【いつでも隣に】

リナ編−5−

−パタン・カチャ
ドアと鍵を閉め、ベッドの上で足を伸ばし座る。
「・・・あたし・・頑張ったのかな?」
小さく呟き、窓の方を見るが、月の光が弱い為、目には届かない。
「確かに・・ラーシャートを一人で倒したけど・・ただ単にこっちに有利な条件だっただけ・・何度、自分の力不足を感じたか分からない・・もっと上手に事を進められたかも知れないのに・・ただ、生き残った。それだけなのに・・」
瞼を閉じ右手を頭に添える。ガウリイがいつも軽く叩く時に触れる場所だ。
「結果・・か、そう・・よね、結果よければ、万事OKよね、ガウリイ?」
そう言って小さく笑い、膝を曲げ、両手で抱える。
〈あの一瞬、確かに世界を捨てた。けど、まだある。様々な幸運で、残っているだけだけど、これが現実なんだ。 もし、あのまま世界が無くなっていたら、後悔だって出来やしない。〉
ポスという音と共に、寝転がり、数回瞬きをする。
〈じゃあ、後悔出来るだけ、マシ・・て事?もう一方を選んでいたら、きっともっと苦しんでいたかも知れない。あの場に居た三人・・それ以上が、あたしにあの術を使わせる為に殺されたかもしれないんだ。〉
そこまで考えて、一気に体温が下がった気がした。
〈じゃあ、間違いじゃ・・なかったんだよね・・?〉
両手を突き上半身を起こし、窓をゆっくりと開ける。
〈空気が澄んでる・・きっと月がよく見えるんだろうな・・盗賊イヂメ日和、てものよね?暑くも寒くもないし・・〉
「闇よりもなお昏きもの、夜よりもなお深きもの、混沌の海にたゆたいし、金色なりし闇の王、ロード・オブ・ナイトメア・・有り難う・・て言っといた方がいいのかしら?」
窓枠で頬杖を突き、《言葉》で呼び掛けた。
「こんな所からじゃ届かないかな?でも、距離なんて関係ないわよね、全ての物の母だもん。まあ、助けるつもりは無かったんだろうけど・・」
そう言って小さく笑う。
「ねえ・・いつか、遠い未来、そっちにいったら、あんたの顔、真っ先に見に行くからね。《あたし》て言っていたから、女よね?あたしみたいな美少女か、美女、どっちか楽しみにしてるけど、当分そっちに行く予定は無いわよ?」
言って不敵に笑ってみた。久々に、こんな笑い方をした気がする。
ガタッという音が、近くからし、声を掛けられる。
「リナ?まだ起きていたのか?」
「うん。」
ガウリイの声に、夢現で応えると、心配そうな声が掛かる。
「どうかしたか?」
「何で?」
「いや・・何でも無いなら・・いいんだが・・」
「ちょっと・・ね・・」
「その・・な?何か、声が聞こえたんだが・・」
「起こしちゃった?」
「いや、今下から戻った所だったんだ。」
「へ?物音一つしなかったわよ?」
「寝てると思って、静かにしようとしたんだよ。」
「ふ〜ん?また、お酒?」
「また、て、最近は控えていただろ?今日は、ちょっとそんな気分だったんだよ。誰かさんが抜け出す心配も無いしな。」
「残念でした。さっき、今晩はお出掛け日和だわ・・て思ったわよ。」
言って喉で笑ったガウリイを鼻で笑いそう言ってやる。
「い゛っ?!それだけは、止めてくれ!な?無茶だろ、いくら何でも!」
「思うだけなら自由じゃない?」
「本当に思っただけか?」
「・・・・」
訝しげなガウリイの声に、わざと口を閉ざしてみる。
「そっちに行く。窓から離れてくれ。」
「嫌。今、夜遅いんでしょ?乙女の部屋に入る時間じゃないわ。」
「なら、無茶はしないでくれ・・」
「んなの、する訳ないでしょ、今の状況は、自分がよく分かっているわよ。」
少し怒った様な悲しい様な寂しい様な声で言ったガウリイに、小さく笑いながら応える。
が、あんな冗談を真に受けられるなんて、あたしを何だと思っているんだ、このクラゲ?
