怪盗リッチシリーズ【漆黒に躍り出る】−6− |
ワゴン車を調べ様と、刑事が動こうとした時だ。 ワゴン車から降りていた、警備員が、おもむろに銃を取り出した。 「っ?!!」 ―ガツッ! それを、咄嗟に警棒で払い、身体を押さえつけたのは、ワイザーの車を運転していた、若い刑事。 「公務執行妨害……だけで済めば良いですな?」 その横に立ち、ワイザーは銃を取り出し、ワゴン車に視線を送る。 「気を付けろ、まだ居るかも知れん」 別の若い刑事が、ワゴン車に近付くと、ワイザーは、鋭い声で、注意を促し、 「中を改めよ」 周りに居る刑事達に指示を出した。 そして、ワゴン車の周りを、4人の刑事が取り囲み、各々、手に銃を構え、ワゴン車を、隙無く睨む。 それを見やり、ワイザーは、警備員を取り押さえている刑事の肩に、手を置き、 「良くやった。応援が来たら、身柄を引き渡し、私に連絡をくれ」そして、ワゴン車を囲む刑事に、視線を送る。 「そちらは、頼むぞ」 「ええ。お任せ下さい」 返って来た答えに、満足そうに頷き、ワイザーは、守衛室へと向かった。 「刑事さん、どういう事ですか?」 そこに居た警備員は、事態に付いて行けず、不審そうな表情だ。 確保された警備員に、「リッチを追う」と言われ、シャッターを開けた人物だった。 が、すぐに、出て行くのを阻んだパトカー。次いで、守衛室を、刑事に占拠され、何が起こっているのか、分からない。といった表情だ。 その様子に、ワイザーは、落ち着いた口調で言う。 「失礼。リッチに逃げられた今、現場保全が、我々に課せられた使命でしてな。手荒な真似を致しました」 「だからと言って、守衛室を乗っ取り、警備員に待機の指令を出す事はないでしょう?!!」 鼻息荒く、抗議の意を唱えた警備員。 守衛室に、4人の刑事が、乗り込んで来て、守衛室にある無線を使い、警備員に待機の指令を出していた。 権力を傘に、自分の守るべき場所を荒らされる。という勝手な行動に、不快を感じたのだ。 それに、 「申し訳ない。リッチの残党が、万が一、居たら困りますからな。後から来た増援は、こちらで確認しておりませんし、ご協力頂きたい」 ワイザーは諭す様に言い、応えを待たず、背を向け、刑事に声を掛ける。 「警備システムは、どうなっている?」 「それが、作動していなかったので、警備会社に、問い合わせましたら、システムが、改ざんされていた模様で、今夜中の復旧は難しいそうです」 答えたのは、中年に差し掛かるかどうか、と言った年頃の刑事で、どう言った理由で、守衛室を抑えるのか、説明を受けていないが、経験から、それとなく感づいている。 「困ったものだな。中に居る、一般女性が心配だ。身柄を保護するべきだな」 誰にともなく呟かれた言葉に、刑事達の視線が集まった。 「え??」 「ライアン殿の、大事なお客人だそうでな。リッチが来る前に、入ったきり。なのだよ」 「それは、心配ですね」 「ここを、頼めるかな?ライアン殿への、説明も必要だしな」 「はい」 「応援が来たら、下から順に、警備員の身元、フロアの異常を、確認してくれ」 「判りました。確認後の警備員は、駐車場で待機して頂けたら、良いですか?」 「そうだな。では、頼むぞ」 言って、相手が敬礼をしたのを見、ワイザーは、駐車場内へと下りて行く。 最上階は、廊下がT字になっており、東に社長室、南に会長室、西に会長のプライベートルームが、コの字型にある。 そして、西にエレベーター、東に階段、間に秘書室が、北側にあり、廊下唯一の窓が、その両端にある。 その廊下の、秘書室の扉の前が、廊下の分岐点で、彼女は、そこを真っ直ぐと過ぎ、倒れている警備員の横を通り、エレベーターの前で待つ。 本当は、会長室へ先に行き、色々漁りたい所なのだが、ワイザーの目がある手前、何もしない方が、賢いだろう。と、判断し、大人しく、待つ事にしたのだ。 程なくして、ポンという音がし、エレベーターの扉が、ゆっくりと開く。 「どうも、ワイザーさん」 「早いですな」 エレベーターから降りたワイザーは、落ち着いた声で、彼女を見た。 「そうかしら?」 