですね。女性なら問題がありますが、あんなでっぷり太っている方を抱えられる方もいないでしょうし。 起こして水を差し上げるとします。」
そう言って、宿の主人は踵を返す。
「いい加減・・手離してよ・・」
「いや、このまま抱えて部屋まで送る。殴られるのは、それからな。」
「ち・・ちょ・・勘弁・・」
「この方が早い。」
横抱きに抱え上げると、暴れ出したリナをそのまま部屋まで連れて行った。
−ギシ
「で・・何であんな所に居たんだ?」
気の済むまで殴ったリナがベッドに座ってから、そう問い掛ける。
「全然堪えてないんだから・・ムカつく・・」
「何で・・1人で部屋から出た?」
「・・・乙女の事情・・て奴よ。」
「・・便じ・・すまん。」
言い掛け、リナの殺気に気付き、謝ってから口を開く。
「でもな、それでもオレに声くらい掛けてくれよ。」
「い・や・よ!本当デリカシーてもんが無いんだから!」
「それで・・あんな変な奴に絡まれたんだろ?・・・大体、なんで魔法を使わなかったんだ?」
「だって・・あのねば〜とした言い方・・気味悪かったのよ・・こうナメ・・が全身這い回っている様な気がして・・呪文が唱えられなかったのよ・・」
顔を青ざめ、嫌そうな表情でリナはそう言う。
あの寝言の理由が、これだった、という訳だ。
それを、想像してしまったのだろう、リナは小さく身震いさせた。
「と・・部屋、連れてきちまったが、その・・用事は、済んだのか?」
「まあ・・ね。」
「そっか・・用事があったら・・壁叩いてくれ・・途中まででも連れて行ってくれないか?」
「判った。」
「じゃあ・・な。」
素直に小さく頷いたリナを見て、変な衝動に駆られ、部屋を出ようと踵を返すが、リナから声が掛かった。
「もうちょっと・・居れば?」
「いや、もう用が済んでるし・・な。」
「目が冴えちゃって、寝られそうにないのよ。あたし。」
「・・・オレは眠い。」
つまらなそうに言ったリナに、少しの間を置きそっけなく応える。
真夜中の部屋で、パジャマのリナと2人きりなんて、あまりにもおいしすぎる状況は、かなり魅力的だが、それは、不味すぎる。
「んなもん、知らないわよ。昼に、寝過ぎて眠れないから、相手してよ。」
「あのなあ・・オレは眠い・・て言ってんだろ?」
「・・いいじゃん・・ガウリイ野宿の度に、あたしより長い時間見張りしてるんだから。」
あきらめて振り返ると、つまらなそうにリナはそう言う。
「ここは、宿屋だろ?」
「・・・少しぐらい・・いいじゃない。」
「・・分かった。なら・・オレと会う前の話、聞かせてくれよ。そうだな・・フィルさんとは、いつ頃出会ったんだ?」
いじけた様に言ったリナを見て、溜め息を漏らし、椅子をベッド脇に置き、座る。
〈あんな顔されたら、1人置いて行ける訳ないだろ?寂しそうな顔している自覚、ないんだろうな。あんな事が遭った後だから、やっぱり怖いんだよな。〉
滅多に無い大事な奴の素直な甘えを、突き放すのは、男として出来ん。
「ガウリイが、何か話してよ。」
「・・悪い・・眠いから気の利いた話は出来ん。」
「ん〜、じゃあ・・初恋の話!いつ頃?相手はどんな人?」
「・・・気になる・・か?」
「・・その年でないの?じゃあ・・もし目が見えなくなったら、どうする?」
平静を装って問い返してみたら、リナは怪訝そうな顔をして、溜め息をつきそう言う。
オレが気になる、て訳じゃなく、本当に何かを話して欲しかったらしいと気付き、がっかりした。
内心で溜め息をつき、口を開く。
「どう・・て、リナがどうにかしてくれるんだろう?」
「え?・・あ〜・・つまり、治療しようがない時、例えば、両目が潰れたとか、取れたとか。」
「えぐいぞ・・それ・・」
「例えば・・でしょ。まあ、あんたの場合、勘で動いているから困らないかもしんないけどさ・・で、どうする?」
「困る。」
「うん、で、どうすんのよ?」
「それ以外何かあるのか?」
「いや・・まあ・・どっかに隠居するとか・・良い人見付けるとか・・あるんじゃない?いくら勘が利くったって、目からの情報ないとさ・・それこそガウリイ位のすご腕剣士が現れたら・・不利じゃない。」
顎に手を当て、思い付いたままを言う様に、リナはそう言う。
「隠居て何だ?」
「現役止めて、どっかの町に落ち着く事。」
「つまり・・リナと一つの所に落ち着く・・て事か?」
「は?あんた1人だけに決まってるじゃない。あたし、一つの所に収まるつもり、まだ無いもの。」
「だったら・・」
「だったら?」
言葉に詰まった所で、リナが小首を傾げる。
目が見えなくなったら、リナを守りきれない、どころか足手まといになるのは目に見えている。
桁違いのトラブルと縁が深い彼女だから、ハンデがあるのは危険だ。
それは、判っているが、リナから離れるのも、嫌だ。
なら、どうするべきか・・答えは一生掛かっても出ないだろうな。
「・・えっと・・ガウリイ?だったら・・何?」
「リナは・・どうして欲しい?・・いや、何が聞きたい?」
「ん〜・・別に・・ただどうすんのかなあ・・て、それだけ。」
リナの求める答えが気になり、問い返すが、リナは何の気もないのか表情に乱れが無い。
「ひたすら・・悩むだろうな・・」
「・・・結局・・答え出ない・・て事?」
「そうだな・・どっちかを選んでも・・後悔する気がする・・」
「どっちか・・て事は、選択肢はあるんだ。どんなの?」
「リナを1人で放り出したら、世界の終わりだが、オレの命は惜しいから、離れるべきか・・とか。」
「どういう意味よ・・て言ったら、そのままの意味だって言われそうだから、聞かないでおくわ。」
からかう様に言ったオレに、リナはこめかみをピクピクさせた。
「これで、満足か?じゃあ、部屋に戻るな。」
「あ〜、うん。」
「おやすみ、リナ。」
「ん〜・・おやすみ。」
リナがそう言い、布団に潜ると、椅子から立ち上がり、部屋を後にした。
自分の部屋に戻っても、リナのあの寂しそうな顔が頭から離れず、頼ってくれた事が嬉しかった。
それと同時に、罪悪感を感じる、リナを1人部屋に残すしかない自分自身の疚しい思いに。
≪続く≫