「で、何してたんだ?」
「今、ここに存在する事への感謝・・かな。」
「ふ〜ん、なら、オレも、また2人で旅を出来る事を感謝する。」
「誰に?」
「リナは誰にしたんだ?」
「魅力的な女性にね。」
「へえ・・どこにいるんだ、そいつ?」
「遠くて、近い所。で、ガウリイは誰に感謝するの?」
「ん〜、やっぱリナか?この前助けて貰ったし。」
「また、今更、言うだけじゃなくて、行動しなさいよ。当分あんたのお・ご・りvて事で、じゃね、おやすみ♪」
「え゛!おい!奢り、て・・オレんなに持ってないぞ?!」
素早く閉めた窓の向こうで、ガウリイは何やら喚いている。
「寝不足は、美容の大敵、聞こえない、聞こえない。」
小さく笑いながら、布団へと潜った。
−随分、礼が遅いんじゃない?−
暗闇の中に、厳かで艶のある声が響いた。
「あんた、誰?」
−まあ、色々考える事があったみたいだし、大目に見てあげるわ−
「まさか?」
−ふふ、約束、覚えときなさい。あたしの元へ、真っ直ぐ来るのよ?−
「結構、暇人?」
−面白いモノが、好きなのよ−
「そりゃ、どうも。」
−カオスワーズじゃなく、人の言葉で呼び掛けるなんて、本当に可笑しな娘−
「その方が、想いが伝わる気がしたのよ。」
−ええ、良く届いたわ。だから、こうして遊びに来てるんじゃない−
「もう一度言わせて、有り難う。」
−偶然が重なっただけよ。貴女、という核じゃなければ、ただ力だけが解放されていたでしょうね−
「それでも、ま、一応、て事よ。でさ、結局の所、美女?美少女?」
−勿論、絶世の美女よ−
「金色・・て何で?」
−金色の闇、あたし自身、混沌の全て、て所かしら・・あたしを、本物だと思ってるの?−
「ええ、貴女のマネをして得する奴なんていないし、変な勧誘もされないから。」
−ふ〜ん、面白い考え方ね−
「一つ聞かせて、キメ・・・やっぱり、止すわ。」
−さすがね、欲を出したら、幻滅する所だったわ。帰る前に一つ忠告。次は、無いわ。フィブリゾは気付かなかった、それだけよ−
「分かってる。」
−懸命ね、あれがお粗末だった、て事なんだけど、抗いなさい、リナ・インバース。この先に、何が待ち受けていようと、全ては、あたしの掌の上にある−
アレの気配が消えると同時に、辺りの闇に、一筋の光が差し、それが広がる。
ザアッ!と音と共に、一面の草原と、青い空が現れ、
あたしは、故郷の民族衣装を着て、裸足で立っていた。
「許・・された・・?それとも・・罰なんて・・元々・・無かった?」
呟きながら座り込み、手を着く。
「ガウリイに・・会える・・?」
ゆっくりと瞼を閉じ、そのまま寝転がる。
パチッ!と目を見開き、数回瞬きしてから勢いよく上半身を起こした。
「・・・・」
長く息を吐き、窓の方へと顔を向け、瞼を閉じる。
優しくも、人々を起こす力のある光を感じ、ゆっくりと深呼吸をした。
−コンコン
ノックをしてやると、中からドサッ!と音がし、勢い良くドアが開けられた。
「・・リ・・・ナ・・・?」
「おはよ。先に下へ行ってるからね?」
呆然とするガウリイに、いつも通りの挨拶をして、踵を返そうとするが、
「・・何?」
腕を掴まれたので、溜め息を吐いてそちらを見る。
「あ・・・と・・」
「鏡、見たら?髪の毛酷いわよ?」
慌てて手を離したガウリイの髪の跳ねの一部を手で直してやると、戸惑った様にガウリイは口を開く。
「治った・・のか?」
「まあ、完全、て訳じゃないけど、支障は無いわ。」
「どれくらい?」
「ん〜?あと一日もすれば、完璧かな?」
「そっか・・」
「服、よれよれよ?パジャマ小さかった?」
「え?あ、ああ。」
「じゃあ、下に行くから、しゃんとしてよ?」
トン!とガウリイの胸板を軽く殴り、踵を返して一階へと向かう。
口の端には、知らずの内に笑みが広がっていた。
≪続く≫