「所で、あちらは?」 質問に、質問で返され、彼女は、ワイザーが指差す方を、眉を寄せて見る。 そこには、床に横たわっている警備員の姿。 「ああ、少し寝て貰っているのよ」 「まさか、ライアン殿も?」 「ええ。放っておいても、後1時間もすれば起きるわ」 彼女が頷いたのを見、ワイザーは苦笑を浮かべた。 「刺激を与えれば、起こせるという事ですかな?」 「そうよ」 「なら、起きて頂こう。その前に、何か預かる物があれば、預かりますが?」 差し出されたワイザーの手。 それに、彼女は首を傾げる。 「何もないわ。何か欲しい物でも?」 「いえ。てっきり、わたしが来るまでに、見逃せない物を、懐に忍ばせているものだと……」 「そんな無謀な真似、しないわよ」 顎を撫で、白々しい表情を浮かべたワイザーに、彼女は肩を竦めた。 その表情は、涼しいもので、肝が冷える思いを、抱えているとは、思えない程だ。 「それは安心しました。では、まずライアン殿に、起きて頂こう」 にこやかに微笑み、ワイザーは、会長室へと向かった。 「大丈夫ですかな、ライアン殿?」 会長室の、自分の椅子に座り、眠っていたライアンを起こし、ワイザーは問いかけた。 「ああ……っ?!リッチは!!」 ぼんやりしていたが、事態を思い出し、ライアンが、ワイザーの腕を掴んだ。 「空から逃げられてしまいましてな。パトカーで追跡させております」 冷静に、ワイザーが応え、途端、ライアンは、顔を顰める。 「それは、何時頃?それに、それならば、何故ここに、そなたが?」 「そうですなあ、下で少々、手間が掛かりましたし、リッチらしき者の逃亡は、10分程前。ここに、私が居る理由は、それが、囮であった時の為の対策と、現場保全の為です」 「だからと言って、リッチを、追わなかった理由には、ならんだろう!!」 淡々と質問に応えたワイザーに、ライアンは、声を荒げた。 だが、それでも、ワイザーの表情は、変わらない。 「そう言われましてもなぁ。地上から、空の物を追うのは、少々手間でしてな。それに、火事場泥棒が、居る可能性だって、ありますし、迅速な現場保全は、鉄則なのですよ」 「……?!」 苦虫を噛み潰した様な表情で、ライアンは、ワイザーから手を離し、その背後、ソファに、ぐったりとした姿を見留め、顔色を青くさせる。 「ソフィアさん?!」 慌てた声と共に、椅子から立ち上がったライアンは、2人掛け用のソファに、足音を立て、近付く。 その背中に、ワイザーは、納得した様な声色を発する。 「やはり、ライアン殿の客人でしたか。廊下で、倒れていましてな。私が存じ上げない顔ですし、ご確認頂こうと思い、こちらにお連れ致しました」 「廊下で?警備員は、一緒じゃなかったのか?」 ソファで、目を瞑っている彼女に、目立った外傷がないか、確認してから、ライアンは、ワイザーの方へと、身体を向けた。 すかさず、ワイザーは、頷いてみせる。 「ええ。彼女の近くで、倒れておりました。意識のない男性を、運ぶのは、さすがに、くたびれますから、そのままになっておりますが?」 「起こして、連れてこれば、良かったんだ」 「ライアン殿の、無事の確認が、一番重要でしたので、そちらは、後回しにさせて頂きました」 「そうか。なら、今すぐ、起こして連れて来てくれ」 まるで、自分の部下へ、命令する様な口調のライアン。 その態度に、表情を変える事なく、ワイザーは、口を開く。 「それは、出来かねますな。ライアン殿が、リッチだ。という可能性も捨てきれない以上、一緒に来て頂かなければ、ここを動けないのですよ」 「そういう、あんたが、リッチなんじゃないのか?」 「だからこそ。お互いを見張る為にも、一緒に来て頂きたい。警備員が、リッチだったら、大変ですしな」 嫌味に、ワイザーが笑顔で返すと、ライアンが、顔を引き攣るらせ、 「良かろう。一緒に行こうではないか」 と、苦々しく応えるのであった。 「彼女にも、起きて頂こう。リッチが潜んでいたら、事ですしな」 言って、細い目で、ワイザーは、ライアンに視線を送った。 その目は、何を見詰めているのか? |
≪続く≫ |