【いつでも隣に】

ガウリイ編−8−

「よお、リナ、背中・・まだ痛むか?」
朝食を持ち、ベッド脇に歩み寄ると、まだ寝惚けているのか、ベッドに腰掛けたリナはしきりに瞬きをして目を擦っていた。
ナイトテーブルに朝食を置き、声を掛ける。
「朝食持って来た、食べるだろ?」
「ん〜・・」
「あの後、直ぐに寝なかったのか?」
「ん〜・・」
生返事をするリナに、胸が痛んだ。やっぱり、もう少し一緒に居てやれば良かったと後悔をした。
が、口から出るのは、素直じゃない言葉だけだ。
「たく・・夜更かしは、肌に良くない・・て言ってなかったか?」
「・・・・」
ふいに、目を擦っていた手を止め、リナの手がオレの方に伸びる。
「リナ?」
「光・・・」
「光?」
「すごい・・綺麗・・」
そう言って、リナはオレの長い髪を引っ張る。状況が判らず、呆然と声を掛ける。
「・・・見える・・のか?」
「ん・・なんとか、光が分かる・・程度だけど・・」
「!?」
「ガウリイの髪・・すっごい眩しい。」
今までに、見た事のない憂いを含んだ、嬉しそうなリナの微笑みに、体が強張った。
僅かに目尻に浮かんだ涙や、眩しそうに目を細める仕草が、なんとも言えず綺麗で、リナの初めて見るその表情は、オレの思考を混乱させた。
「金髪で・・嬉しいと思ったの・・初めてだ・・」
「・・嬉しい?なんで?」
「へ?・・オレ・・何か言ったか?」
「言った!金髪で嬉しいと思ったの初めてだ・・て!」
呆けた声で言ったオレに、リナはムキになったのか、頬を僅かに赤くさせそう言う。
「うえ〜?そんな事、思った事ないぞ。悪目立ちするから、あんまり好きじゃないんだよなあ・・」
「確かに言った!大体、男のクセに生意気なのよ。このサラサラヘアー!」
とぼけた声で言ったオレの髪をグイグイと引っ張って、リナは不機嫌そうな顔をする。
「いや・・生まれつきだし・・」
「こっちは苦労してヘアケアーしてるって〜のに、何もやってないガウリイの髪の方が綺麗だなんて狡い!」
「狡い・・て言われてもなあ・・」
「炎でチリチリか、雷でチリチリか、どっちが、良い?」
「どっちもごめんだ。とりあえず、良くなってる・・て事は、治る・・て事だよな。」
苦笑してリナの柔らかい髪を撫でる。
「・・だと・・思う。」
「そっか・・なら、たっぷり栄養付けないとな!」
「浮かれすぎよ・・これくらいで・・」
「早く良くなって、旅に出ような。次はどこの町に行くんだ?美味い飯はあるのか?」
「だから、浮かれ過ぎ。」
「だってよ、昨日全然だったんだろ?で、今日これだ。きっとすぐ見える様になるさ。」
「ほ〜んと・・ガウリイは気楽よねえ・・羨ましいぐらいだわ。」
「いや〜、照れるじゃないか。」
小さく溜め息をついたリナの言葉に、少し照れてそう言うと、何故かリナはげんなりして口を開く。
「・・て、通じてないし・・」
「ん?何がだ?」
「あたしは、嫌味で言ったの、分かる?その脳天気頭どうにかしてよ。」
「ん〜・・どうにか、て言われてもなあ・・」
「あれかしら、毎晩メモリーオーブ使って、魔導理論聞かせて少し頭の中を刺激した方がいいのかしら?」
「よく分からんが・・魘されそうで嫌だぞ・・それ・・」
「それとも、余計な期待しないで、ただのアイテムとして見た方が、精神衛生上は良いかしら、その方が建設的よねえ。」
「アイテム・・て・・」
リナの言葉に、口の端が引き攣るのが分かった。
「そうアイテム、余計な事を言わない、聞かないで、あたしの思うがままに動いてくれるの。どう?良いアイデアだと思わない?」
「・・いくらなんでも、ひどいぞ、それ・・」
「本気だ・・て言ったら、どうする?」
「泣く。」
「・・あんたが?」
即答すると、リナが目をパチクリさせ首を傾げた。
「ああ。」
「ぷ・・・くすくす・・残念・・あんたの泣き顔・・見てみたいわ〜。」
小さく吹き出し、目に涙を浮かべ、リナはコロコロ笑う。
「〜〜、いつまで笑ってんだよ・・」
「だって・・大の男・・が・・ぷ!・もう、だめ・・冗談・・よ〜。」
小さく笑い続けるリナに文句を言うと、リナは、そう言って、腹を抱え大笑いをし出す。
「アイテムじゃなかったら・・何なんだ?」
「そ・りゃ・・自称・・保護・・・者・・でしょ・・?」
「ああ、そうだよ。〜〜、いい加減笑うの止めてくれ!」
「あははは・・・ムリ・・・ツボ・・入・・ちゃっ・・・ぷ〜にゃははは。」
投げやりに言ってやると、ベッドの上で笑いながらリナは転げ回る。
「飯、冷めちまうぞ・・オレが、1人で喰うぞ?」
