【桜舞う】10 −感情− |
ミリーナと名乗った女性に促され、修道院に隣接する教会へと案内され、通されたのは学習室の個室。6人用の椅子が大きな机に3対で並べてあり、そこにミリーナとガウリイが向かい合う様に座り、ゼルガディスはガウリイの隣に席を下ろす。 途端に、 「兄はどの様なご用件で貴男方を?」 開口一番にそう訪ねられた。 気さくな兄と違い、少し冷めた感じのする対応に、ガウリイは頬を掻き、口を開く。 「何か困っている様だから、聞き出して欲しいと言われてます。他人の方が話しやすい事もあるだろうと」 それを頼まれた時、「自分で聞いた方が良いのでは?」と言った際、デュクリスはそう言って肩を竦めた。そして、「あれは、俺になかなか相談して来なくてな」とも愚痴を聞かされている。 「そうですか。兄が面倒をお掛けしました。ですが、私の問題ですので」 頭を下げ、謝罪した彼女は、感情の読めない表情で、顔を上げた。 ガウリイ達を拒絶している様に見えるが、彼女は元々あまり感情を表に出さない。と聞いていたガウリイは、ゆったりと微笑む。 「誰かに話を聞いて貰うだけでも、楽になると思いますよ。内容によっては、報告はしませんから」 「兄から、聞いた内容を教えてくれと、言われているのでは?」 よほど意外だったのか、少しばかり目を見張ったミリーナ。 その表情は、実際の歳より少し若く見える。 「知られたくないのなら、報告しませんよ」 「不思議な方ですね。でも、すみません。やはり、言えないです」 柔らかなガウリイの笑みに、数回瞬いた後、ミリーナは小さく首を振った。 それに、ガウリイは小さく頷き、 「分かりました。本当に困った事になりましたら、デュクリスさんに直接ご相談下さい」 と言い、席を立とうとしたが、隣で座っていたゼルガディスに肩を掴まれ、阻まれた。 自己紹介と、自分は付き添いだ。という事を言ったまま黙ってたのだが、 「あっさり引いて良いのか?しつこさを買われて任されたんだろ?」 デュクリスが部下ではなく、ガウリイを選んだ理由を、嫌われているリナに粘り強く会いに行ってる、その根性を買われたからだと、本人から聞かされていた彼は、対象者の年齢の違いがあるとは言え、こうもあっさり引き下がるのは、納得出来ないのだろう。白い視線をガウリイへと送っている。 「ちょっとすみません。あのなぁ、相手は自立した大人だぜ?それに、心配している身内が居る。他人のオレが、しつこく聞き出す事もないだろ」 ミリーナに断りを入れ、ガウリイは、ゼルガディスに小声で反論を返した。 それに納得したのか、ゼルガディスの手が、肩から離れ、白い視線が和らぎ、呆れた溜め息を吐いた。 「では、帰ります」 今度こそ立ち上がり、頭を下げたガウリイは、ゼルガディスを引き連れ、外へと向かう。 その前を、ミリーナが先導して歩いている。 部外者の出入りが少ない教会内部なので、不審者と勘違いされない為だ。 暫く歩いた頃、ガウリイ達が向かっている方から、一人の修道女が歩いてきた。 ミリーナの間合いに入る手前で、その修道女が足を止め、自然と3人の足が止まってから、口を開く。 「シスターミリーナ。いつもの子達が来てますよ」 「有り難うございます。すぐ向かいます」 「最近忙しいわね」 「すみません」 「責めているのではないわ。貴女は人付き合いを苦手としているから、良い傾向よ。例の人は少しだけ困っているけど」 後半は少し可笑しそうに笑いながら言い、修道女は短く挨拶をして、踵を返し、来た道を戻った。 それを思案顔で、見送っていたミリーナだったが、意を決した様に、顔を上げた。 「図々しいお願いだと重々存じているのですが、一つお願い出来ないでしょうか?」 「どういった・・」 笑顔で口を開いたガウリイの肩を、掴む事で言葉を止め、ゼルガディスは、苦虫を噛んだ様な表情で、ミリーナを見る。 「身内の力を利用して、無理難題を押し付けるつもりなら、他をあたって貰おうか」 「おい、ゼルガディス」 一息で言ったゼルガディスに、ガウリイが不機嫌そうに眉を顰めるが、 「言いすぎだとも、ぶしつけだとも、承知の上だ。だがな、ここに来る前に、散々言って聞かせた筈だがな?」 「えっと、話を聞くくらいなら、良いだろ?お前さんに迷惑はかけないからさ」 いつもより更に冷ややかな視線を向けられ、それを思い出し、ガウリイは頬を掻いた。「これ以上の面倒事を押し付けてくれるな」と、昨夜から散々言われていた事に。 だが、人に頼る事を得意としていなさそうな彼女に、あそこまで下手に言われたら、一言で断るのも憚れてしまい、ゼルガディスに食い下がれば、苦々しい表情で溜め息を吐かれる。 「手短に済ませろ。覚えてないだろうが、俺はこの後に、仕事に行かねばならんのだからな」 ガウリイの事をお人好しと言っているが、彼も同じだと、ガウリイは思っている。表立った親切こそしないが、身内と認めた人物に対しては、かなり懐が深い。それは、おいといて、そういえば、ゼルガディスは午後から仕事だった事を、今更思い出し、ガウリイは小さく「すまん」と詫び、ミリーナに視線を送り、小さく頷く事で話を促す。 それに小さく頷き返し、ミリーナは再び歩き出し、ガウリイはその横に並び、ゼルガディスが後を続く。 「実は、今、私を訪ねて来てる子達。少し困っている様なのです。私が力になれたら良かったのですが、私ではどうする事も出来ず」 余程その事が悔しいのだろう、僅かに眉を寄せたミリーナ。 身内にまで感情をあまり表に出さない。と称されている彼女が、そこまで心配をするという事は、それほどその人物を大事に思っているのだろう。ただ、外の衛兵にわざわざ持ち掛けるの話なのだろうか、とガウリイは疑問に思った。 後ろに居るゼルガディスも同じようで、訝しげな表情を浮かべている。 二人の疑問に気付いたのだろう、ミリーナが言葉を続ける。 「その困った状況というのが、外からの来訪者が原因なのです。直接は関係ないのですが。少し時期が悪かったのも手伝ってしまいまして」 「それで、オレは何を?」 溜め息を吐いた彼女に、ガウリイは首を傾げた。 外からの来訪者が原因だという話だが、直接関係ないのなら、自分が何をすれば良いのか分からなかったのだ。 「その方が、あの子達に取り入って、中に入ろうとする人物ではないとも、良い人物なのも、話振りから想像出来ました。なので、距離を置いて貰える様に、お願いして頂きたいのです」 「距離を置けば、その状況は改善されるのか?」 つい先日、アメリアに言われた、「もう会いに来ないで欲しい」という言葉を、思い出してしまい、ガウリイはよく分からない苦い感情を覚えた。リナと距離を置く事が、正しいのだろうと、理解出来るのだが、どこか納得がいかない自分が、そこにいるからだ。 「改善されるかどうか分かりません。ですが、これ以上状況を悪化させたくないのです」 彼女の言葉が、アメリアの言葉に従わなければならない。と言っている様で、ガウリイは返答に困ってしまった。話の来訪者が、何を思って、中央区の人物を訪ねているか分からないが、自分が納得出来ていないのに、相手に納得させられる程の言葉を言えるか、自信がないのだ。 こんなにも悩んだ事は、人生初めてで、よく分からない感情を、ガウリイは持て余してしまい、途方にくれてしまった。 |
≪続く≫ |