【いつでも隣に】

リナ編−1−

夢を見た。あの日からずっと続いている悪夢。
それは、いつも大切な物を次々と飲み込んで行く。
そして知らない人達でさえも、最後は決まって闇に一人だけ取り残されたあたし。
どこを探しても見つからない出口。
耳に入ってくる朝を告げる街道の人達の挨拶に、鳥の声、そして・・・目の前にあるのはただの闇。
一瞬、夢の続きかとも思った。が、肺に入ってくるのは、朝の清々しいまでの冷えた空気。
驚きは、なかった。ああ、来てしまったのかと、どこか人事の様に受け入れていた。
ゆっくりと半身を起こし、ベッドから足を出し、ベッドに腰掛けた形になる。
左手前方にドレッサー、その手前に椅子、そこに着替えはある。
間取りを思い出しながらベッドから降り、ゆっくりと歩く。
途中で摺り足の方がよさそうだと思い摺り足で進むと、椅子に辿り着いた。
身支度を済ませ、再びベッドに戻り思案する。
〈これから・・どうするべきか・・、世界を捨てた報いなら・・受け入れるしかない・・あいつには・・何て言う?どう言えば、離れられる?〉
ノックの音と、馴染み深い声が耳に届き、ゆっくりと立ち上がり、気配を頼りに歩く。
ドアまでは、何も障害物は無い事は、昨日の内に確認をしてあるが、
それでも、慎重に足を運んび、ドアの前に立った。
『リナ?具合でも悪いのか?』
心配そうな自称保護者の声が、ドア越しに聞こえる。
「医者・・呼んできて。」
『どうかしたのか?』
「いいから、呼んできて頂戴。」
言いながら、無理矢理入ってこれない様にドアに凭れる。
『・・・分かった。すぐ戻るからな。』
そう言うと、気配は一階へと向かった。それを確認してそのまま床に座り込む。
前兆は有った・・日々、回数が増えていき、あの過保護が気付くのは時間の問題だと、覚悟はあった。
その前にこうなった事は、救いなのかも知れない。別離が早まっただけ?・・・約束を守れないと知ったら・・どんな顔をするのだろう ・・あいつの怒った顔は・・本気で怒った所は、見た事がないから分からない・・それを見てみたかったと思う。
少しして、あいつが戻ってきたので、部屋へと招き入れ、自分はベッドの上に座った。
目を合わせたら気付かれると思い、ずっと手で目を覆って、
差し出された水を目を瞑り一息で飲み、前髪で顔が隠れる様にする。
隣りで心配そうに自称保護者は話し掛けてきた。
「食べられそうか?」と聞かれたので、「食欲はある。」と答えると、額に大きな手が当てられた。
ゴツゴツとした、大きな手だ。温かくて優しい、一度失い掛けた大きな手。
「最近、少し大人しいのも、その所為なんだな?」
体調の事を聞かれたのだろうと思い、「ん。」と小さく答えると、思った通りに「いつからだ?」と聞かれた。
騙す事は出来ない、ただもう少しだけ時間が欲しい。
「医者が・・来てから・・二度言うの・・面倒だわ。」
そう言って、顔を下に向け、手を外し瞼を伏せる。
「何で、オレを見ない?」
責められている様で、どこか悲しげな声に何も言えず、首を横に振るしか出来なかった。
「さて、どうなさいましたか?」
医者であろうおっちゃんの声に、
来る時が来てしまったのだと、覚悟を決顔を上げ、彼の居る方へと顔を向ける。
「!?お前、目が・・・見えないのか?」
戸惑いと焦りの混じった声に、辛くなり瞼を伏せ、「ん。」と短く答える。
「それは、どれくらいですか?」
医者の声に気付き、顔を向け口を開く。
「・・どれ・・くらいって?」
「ぼんやり見える程度、明暗が分かる・・もしくは・・」
