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【桜舞う】

0 −出会い−

4月と言えば、出会いの時期。
桜舞い散るその日は、出会いを演出するかの様に、雲一つ無い空であった。
「見事なもんだな」
ぼんやり桜を、眺めているのは、金髪碧眼・長身の美丈夫、ガウリイ=ガブリエフ。腰には細剣と警棒を携帯し、黒の詰襟に白い手袋、黒いブーツで、街を闊歩する姿は、一枚の絵に見える程、似合っている。
街の警備兵の恰好をした彼は、勿論、この街の警備兵で、この春、士官学校を卒業したばかり。そして、実技試験がトップ成績なので、現場での活躍が期待されている新人だ。
ただ、筆記試験の成績も良ければ、友人達と共に、王族の近衛兵団に入隊となった筈なのだが、そこは、言わぬが花と言うものだ。
「ガウリイさん、巡回中にぼんやりするのは、止めて下さいね」
立ち止まった彼に、咎めの言葉を掛けたのは、彼の教育係の、黒髪の男ゼロス。
勤続20年を越えたベテランなのだが、見た目は20代半ばで、始終ニコニコしているので、底が知れない人間だ。
警備兵は常に、2人1組での行動が義務付けされており、新人は、ベテランに付き、勉強させて貰い、そのまま組む事になるのが慣例なので、余程の事が無い限り、ガウリイはこのまま彼と組む事になる。
「あー、すまん」
「まあ、分からないでも無いですがね。桜は、人を惹き付ける魔力を、持っていますから」
ガウリイが横に付いたのを確認し、ゼロスが歩き出す。
その後に続き、ガウリイも歩き出した。
そこに、前を歩いているゼロスから、言葉が掛けられる。
「花見客が起こした騒動で、毎年死人が出るぐらいですし…」
「ああ、そんな事、誰か言ってたっけか」
「ええ。入隊式の際に、副隊長殿が、おっしゃっていましたよ」
「ああ、そうそう。そうだったな」
僅かな棘を含ませて言ったゼロスに、返って来たのは、朗らかなガウリイの声。思わず、ゼロスの口から、溜め息が漏れた。
畏まれるのは、性分に合わないから、砕けた口調で構わない。と、ゼロスが言った途端、彼は、「そっかあ、いやあ、助かるよ」と、嬉しげに言い、ゼロスに対して、敬語を使うのを止めた。
今までの人間は、ゼロスのその言葉に、「とんでもない!」と畏れ戦き、敬語を貫き通した。
今回の新人は、毛色が違う様だ。と、ゼロスは、こっそり楽しそうに微笑む。
「じゃあ、その副隊長殿のお名前は?」
「いやあ、オレ、人の名前を覚えるの、苦手なんだよな」
「ミルガズィアさんですよ。隊長・副隊長の名前くらいは、覚えて頂かないと困ります。僕の信用問題に関わりますから」
「努力はする」
「まあ、新人の貴方が、お二方と話す機会は、毛頭無いでしょうがね。お願いしますよ」
「つまり、覚えなくても、問題無いんだな」
のんびりしたガウリイの声に、ゼロスは、彼が覚えるつもりが無い事を悟る。
「面倒な新人を受けてしまいましたかね」
言葉とは裏腹に、楽しげなゼロスの声。勤続20年を越えているのに、未だに主任職の彼は、衛兵随一の変わり者で、出世に興味が無い。
髪型は、男だというのに、ずっと“おかっぱ頭”で、誰に対しても敬語を使い、興味を示すのは、変わった事件や、人物。
そんな変わり者だが、仕事は確実で、何故か女性に人気があり、結婚を申し込まれる事も多いのだが、本人は、独身貴族を謳歌したいのか、全てを断り続けている。
「話を戻しましょう。今の時期、花見の席や、歓迎会などで、お酒を呑み、ハメを外して、命を落とす人間を減らす事と、酩酊状態の人間を狙ったスリ・暴行を防ぐ事が、この時期の僕達の役目なんです。勿論、他の事件も、放って置く事は出来ないので、目が回る程忙しいですから、覚悟しておいて下さいね」
「体力には自信があるから、大丈夫だろ」
「事件に伴う、報告書は、山の様にありますが?」
「うげぇ…」
気楽な声であったガウリイの声が、蛙が踏まれたかの様な声に変わった。
それに、先輩は面白がる様に微笑む。
「失敗すれば、反省文も洩れなく付いてきますしね♪」
「う゛………」
「はっはっはっ」
引き攣った顔で呻いた後輩は、朗らかに笑い声を上げた先輩を、恨みがましく見るが、返って来たのは、華麗なウインク一つのみだった。