「う゛〜・・・あはは・・ムリ・・当分・・ムリ・・も・・食べ・・ちゃっ・・・て。」
「本当に喰うからな?!」
「・・・はは・・ぷ〜・・も〜・・お腹・・いた・・」
仕方無しにリナが笑い続けているその横で、朝食をバクバクと食べ始め、こっそりと微笑みリナを盗み見る。
リナに、一番最初に認識された、自分の長い金髪は、オレに一番の喜びをくれた。
いい加減、目立つだけだから、切ろうかと思っていたが、勿体なくなって出来なくなった。
その数分後、やっと笑いが治まったリナが、すごい勢いで食べ始めたのは言うまでもない。
リナの食事も終え、一刻程が経ち、医者が訪ねて来た。
「・・はい・・治療終わりました。痛みは残っていないですか?」
「ええ。」
医者の言葉に、リナが小さく頷く。
「お薬は、昨日と同じ物で大丈夫そうですね。明日も同じ時間にお邪魔します。今日みたいに、怪我を作っていない様にお願いしますよ?」
「う゛わ・・さらっと嫌味を・・」
笑顔で言った医者の言葉に、リナは口を引き攣らせる。
「あっはっは、目を診に来たのに、怪我を治す事になるとは思いませんでしたから。」
「あはははは、結構いい性格してんじゃんおっちゃん。」
「いえいえ・・目が見えないのに階段を1人で上り下りするなんて、ムボーな事をする人に比べたら、ワシなんてかわいいもんですな。」
「おほほほ、夜中に起こしちゃ悪いな、ていう遠慮が分かんないのかな、このおっちゃん。」
「おやおや・・昨日の大人しさはどこへ飛んでいかれたのでしょうな?ネコ何匹飼ってらっしゃるんで?」
「んっんっん、弱っている患者を痛め付けて喜ぶなんて、大した医者よね。」
医者とリナは、はたから聞いていると仲が悪そうだが、
その顔はこの遣り取りを、トコトン楽しんでいた。
口を挟む余地が無い、て〜のはこういう事なんだろうな。とボンヤリ考えつつも、
リナと対等に話が出来る医者が羨ましく思えた。
「はて?どこに弱っている患者が?ちょっと探しに行ってみますかね。」
「あ〜ら、お医者様、目が悪くなるにはまだ早いと思うけど?」
「おかしいですね、目には自信があったんですが・・ふ・・参りました。それでは、これで。」
「んじゃ・・また明日ね。おっちゃん。」
医者は、差し出されたリナの手を取り握手して、踵を返し部屋を出て行った。
「・・なんか・・見たイメージと違うな・・あの医者。」
「へ?どんな感じ?」
ぼそっと漏らした独り言に、リナが首を傾げる。
「ん〜、フィルさんを細くして・・頑固そうな目付きにした感じ・・かな。」
「う゛・・フィル・・さん?じゃあ、むっさい感じ?」
「いや・・顔の形はすっきりしてるから・・あれだよ。どっかの城に仕えてる兵の隊長て感じ。」
リナの問いに、必死に考えながら、医者の見た目を伝え様とそう言う。
「つまり・・融通が利かない、頑固オヤジタイプ?」
「そう!そんな感じだ。」
伝わった嬉しさに、顔が綻んだ。
口ベタだから、伝えるのが苦手なんだが、リナはそんなオレの話をちゃんと聞こうとする。
大抵の奴は、途中で諦めて、話をさせてくれないが、リナのこういう所は凄い。
ちゃんと、言葉を引き出そうとしてくれる。
「へえ・・・どんな顔して言い合いしてたんだろ。」
「楽しそうだったぞ。あの医者も、リナも。」
「ん・・楽しかった・・にしても・・幸運よね・・こんな小さな町に身体を視る事が出来る人が居るなんて・・」
「身体を・・見る?」
「多分・・あんたが思ってるのとは違うから。」
怪訝そうに言ったオレに、リナはそう言って小さく溜め息をつく。
「えっと・・服脱がして・・て訳じゃないんだな?」
「やっぱ、そっちかい・・ん〜、あたしもそんなに詳しい訳じゃないから・・まあ、分かる程度だけしか説明出来ないわよ?」
「ああ。」
「魔法でね・・身体の中を視るのよ。」
「身体の・・中?!」
「そう、例えば、体調が悪い人が居るとして、その人のどこが悪いのか魔法で視る事が出来る訳。」
「身体の中を?」
「うん。身体の中の異常を、それで探すのよ。内臓に病気があったりすると、それで分かるんだけど、その魔法を使える人て、少ないのよ。だから、大体の人が手で押して悪い所を探すんだけど、経験を積まないとちゃんと区別が付かないのよね。」
「じゃあ・・何でそれを使わないんだ?」
「使わないんじゃなくて、使えないのよ。難しいのか、体質の問題かは知らないけど・・」
「ふ〜ん。」
「で・・今回のは、さすがにね・・頭の中なんて切らないと、分からないでしょ?」
「あ?!」
「ね?運が良かったでしょ?」
そう言って、リナは苦笑した。
≪続く≫