【いつでも隣に】

リナ編−2−

何で、イライラしてしまうのか、分からない。
嬉しい筈のあの声が、今は辛くて、戻ってきたあいつを必死で追い返そうと言いくるめてみた。
けど、珍しく、向こうは引いてくれない。それが余計に胸を締め付ける。
目の前に居るのに、今どんな表情をしているのか知りたいのに、見えない。
どうしようもなく苦しくなって、溜め息が出た。
「・・何か・・果物買ってきて・・しばらく寝るわ。」
言いながら布団に潜ると、やっと向こうも折れる。
「判った。・・無茶は・・するなよ?」
その声に、無言で左手を挙げ、追い払う仕草をすると、
「じゃあ・・行ってくる。」
寂しそうな声でそう言って、部屋を出て行った保護者。
この宿の娘のガーネットは、話してると、とても楽だった。
料理が好きだと聞いて、ついつい話が盛り上がって、お年頃の女の会話の、色恋事は、こちらには突っ込まずに、もうすぐ結婚するのよ、とだけ。
気配りが上手で、話していて疲れなかった。手を引いて歩いた事があるのか、誘導の仕方が上手だった。
「いーい、リナちゃん、困った事があったら、いつでも呼んでね。遠慮なんかしたら、怒るわよ?」
そう強引にあたしに約束させ、颯爽と部屋を出て行ったガーネット。
思わず、小さく吹き出し、暫し小さく笑う。
なんか、柔らかくした姉ちゃんみたいで、くすぐったかった。
でも、そんな気分も、あいつが入ってくると、吹っ飛び、最悪になる。
過保護なのはいいけど、こちらを無視するのは止めて欲しい。
何で放っておいてくれないのか、どうしたいのか読めずに、口を開く。
「・・あんた・・何がしたいの?」
「何・・て?」
「・・もういい・・あんたと話してると神経もたないわ。」
困らせたくないのに、どうしようもなくイライラして、手にある肉饅頭を口の中に放り込む。
「・・悪い・・」
どうして、あやまるのだろう?何で、こんなに優しいのか、分からない。
「・・治ったら・・どこに行く?光の剣の代わりを探してくれるんだろ?」
治ると、信じているのか、このままかも知れないのに、何を言っても、あたしと離れる気は無いらしい。
「・・何で・・治らないなんて思う?」
「その可能性もある・・て事よ。あんたと違って、色々頭を動かしてるものあたし。」
少し硬く震えた声、怒っているのか、気配まで硬くなった様な気がする。
「オレだって・・どうしようもならない事がある・・てのは判ってる。だが・・リナは治るって信じてる。」
「・・随分勝手な信用だ事・・」
彼の蒼い目から逃げたくなくって、体ごとそちらに向くと、気配が動いた。
椅子から降り、一歩動いて、しゃがんだ様に感じる。手を伸ばしたら、届きそうな程の距離だ。
「・・なあリナ・・オレの知っているリナはそんなに簡単に諦める様な奴じゃなかっただろ?・・治るかも知れない可能性があるなら、それに賭けるのがリナだろ?」
「・・人の言葉を・・勝手に流用しないでよね・・」
思わず苦笑した。ガウリイに、出会ったばかりの自分が言った言葉を、忘れていたなんて、それを、このクラゲに教えて貰う事になるなんて、思いもしなかった。
そして、気が付いた。あたしが’リナらしい’と、ガウリイの空気が和らぐ。
さっきまでは、変に気を使っていたのに、それが無くなる。
なら、今は忘れよう、暗い気持ちを、この空気感が、あたしを許してくれている様な気がする。
ガウリイが買ってきたイチゴを洗いに行っている間に、少し考える。
〈許して・・くれる・・かな・・たった一人の為に・・世界を捨てたあたしを・・1%でも・・可能性は・・残っているのかな・・?〉
不思議な事に、ガウリイが側に居ると、暗い気持ちが隠れ、あたしらしくなれる。
ちょっと前までは、辛かっただけなのに、希望が見えて、気が楽になったのかもしれない。
今度は、一人で居ると、どんどん落ちる気分も、ガウリイが来ると、すぐに急浮上する。
現金なものね、あたし、さっきとまるで逆になっている。
そして、ガウリイを困らせたくなり、つい我が儘になる。それでも、あたしに付き合ってくれる彼。
こんな時位、甘えてみても、いいわよね?怒られない程度の我が儘だから、許してくれるだろう。
彼は、過保護な自称保護者さんなんだから。
昼食、そして、夢のケーキをホールごと食べる、なんてのを終え、今、部屋に一人でいる。
休める様にと、隣りの部屋に戻った筈のガウリイは、そこにいなかった。
〈何か、分かる気がする・・こうしていると・・ひどく不安になる。自分一人だけが取り残された様な気がして・・気が狂いそうになる・・〉
寝返りを打って、顔の前に手を翳してみる。
〈レゾは・・純粋に世界を見てみたかったんだ。それは、目の前に広がる景色だったり・・色鮮やかな花だったり・・目の前に居る人や、動物だったり・・そして、家族等の大切な人達を・・〉
ゆっくりと上半身を起こし、窓枠に肘を突く。
夕方の柔らかな日差しに当たっていると、外からは雑多な声や音が聞こえて来る。
〈長く生きた分・・大切な人は増える。しかも、先にこの世から居なくなってしまった人達は、少なからず居る・・増えすぎた大切な人が・・彼の精神を壊し・・魔王に付け入る隙を作ってしまった・・そういう事なのかな・・〉
小さく溜め息をつき、隣りの部屋を窺うと、いつの間にか、戻っている様だった。
〈確かに・・見てみたいわよね・・姉ちゃん・母ちゃん・父ちゃん・・きっと元気なんだろうけど・・どうしているかな ・・古い友人達は元気にしているだろうか?ナーガは、ほっといても大丈夫よね、きっと。アメリアは、やっぱり正義を貫いているのかな・・。シルフィールは、大変だろうけど、大丈夫。根がしっかりしているから、今頃頑張っていると思いたい。ゼルは、今どこに居るのかな・・やっぱり、どこかの遺跡の中に居るのかな。・・・そして・・・今一番近くに居る人・・いつまで、一緒に居られるかな・・治らなかったら・・どうするんだろう・・。光の剣の代わりが見つかったら・・離れるのよね・・きっと。それに、もうそろそろ、保護者が必要じゃなくなるあたしの年齢・・未来は・・どんな道を歩いているのだろう・・?〉
大きく伸びをして、体を反らし、壁をノックした。
≪続く≫