「はい、お疲れ様です。今日は、これ位にしましょうか」
ガウリイが書き上げた書類に目を通し、ゼロスは顔を上げた。
時刻は、既に夕飯時を過ぎており、場所は、警備兵の詰所の、事務室。
巡回から戻った警備兵は、そこで交代勤務の隊員と引き継ぎを行い、一日の報告書の記入をし、業務が終了となる。
そして、更衣室で私服に着替え、寮や家に戻るのだ。
濃いピンク色のシャツに、白の長ズボンに着替えたガウリイは、疲れた身体を引き摺り、街中を歩いていた。
体力仕事は平気なのだが、どうにも机に向かうのが苦手で、“報告書を書く”それだけで、一日中、歩き回った疲れ以上に疲れを感じたのだ。
その足が止まったのは、巡回中、目に止まった桜の木の下。
広い場所ではなく、道の端に一本だけ生えているので、花見をする人間はいないが、立派な枝に咲いた花に、足を止めるのは、珍しい事では無い。
ただ…
「よっ!と」 彼の様に、幹に足を掛け、枝に登るのは、珍しい事だ。
スルスルと登った彼が見つけたのは、もう一人の珍しい人物。
桜の枝に身体を預け、眠っているその人物は、幼い顔の少女であった。
細い身体に、ふわふわの長い癖毛、眠ってはいるが、ふっくらとした頬と唇、大きすぎない鼻は、形が整っていて、瞼が開いていなくとも、彼女が美少女の分類に入るのは、予想するまでも無い。
ガウリイが、昼間の巡回中、この桜に目が止まったのは、見事な桜の合間から、誰かが木に登っているのが見えたからだ。
近所の悪ガキかと思い、報告しなかったのだが、帰宅途中、気になって寄り道してみれば、月夜に照らされ、白く浮かぶ花弁と、何やら影が見えたので、彼は、木に登った。
立派な枝の上に居るので、他の人間には気付かれなかった様だが、ガウリイの獣並みと評判の視力は、難なくその影を捉える事が出来た。
悪ガキが降りれなくなって、その癖、羞恥から助けを呼べないのか、と思っていた所、見つけたのは、あどけない寝顔の少女。
「器用な嬢ちゃんだなぁ」
感心しつつ、ガウリイは少女を観察する。
月明かりで、青白く見えるが、おそらく白の大きな襟のシャツに、黒に見えるズボンと、同色の一つボタンのベスト、膝まであるブーツは乗馬用の物で、年の頃は、10代前半に見える。そして、細い腕で、抱える様に持 っているのは、大きな背負い鞄。その大きさは、“ちょっとしたお出掛け”では無く、どこかに泊まりに行くのか、と思える程だ。
「家出……か?まあ、どっちでも良いか」
カシカシと頭を掻き、ガウリイは別の枝から、少女に覆い被さる様に、身を乗り出した。
立派な枝の、枝先の方に頭を向け、寝ている少女の肩に手を掛け、揺さぶって起こす為だったのだが、その少女の瞼が震え、ゆっくりと開いた。
「お、起きたか?」
「うきゃーーー!!痴漢!!」
安堵の声を上げたガウリイに、少女は身を起こす反動のまま、頭突きを彼の下顎に決め、鞄をサッ!と背負い、枝から枝へ、と滑る様に、地上へと降りた。
「眠っている乙女に、何さらすのよ!このド変態!!」
「んが??……誤解だ!!」
軽い脳震盪を起こしたが、ガウリイはなんとか堪え、地上に居る少女に、誤解を訴えた。
その少女と、目が合う。
月明かりで、緋色に輝いている大きな瞳に、ガウリイは一瞬目を奪われるが、
「何が誤解よ!!現に、あたしに覆い被さろうとしてたじゃない!」
「違う!オレはただ、嬢ちゃんを起こそうとしただけだ!」
キャイキャイとした怒りの声に、今は、誤解を解くのが先決だ。と、その事実は、働きの悪い脳の片隅に追いやられた。
「ふん!!そんな言葉に、騙される程、馬鹿じゃないわ!男の癖に、ピンクのシャツなんか着ている、怪しい趣味の人間が、そんな親切する訳ないでしょう!」
「ちょっ?!!服の色で決め付けるか?大体だな、嬢ちゃんみたいなお子様、範疇外に決まってんだろ!」
「なっ!!…?!!」
顔を真っ赤にさせ、怒りに震えた少女が、弾けた様に、視線を空から道へと向け、
「今度会うまで、せいぜい元気でいなさい。あたしがあんたを、地獄に送って上げるから」
再び視線を空…桜の枝に居るガウリイに向けると、少女は怨みの籠った低い声で告げ、踵を返し、どこかへと消えて行った。
まさに、少女が消えると同時に、彼女が一瞬視線を送った方から、通行人らしき街人が歩いて来る。
「家出少女、しかも、訳有りか。全く、困った嬢ちゃんだな」
いきなり自分を変質者呼ばわりされた事よりも、訳有りの家出少女を、取り逃してしまった事実の方が、ガウリイには悔いを感じた。
捕まえて、親御さんに渡す。なんて無粋な気は無く、事情を聞いてやれなかった事が。
≪続く≫