【桜舞う】

11 −鳥籠−

自分が現在悩んでいる事を見透かし、戒めている様なミリーナの相談に、ガウリイは答えに窮してしまい、暫く沈黙が落ちる。急がせるつもりがないのだろう、ミリーナは黙ったまま、足を進め、3人は廊下を歩み、その突き当たり、扉の前で足を止めた。
それから少しして、ガウリイの答えが出る。
「一応、話してみますが、説得とか苦手なので、期待出来ませんよ」
ミリーナの話した、問題の状況は分からないが、他人事でない話の内容に、断る事も一瞬よぎったものの、初対面の相手に、相談を持ち掛けるほど、切迫している状況なのだろう。と判断して、受ける事を決めた。彼女が望む結果を出せるかは別問題として。
「出来るなら、その方には、もう少し通って頂きたかったのです。話の子達、いえ、話の中心人物には、一人でも多くの味方が必要ですから。なので、私の判断は、間違っているかも知れません。もし、納得して頂けなくても、それで良いとも思っています」
明かされた複雑な心境。だからこそ、ミリーナは、答えを急がせなかったのだろう。
それと、ガウリイが説得に失敗しても、気にする必要なはないと、それとなく伝えたかったと思われ、ゼルガディスは、頭が良い女性だと、認識した。
「深刻な状況なのでは?」
「私は、そう感じています。でも、本人は、気にしていない様子なので」
失敗しても構わない。と言われ、不思議に思ったガウリイの言葉に、ミリーナは苦笑を浮かべ、ドアの取っ手に手をかけ、
「大物。なんでしょうね。小さな世界に収まりきれないので、異端視されているのかも、知れません」
ゆっくりとそれを下げる。
小さな世界に収まらないという言葉に、リナを思い出し、ガウリイは苦笑を浮かべた。何でも、彼女と繋げてしまう思考に、単純すぎるだろう。と。
ミリーナの手によって、扉が開けられると、その先は、ガウリイ達が入ってきた、玄関ホールへと繋がっていた。
そこは修道院の玄関で、ガウリイ達も通った場所。広さは10人程が立てるだけあるが、話の人物どころか、一人として人が居なかった。
話の人物は、どんな人物なのだろうか、と緊張していたガウリイだったが、少しだけ安堵した。結局は、会って話しを聞かなければならないのだが、話の人物が、リナに思えて仕方なく、思考を切り替えるのに、もう少し時間が欲しいのだ。
ミリーナの足は、玄関の扉へと辿り着き、内鍵を解錠し、閂を上げる。
外へと出た彼女に続き、二人も外へと足を踏み出すと、ミリーナは、なにやら扉の内側に細工をして、扉を閉めてから、外壁にあるランプに手をかけ押すと、扉の向こうで、ガタンという音と、ガチャリという音がする。
中央区の施設では珍しくない仕組みで、外から鍵と閂を施錠したのだ。
「こちらへ」
2人に視線を送り、ミリーナは建物の外壁に沿って歩き、隣接する教会の前まで歩いた。
「この中に?」
「ええ。修道院の中は、居心地悪いと言って、いつもこちらで」
ガウリイの問いに、ミリーナが小さく頷き、教会の重厚な扉のドアノブに手を伸ばすと、ガウリイは一瞬目を瞑り、唾を飲み込んだ。いよいよ、ご対面となり、少しばかり緊張しているのだ。
教会の中は、両側の壁は、縦に細長いガラス窓が並び、祭壇の両脇に陶器製の小さな白い天使があり、祭壇の中央上部は、壁を十字架の形で切り取られ、ガラスが嵌め込まれている。
「質素な装飾だな。良家の子女が、良縁が決まるまで居る場所とは思えんが」
並べられている長椅子の一つを撫で、ゼルガディスはミリーナを見る。
中央区にある修道院は、良家の子女が、貞淑であったと印象づける為に、学校卒業後に、良縁が決まるまでの期間預けられる。その預けた側から、かなりの寄付金が払われている為、ステンドガラスや、絵画など、贅沢に飾られているのだろう、と、ゼルガディスは想像していたのだ。
「ここの教会の創立者が、信仰心が厚い方でして、賑やかな装飾は、信仰心の妨げになるからと、余計な飾りを、良しとしなかったそうです。この簡素な施設が、縁談相手に好印象を与えるようで、他の修道院より人気があり、こうして今も静かな空間が保たれているのだと思われます」
祭壇へと歩みを向けるミリーナ。その彼女達が使う生活スペースは、教会内部と正反対で、華美な装飾類で溢れ、その鮮やかさに、静寂を好む彼女は、少々疲れているのは別の話。