「真っ暗よ・・何も・・色も・・光も・・」
医者の言葉を遮り、溜め息と共にそう答えた。
「それは・・今日いきなりですか?それ共、前兆の様な物が有りましたか?」
医者の言葉に、彼の方へと顔を向け、瞼を伏せ、怒られるだろうと思いつつ口を開く。
「・・・一週間程前から・・ごく偶に視界が欠ける事が有りました。」
「では・・その一週間程前・・何か不調は有りましたか?例えば、酷い頭痛がしたとか・・何か大きい怪我をした等・・」
「・・・いえ・・・そう言うのは・・」
「なら・・いえ・・良いでしょう。少し視てみます。」
そう言って、医者が立ち上がり、何かを唱えると、頭に温かい力が広がる。
〈こんな小さな町に・・良くこんな医者が・・幸運なのだろうか?〉
「ふ〜む・・・とりあえず・・・頭に問題はなさそうですね。」
「そう・・ですか・・」
覚悟はあったけど、どこかに有った淡い期待は否定された。
「一週間と言わず・・ここ何年かで大きな怪我は?」
「・・・数え上げたらキリが無いわ。」
「う゛・・・そう・・・ですか・・・そういうものの積み重ねかも・・知れませんね。」
何か、含んだ言い方に、引っ掛かる物がある様な気がした。
「で・・・どうなんだ。治せるのか?」
「・・・お薬を・・お出しします。少し様子を見ましょう。明日の昼頃、またお邪魔します。」
彼の問いに、医者は言いながら何か作業をする。
〈薬・・ね・・気休め程度しかならない・・いや・・過保護なあいつには、唯一の救いになるのだろうか?それで治るものだと・・きっと思っているんだろうな・・〉
内心で笑い、静かに医者が帰るのを気配で感じた。
何かを感じているのか、それとも過保護なだけか、ベッド脇でしきりに話し掛けてきた、会話が途切れた所で、その不自然さに、口を開く。
「・・何で・・何も言わないの?」
「・・・え?」
ピクリとあいつの動きが一瞬止まる。
「いつもなら・・気づいてたなら何ですぐ言わないのか、無茶するな、て怒るでしょ。」
「確かに・・そう思った。けどな・・それ以上に気付いてやれなかった自分が許せなかったんだ。」
「気付かないなんて当然でしょ。痛みがある訳じゃなし、疲れたフリをしてたもの。」
「そりゃ・・確かに最近疲れ易いな、とは思ってた。昨日なんか盗賊が目の前だってのに『それ行けガウリイ!』とか言って何もしなかったからな・・だからてっきり『あの日』なんだと・・」
「あれぐらい・・どうて事ないでしょ?」
「あの時・・どれくらい見えてたんだ?」
「殆ど見えていたわ。ただ、左右に一つずつ黒い点があっただけよ。」
小さく溜め息をついてそう言う。
戦うには、無理な大きさだったけど、見えてはいたのだ。嘘ではない、よね。心の中で、誰に言うまでもなく、言い訳をした。
それにしても、良くしゃべる。いつもは呆けているクセに、さっきからずっと。何をそんなに必死になっているんだろう?
まるで何かを繋ぎ止めるかの様に、明るく優しい声で、ちょっと切なくなって、悲しくなる。
気配りの一つ一つが優し過ぎて、どうしようもなく辛い。
朝食が終わり、食器類を返す為に、保護者さんが部屋から出て行った。
窓枠に肘を突き、外の様子を窺うと、天気が良いのであろう、暖かい陽気、お日様に誘われたのか、そこここで子供達がはしゃいでいる。
大人達は、仕事の準備をしていて、仲間内で何やら話してる。
鼻に僅かに届いたのは、どこかの軒先で咲いているだろう花の匂いと、遅めの朝食の香り。
ヘタしたら、この全てが、あの一瞬で奪われたのかも知れないと思うと、ゾッとした。
≪続く≫