【いつでも隣に】

リナ編−3−

背中を向けて、ガウリイを迎え入れる。
もう少し、夕方の柔らかい日差しを浴びていたくって、記憶の中にある夕焼けを思い出したくって。
夢うつつに会話をしたら、ガウリイが心配そうにしたので、振り向いて、彼からおやつのプリンを貰い、二口で食べて、いつもの調子に戻す。
それでも、やっぱり気になったらしい。心配性の保護者様は、少し心配そうにしている。
どうやら、少し感傷に浸っていたのが気になったらしい。
さて、このクラゲ頭は、レゾの事を、覚えているだろうか?
意外にも、覚えていたので、そのままさっき思った取り留めのない事を話した。
「リナは・・壊れない・・だろ?」
こちらに聞いてはいるが、ガウリイの確信に満ちた声に、一度窓に向けた顔を、彼に向けて肩を竦めて言う。
「ん?まあね。保護者さんに、心配かけらんないでしょ。」
苦笑してみせたものの、すぐ顔に力が入った。レゾの気持ちは分かった。
それでも、やっぱりゼルの事は理解できなかったから。だから、余計に分からなくなる。
他人の本質は、分からない。血が繋がっていても分からないのだから、当然なんだろう。
そこに居るガウリイだって、本当の所なんて分からない。
一年近く一緒にいるけれど、本質を見抜けた、とは思えないもの。
湿った空気を、ガウリイをからかって明るくし、あたしは満足気に笑う。
でも、はぐらかされている様な気がするのは、気のせいだろうか?
「・・なあ。」
「何?」
急に雰囲気を変えたガウリイに、首を傾げる。
「ちなみに、治ったら、最初に何が見たい?」
「・・へ?・・あ、そりゃ、ガーネットの顔よ。どんな顔してるか、気になるもの。」
思ってもみなかった質問に、一瞬呆けてあわてて早口でそう言う。
〈言える訳・・ないじゃない。バカクラゲの顔が見たい・・だなんて・・〉
「・・じゃあ・・オレは?」
「・・あんたの顔なんて、既に見飽きてるわよ。」
戯けた声で言って来たので、からかわれてたまるかと、仏頂面で答えたが、また思ってもいない事を言われる。いつもの呆けた声で。
「オレは・・リナの顔見てても飽きないけどなあ・・」
「んな゛!?」
「だってよ、くるくる表情を変えるだろ?よく疲れないよな?」
顔が赤くなった所に、ガウリイが意地悪っぽくそう言ったので、結局からかわれただけだと気付き、そっぽを向き、言う。
「そ・・そりゃ、あたしは、素直だもん。当然でしょ!?」
「素直?どこにそんな奴いるんだ?」
「どういう意味よ・・」
「それは・・まあ・・たまには素直に’ごめん’とか、’心配した’とか聞きたいなあ、なんてな。そろそろ夕飯頼みに行って来る。」
苦笑して、ガウリイは部屋から出て行く。
〈ガウリイのクセに・・人をからかうなんて良い度胸してんじゃない!治ったら、みてなさい!〉
枕をボスボスと殴りながら、決意を胸に秘めた。
−ゾワゾワゾワ
全身が音を立てて粟立つ。
「なあ〜、相手ぐらいしてくらたって、いいだろう?ねえちゃん。」
目の前に居るだろう中年男が、近づいたのが分かる。
〈う゛〜、なんなのよ、このおやぢは〜!何?!このねばっこい声!全身を’ナメ・・’が這い回っている様なしつこ〜いこの声、勘弁してよ〜〉
引き攣りながら、後退りすると、背中に手すりが当たった。
「悪いけど、んな暇はないわ!外にでも探しに行けば?!」
「外?おいおい、せっかく声を掛けてやったて〜のに、連れないなあ〜?」
「頼んで無いし!」
〈ちょ〜と用事で部屋を出た・・て〜のに、こんなおやぢに捕まるなんて?!そりゃ、あたしは美少女よ?!だからって・・何でこんな男に〜!〉
「いいじゃねえか、な?ねえちゃん。」
「ちょ・・と・・離しなさいよ・・」
あ゛あ、語尾が弱きになっちゃった。何気に腕捕まれてるし!だめだ、我慢出来ない!
「いいから、離して!・・あ・」
男を突き飛ばし、踵を返し離れようとして、足が宙に浮く。階段だった事を、忘れていたのだ。
「リナ!」
ガウリイの焦った声と共に、あたしの体は、ゆっくりと落ちる。
勿論、戦士としての心得は有る、
頭を打たない様に体を丸め、一階に落ちた瞬間、受け身も取った。
が、意識はゆっくりと沈んで行った。
珍しく、ガウリイが本気で怒っているのを最後に感じて、意識を手放した。
「・・・ナ・・ボタンが取れて平らな胸が見えて・・」
その声に、ゆっくりと左手を持ち上げ、その声の主の頬に触れた。
『電撃!』
「ぐはっ!?」
その体が床に倒れるのと同時にガバッ!と起き上がり、そこに手当たり次第、パンチを繰り出す。
「平らって何よ!大体、ボタンなんてないじゃない!」
「ち・・ちょ・・タンマ!」
相変わらず、頑丈に出来ている様で、起き上がったガウリイにしっかりと両手首を掴まれて、内心で舌打ちをする。
そのままの姿勢で、体に異常が無いか確認されたが、背中がヒリヒリする以外は平気なのに、何故かそのまま抱えられ、部屋まで連れて行かれた。
勿論、降ろされたと同時に、思う存分殴らせて貰ったのは、言うまでも無い。
が、ガウリイには全然堪えてない、しかも、何かちょっと怒ってるし?
一人で部屋を出たのは悪いと思うけど、乙女の事情て〜ものを分かっていない!
そして、何故か部屋に戻ろうとしたガウリイを呼び止めちゃった。
だって、仕方ないじゃない、静か過ぎて、ちょっと、ほんのちょっとだけ、心細かったんだもの。
それでも、我が儘に付き合ってくれるガウリイの優しさに、ちょっとだけ意地悪をしたくなった。
「ガウリイが、何か話してよ。」
「・・悪い・・眠いから気の利いた話は出来ん。」
「ん〜、じゃあ・・初恋の話!いつ頃?相手はどんな人?」
「・・・気になる・・か?」
「・・その年でないの?じゃあ・・もし目が見えなくなったら、どうする?」
あの年で、初恋がまだな訳ないのに、なんではぐらかされちゃうかな?
聞きたくなかった?まさかね?
話し終わって、ガウリイが出て行くと、どうしようもない気持ちになり、記憶の中にある顔を思い浮かべる。
漏れそうになった嗚咽を堪え、枕に顔を埋めた。
フィブリゾの時、彼の顔が脳裏をよぎる事が多かった。
その度に、やるせなくなって、でも頑張らなきゃいけなくて、
皆も居たから落ち込んでなんかいられなかったし、とにかく必死だったから、今みたいに落ち着かない気分になる事はなかった。
あの時と違って、近くにいるのに、何だか遠くに居る気がして、寂しくなる。
あの脳天気な笑顔が、やっぱり見たくなった。
≪続く≫