まもなくして、祭壇脇に隠れる様に配置してある扉の前に、3人は辿り着き、ミリーナがドアをノックすると、その扉が中へと開かれる。
扉が開いた先に居たのは、ガウリイが良く知っている顔が揃っていた。
「……へ?」
栗色の髪と瞳の少女リナと、
「なんで?」
黒髪の少女アメリアだ。
「?!」
その姿に、ガウリイは絶句し、表情を強張らせた。
「どうされました?」
その反応に、ミリーナは不思議そうに、首を傾げ、悪友の珍しい反応に、ゼルガディスは弾ける様に隣を見た。
「もしかして、例の?」
「あ、ああ・・・・」
戸惑いを露にしたガウリイは、なんとか返事を返し、ミリーナへと視線を送り、苦笑を浮かべた。
「デュクリスさんも、人が悪いなぁ。こんな方法で、釘を刺すだなんて」
「兄が、何か?」
「頼まれたのでしょう?これ以上、彼女の周りを掻き回さないように忠告して欲しいと」
「・・・まさか、貴方が?」
ガウリイの言葉を、推し量る様な表情で聞いていたミリーナは、少しの沈黙の後、驚きの表情を見せた。
「何?どうなってんの?おっちゃんが何をどうしたのよ?」
短い遣り取りの合間に、部屋から出てきたリナが、ミリーナの隣に立つ。
「あ、いや……その……」
会わない方が良いのだろう。と、なんとか気持ちを整え様としていた矢先、それをせかす様なミリーナの話。だというのに、思わぬ所で会ってしまった彼女に、ガウリイは混乱していた。
それを冷静に見やり、ミリーナは静かに言う。
「どうやら、思い違いをされている様ですね。私は、遠回しに忠告する様な親切を持ち合わせていません。そして兄は、回りくどい真似をする卑怯な性格ではありません」
「ミリーナは十分親切だと思うけど?おっちゃんが、回りくどい方法が苦手なのは確かよねぇ。で、何でそういう話に?」
話の中心人物であるリナは、そう言って、ミリーナとガウリイに視線を送り、ガウリイの背後に居る、見知らぬ顔を見つけ、更に首を傾げた。
「とりあえず、中で座って話さない?」
部屋の中で様子を見ていたアメリアの声に、4人の視線がそちらに向いた後、それぞれ視線を交わすも、ゼルガディスの視線は一瞬にして、鋭くガウリイに向けられる。
「これ以上の譲歩は出来ん」
眉を下げ、級友に懇願しようとしたガウリイの出鼻を、ゼルガディスは挫き、ミリーナに視線を送る。
「申し訳ないですが、事の顛末の説明は、そちらにお任せして宜しいですか?この場所に年頃の男性が長居するのは、そちらにご迷惑をおかけする事になりますから」
「構いません。長くお付き合いさせてしまい、申し訳ないです」
ミリーナの承諾を得ると、ゼルガディスは見知らぬ少女2人に簡単な断りを入れ、ガウリイに視線を送り、踵を返す。
有無を言わせない行動に、ガウリイは、リナに視線を合わせる。
「リナ、迷惑かけたみたいで悪かったな。もう、会いに来ないから、安心してくれ。じゃあ、元気でな」
「うん?」
話の流れが分からず、首を傾げたリナに、背中を向け、ガウリイはゼルガディスの後を追った。

教会の外で、ゼルガディスは待っていた。
「気は済んだか?」
「ああ。悪かったな、散々つき合わせて」
「まったくだ。しつこい忠告も、予想通り役に立たなかったしな」
溜め息交じりに言って、歩き出したゼルガディス。その横に並び、ガウリイも歩く。
「すまん」
「巻き込まれた時点で、すでに諦めてたさ」
「はは、悪いな」
「悪いと思っているなら、良い方向に予想を裏切って欲しいもんだ」
口の端を上げ、意地悪く微笑むゼルガディスに送られ、ガウリイは西門へと向かう。
その横顔は、常に柔らかな印象の微笑みが、少し硬質が混じっており、ゼルガディスは内心溜め息を吐く。彼の性格上、納得出来ていないのであろう。かと言って、今まで通り、通い続けるのは、事態を悪化させると、気付いている上での、あの判断を選んだ筈だ。
「様子を見に行ってやる」
暫しの沈黙の後、ゼルガディスは諦めた口調で、小さく言った。
それに、驚いた表情を見せるガウリイ。
「頻繁に行けば、良からぬ噂が立つだろうから、たまに行く程度だがな。直接じゃなくとも、あの妹君に様子を伺う手もある。何か異変があったら、知らせてやるさ」
「難儀な性格してるなあ」
面倒に巻き込むなと言いながら、結局は自ら巻き込まれるお人好しに、ガウリイは有難いと思うも、苦笑を浮かべてしまうのであった。
≪続く≫