【いつでも隣に】

ガウリイ編−9−

昼食後、宿の女将に、今日は、市場がやっている。と教えられたオレは、リナを誘い、行ってみる事にした。
手を繋ぐのは、どうしても嫌だ、と言うリナに、少しがっかりして、仕方無くオレが先を歩く。
人を掻き分け歩くその後を、リナがどこか不安そうな顔でオレの髪を一生懸命見ながら、大人しく付いて来ている。
その様子は、男の保護欲をそそり、オレだけでは無く、擦れ違う男や、周りを行く男までも、熱い視線を送っている。
そいつらに、睨みを効かせ、リナを値踏みしている奴らには殺気を送ったりしているが、 明らかに、リナに魅入る男の数が増えていっている。
暫く歩いていると、リナの顔がどんどん青褪めてていき、心配になった頃、リナの足が止まった。
「・・大丈夫そうか?」
「ん〜、も・・帰りたい・・」
振り返ると、顔を顰めたリナが握り拳を小さく振るわせていた。
「市まで、あともうちょっと・・だぞ?」
「無理・・あと帰るだけで精一杯・・」
「宿より、市の方が近いぞ?」
「無理・・あっちこっちから人の気配がするんだもん・・」
「とりあえず、人が寄って来ない様にはしてるんだがなあ。」
「帰りたいな・・」
今にも泣きそうな顔で、リナはぽそりと呟いた。
〈ちょっと、イジメすぎたか?〉
リナがあまりにも可愛過ぎて、頼られているのが嬉しくて、調子に乗っちまった様だ。
「ん〜・・じゃあ・・すぐそこに、軽食屋があるから、そこ行くか?」
「そこ・・人多い?」
「いや、ちょっと裏通りに入っているし、人通りないから、大丈夫だろ。」
「じゃ・・そこにする。」
「じゃあ、少し歩くけど、付いて来いよ?」
「・・・クラゲのクセに・・」
ムスッとしたリナの言葉に苦笑し、柔らかい髪を撫で踵を返した。
〈目が見えないから、気配に敏感になっているんだろうな。
いつもは気付かない自分への視線を感じて、不安になったんだな。〉
そう思い至り、誘った事に後悔をした。
リナには、自分への視線の量を知って欲しく無い。そんな独占欲がある事に、初めて気が付いた。
−カラン
「いらっしゃいませ。お2人でございますか?」
ドアを開けると、20歳前後の若い男がカウンターで顔を上げる。
「ああ。」
「すみません。狭い店ですが、どうぞ、こちらへ。」
カウンターだけの小さな店の、男の前の席を勧められ、リナの背中に手を回し、誘導しながらそこへと歩いた。
「リナ、椅子がちょっと高めだからな?」
「・・触れば解るわよ、過保護なんだから・・」
周りに人が居なくなった事で、気が楽になったのか呆れ顔になったリナを見て、ホッとした。
「・・・お客さんも、目が悪いんですか?」
「え?ええ・・ちょっと悪くして・・でも良くなってきたんですけど・・お知り合いに居るんですか?」
男の言葉に、リナは確かめる様に椅子にゆっくりと座りながら応える。
「子供の頃、高熱を出しまして、弱視になったんですよ。ですから、この狭い店も、自分にとっては精一杯の大きな城なんです。」
「へえ・・弱視・・てどれくらい?」
「そうですねえ・・正に目と鼻の先まで近寄らないと、はっきりと見えない位ですね。ですので、お客様のお顔は、はっきり見えていません。」
「ふ〜ん?貴方から見て、あたし達はどんな風に見える?」
「金色の長い髪の方は、人を護る為に戦う方ですね。 栗毛の、貴方は・・今は少し元気が無いですが、惹き付ける力が強い方の様に見えます。」
「ふ〜ん?」
男の言葉に、リナは目を細める。
正直、オレも吃驚した。目が見えなくなった事で、人の本質を見抜ける様になったのかも知れない。
そして、リナはその評価を気に入ったらしい。目を鋭く光らせ、うっすらと笑みを浮かべている。
「あ・・すみません、勝手な事を・・変な事を言うな、とよく怒られるのですよ。」
「何で?あたしは気に入ったわよ?」
男の言葉に、リナは上機嫌でそう言う。
「いえ・・それが・・その所為で、店の中でいざこざがありまして、店内が滅茶苦茶になりまして、片付けを終え、今日やっと開ける事が出来たんですよ。」
「それはまあ、なんというか、災難だったわねえ。」
「いえ、余計な事を言った自分が悪いんです。では、こちらがメニューです。」
「オススメは?」
男に笑顔を送るリナを横目に、オレは渡されたメニューに目を落とす。
勧められたトマトのチーズケーキをリナは頼み、他に何があるのか?とオレに聞いて来た。
「チョコケーキと、オレンジムースのタルト、イチゴパフェだな。」
「んじゃ、その三つと、あたし紅茶お願い。ガウリイは?」
「コーヒーをブラックで。」
「あたし、チョコと、チーズケーキね。ガウリイは、オレンジとパフェで、ちょっと頂戴ね?」
楽しそうに笑いながらリナはそう言う。
顔色もすっかり良くなり、リナはこれから来るケーキが余程楽しみなのか、ウキウキしている。
「飲み物は一緒で宜しいですか?」
「ええ。」
リナが短く答えると、男は手慣れた手順で紅茶とコーヒーを煎れ始める。
見えていない筈の、その手の動きは、それを全く感じさせず、見えているんじゃないか、と思わせる程だ。
「見えないんだよな?」
「え?ええ・・体が覚えている・・と申しましょうか・・ですから、こちらが言わなければ目の事は、気付かれないんですよ。」
「あんたも、戦う人間なんだな。」
「周りが厳しくしてくれたんです。1人でも大丈夫な様にと、一切の手伝いをしない様にしてくれていましたから。その癖、怪我をしますと、家族は自分達を責めるんです。」
男は小さく笑い、後ろの棚からケーキを取り出す。
「今、側に居てくれる人は、怒るんですね。ボーとするな、と。」
「厳しいな・・」
「でも、さりげなく手を引いてくれたりしますよ?優しいからこそ怒ってくれるんですね。」
言いながらチョコケーキとパフェをそれぞれの前に置き、男は次に飲み物を出す。
「ん♪おいしVリキュール、オレンジね。ガウリイの方はどう?」
優しい笑顔の男から、リナの方に視線を移すと、満面の笑顔がそこには遇った。
笑顔を向けられる相手が、自分である事が嬉しいと思う。
いつか、この笑顔を、他の誰かに取られてしまうのだろうか?
日々、綺麗になっていくリナは、簡単にオレの元を離れてしまうのかも知れない。
〈なら、もっとオレの方を見させて、他の男なんか目に入らない様にしないとな〉
思いながら、パフェを一口食べる。
甘さ控え目で、しつこくない味は、男のオレでもおいしい、と思わせた。
「うまいぞ、喰うか?」
「当たり前でしょ。」
リナが頷いたのを見て苦笑し、パフェを急いで食べて少し残った物をリナに渡す。
リナは、掻き込む様にパフェを口に運び、首を傾げた。
「あれ・・」
「どうした?」
「いや・・何か・・食べた事ある気がする。」
首を傾げながら、リナはパフェが入っていた器を返して来た。
「ふ〜ん?」
「すみません。修行不足でしたか?」
「え゛?!とんでもない、おいしいわよ?」
不安そうに聞いた男に、リナは慌ててそう言う。
食べた事があるて、覚えが無い味だったが、
リナは誰と食べたんだ、それ?と、聞けたらいいんだが、それは口に出す事は出来なかった。
≪続く≫