【いつでも隣に】

ガウリイ編−完−

「どうしてもダメ?」
「ええ。」
懇願する様に言ったリナに、男は苦笑する。
「ちょっとだけ!」
「申し訳ございません。」
「ヒントだけでも!」
「そう申されましても・・」
そう言って、男は困った顔してこちらを見る。
トマトのチーズケーキが余程美味しかったのだろう、リナはさっきから男にレシピを教えて欲しい、としつこく食い下がっているのだが、男はその気はないらしく、断り続けていたのだ。
仕方無く溜め息をつき、リナに声を掛ける。
「いい加減、諦めろよ。」
「いやよ!あの絶妙な酸味と風味、覚えておいて、姉ちゃんをびっくりさせるんだから!」
「そんなに気に入ったのか?・・・という訳なんだが・・」
男の方を見てみると、苦笑していた。
「申し訳ございません。あのケーキは、この町の名物とする為に作った物なんです。試行錯誤して出来た、いわば自分の子供、子供を売る様な事は出来ません。」
「そっか・・ごめん、無理言って。」
「いえ、それだけ気に入って頂いて、光栄です。」
一つ溜め息をついて言ったリナに、男はにこやかに笑う。
−カラン
「何だい、開いてたのかい。明日から、て言ってただろ?」
中年のおばちゃんは、片手に香ばしい匂いのする紙袋を持ち、店内へと入って来た。
「ええ、そのつもりでしたが、思ったより早く片付きまして。」
「なら、お昼食べに来たのに、ほら、これ市に行ってきたんで土産渡そうと思ってね。」
「ああ、ありがとうございます。一杯どうですか?お礼にケーキをお付けしますよ?」
おばちゃんから紙袋を受け取り、男はそう言う。
「今度にするよ。お嫁さんに宜しく伝えておくれ。」
「ええ。ありがとうございました。」
踵を返し店を出て行ったおばちゃんに、男は軽く礼を送る。
「意外だな、教えて貰うまでは引かないと思ってたのに。」
「レシピを子供・・て言われちゃ・・ね?」
小声でそう言うと、リナは苦笑して小声でそう答えた。
〈こういう奴なんだよな、強引な癖に、引き所はちゃんと知っているんだ。〉
「・・何よ・・」
「ん?」
「何か、笑ってるでしょ?」
忍び笑いに気付かれたのか、リナはムスッとした顔をする。
気付かれた驚きと、妙な嬉しさが込み上げてきた。
「いや・・この店いいなあと思って、なんか、温かいよな?」
「うん・・空気がのんびりしてる。」
「治ったら、また来るか?」
「そうね、でも道覚えてんの?」
「えっと・・・」
「安心して、大体どこの辺かは分かるわ。」
「そりゃ助かる。」
小さく笑いながら言ったリナを見て、顔が思わず緩む。
「こちらは、料理が自慢なんです。宜しければ、今度はそちらをご利用下さい。」
こっちの会話が途切れた所に、男はそう言う。
それを聞き、リナの目が輝いた。
「へえ・・じゃあ、そうしよっかな。デザートも食べられるのよね?」
「ええ、勿論。ただ、1人で切り盛りしてるので、品数は少ないですが、心よりおもてなしさせて頂きます。」
「楽しみが出来たわね。あ、あたし達、人の十倍は食べるのよ。大丈夫?」
「え゛?前日に・・ご連絡頂けたら・・貸し切りで・・なんとか・・」
リナの問いに、一瞬引き攣り微妙な笑顔で男はそう答える。
「貸し切り?」
「よくやるんですよ。小さなパーティだったり、仲間内で騒いだり。貸し切りですと、メニューを増やせますよ。事前に準備が出来ますので。」
「じゃあ、そうしよっかな。いつ治るか分からないけど、その次の日にここにきて、町を見て回って、その次の日に出発・・て所?」
頬杖を付きリナが小首を傾げる仕草を見て、嬉しくなった。
もう旅に出る事を考えてくれている事に、また2人で旅が出来る事に。
「そろそろ帰るか、日が暮れるぞ?」
「え、もう?じゃあ、ごちそうさま。」
先に椅子から降り、リナが降りるのを待つ。
「ご来店、ありがとうございました。」
「これで足りると思うが・・・」
「1枚程余分ですね。」
渡した銀貨を手にし、男は1枚こちらに返す。
「代金をごまかされる事、ないのか?」
「いえ、色でなんとなく判りますし、感触で判りますので、にせ金を区別した事もある位ですよ?」
「あんた、目が見えてたら、剣士にだってなれるぜ?」
勘がこれだけ鋭ければ、下手な兵より腕が立つんだろう、が、男は頭(かぶり)を振った。
「いえ・・見えないからこそ、見える事があるんだと思います。 何より、この生活が合っていますので・・」
「そう・・だな・・オレは、剣を使えて良かったよ。じゃあな。」
男の右手を強引に引っ掴み握手をすると、男は嬉しそうに笑った。
店を出てみれば、辺りは夕焼け色に染まっている。
表通りに戻ろうとした時、呼び止められ、振り返った。
「待って下さい!『時計台』店の名前です。ご予約、お待ちしております。」
「リナよ、あたしの名前は、リナ・インバース。こっちはガウリイ・ガブリエフ。」
男の言葉に、リナは微笑んだ。
「店の名前、聞くの忘れてたわ。こいつの記憶力、アテになんないのにね?」
「リナさん、少しだけ、お節介を・・」
「どうぞ?」
リナが首を傾げると、男は決意した様に口を開く。
「見えないのは、不安です。とくに見えていた物が見えなくなるのは、元より見えなかった人より特に・・」
「ええ。」
「貴方は、治るんですよね?」
「多分・・」
「いえ、きっと治るんでしょう・・」
「・・はあ?」
困った顔してリナは相槌を打った。
「ここからは、ただの戯れ事として聞いて下さい。」
「・・・?」
「人は、いつでも迷う物です。自分自身このまま結婚をして、相手の重みにならないか・・と、自分の幸せの裏に、傷付いた人が何人いるかと・・色々迷っています。」
「ー!?」
男の言葉に、リナは弾かれた様に真っ直ぐそちらを向く。
「貴方は・・何か大きな決断をされましたね・・それが何かは分かりません。もしそれが、他の人の目から見て許されなかったとしても、もう選んだ道からは戻れません。なら、未来を良くする努力をしてみませんか?」
「あ・・貴方・・?」
「すみません・・自分には、視えてはいけない物を視てしまう力があるんです。あ!安心して下さい。意識して触らなければ、はっきりとは分かりませんから。」
「・・そう・・」
「大丈夫ですよ。貴方は・・貴方が貴方である限り、きっと。」
男はそう言って、黙っているオレの方へと温かい視線を送ってくる。
「そうですよね?ガウリイさん。」
「・・ああ。お前さんなら、大丈夫だ。」
言いながらリナの髪を乱暴に掻き混ぜる。
「て・・すみません。呼び止めて妙な事を言って・・でも、知ってて欲しい、どっちを選んでも、後悔する事はある。大事なのはその後なんです。それを活かすか、殺すかでしか無い。それに、もしかして、世界中が敵に回っても、付いて来るお人好しがいるかもしれないですよ?」
「・・・世界・・ね・・随分大きな話だわ・・」
男の言葉に、リナは苦笑いを浮かべる。


〜もし、そんな時がきた時、隣りに置いていてくれたら、きっとそれだけで幸せだと思うだろう。
 オレだけは、いつでもその隣りに・・〜
≪続く≫