【ターニングポイント】‐4‐ |
「全く、あんたには驚かされる」 暫く呆然としていたが、額に手を当て、ゼルガディスは溜め息を吐いた。 それに、肩を震わせるガウリイ。 「ゼル、一つ取られたな」 「変な事言った??」 「いや、そうじゃない」 不思議そうなリナの視線に、ゼルガディスは苦笑を浮かべ、首を横に振った。 悪い気はしないが、どうにもこそばゆくて仕方ないのを、払う為に。 「でさ、ゼルて、あたしと、どういう関係なの?」 近くの長椅子へと座り、リナはまじまじとゼルガディスを見る。 それに倣い、ゼルガディスは立ち上がり、リナの座る長椅子の端に座った。 リナとゼルガディスの隙間は、1人分と少し。 ガウリイの視線が、怖いという訳ではなく、よく知りもしない人間に、真横を座られるのは、心地悪いだろう。と、記憶の無いリナを気遣っての事だ。 「昔、旅をした仲だ」 腰にある剣を、鞘ごと外し、ゼルガディスは、意識してそれをリナとの間に置く。 利き手と反対側に置き、リナの目に届く様にし、傷付ける意思がないと、暗に示しているのだ。 例えリナが、それを疑っていないとしても、彼女には、真摯でありたい気持ちが、そうさせた。 「いつの話?」 余程見る目に自信があるのか、リナがゼルガディスに向ける笑みは、屈託のないもの。 それを直視出来ず、そっぽを向くと、見守っている男と、目があってしまった。 自分が困っているのを、楽しんでいるのだろう。と思っていたが、意外にも、真剣な表情で、痛みと悲しみが、うっすらと滲んでいた。 ゼルガディスが、リナと出会ったのは、ガウリイとリナとの出会いの、数日後。 それを覚えていない。という事は、必然的に、ガウリイとの出会いも覚えていないのだ。 それは、ゼルガディスには推測出来ていた。 そして、それを、ガウリイも知っていただろうが、改めて事実を見せられ、苦しくなったといった所か。 視線はそのままで、溜め息を吐き、ゼルガディスは、事実を伝える。 「出会ったのは、3年程前。数日共にし、別れた数ヶ月後に再会し、半年程共にした仲だ」 「具体的に教えてよ。ガウリイの話って、肝心な所は、忘れた、覚えていない、何だっけ?で、全然、的を得ない話なんだもん」 「ガウリイに、昔の事は聞いていたのか?」 つまらなさそうに言ったリナに、ゼルガディスは意外そうに、そちらを見た。 そこでは、唇を尖らせ、幼い印象をさらに幼く見せている少女が1人。 常の魔導士姿ではなく、普通の町娘の恰好が、その幼い印象を、更に助長している。 「そりゃあそうよ。自分が何者か、普通気になるでしょ?」 「……そうか。まあ、それならば、後で話てやる。少し長い話になるがな」 微笑みながら言ったリナの言葉。 その裏にある意味に、ゼルガディスは、ある身内を思い出していた。 明るい笑顔の彼女は、見えない自分の正体に、不安を感じているのであろう。 それを、自分を大事にしているガウリイから、聞き出すのは難しいだろう。と判断した彼女を、やはり頭が良いな。と感心しながらも、その矛先を向けられた事に、喜んで良いものか、悪いものか、ゼルガディスは判断に困ってしまった。 しかも、旅の内容は、第三者が居る所で、出来ない内容だ。 苦肉の言葉への、リナの反応は、 「そっか。じゃあ、泊まってく?」 と、笑顔。 その内容に、ゼルガディスは、ギシギシと、顔をガウリイに向ける。 「まさか、一緒に住んでるのか?」 「まあな」 「人が話してるのに、何でガウリイに話を振るの?!」 ガウリイが、苦い表情で、気不味そうに応えると同時に、ゴッ!とゼルガディスの側頭部に、衝撃が走った。 「ぬぁぁ??」 慌てて振り返ったゼルガディス。 他人より痛みを感じない筈の、皮肉な程に頑丈な身体に、痛みを与えたのは、鞘に収まった自らの剣で。 それを振るったのは、リナだった。 「で、泊まるの?泊まらないの?どっち?」 鞘に収まった剣を、掲げた姿に、ゼルガディスは両手を肩まで上げ、降参の姿勢を取り、口を開く。 「お邪魔させて貰おう」 「よし」 答えを得た事に、満足したのであろう、手にした剣を、長椅子の元の場所に置き、リナは大きく頷いた。 凶暴になったのでは?という問いを、ゼルガディスは賢明にも飲み込み、長椅子から腰を上げ、ガウリイの隣に、背を預け、横目で見上げる。 「苦労するな」 「はは……」 左側を壁に預けていた身体を、一旦離し、背中を預け、ガウリイは苦笑とも自嘲とも見れる笑みを浮かべた。 暫く、ここに来てからの話になり、時刻はお昼時を過ぎ様としていた。 やっと、診察室から、左肩に手を当て、首を回しながら、セイが顔を出て来た。 「親父さん、無事終わったよ。コービーは、もう少し掛かるけど、大丈夫だからね」 「有り難う」 診察室と治療室の間に立っていた女性が、嬉しそうに笑みを浮かべる。 その少し離れた後ろ、長椅子に座っていたリナが、目を見張る。 セイから発せられた声が、いつもより低くなっていたからだ。 セイの声質は、ガウリイより高い、すこし擦れた声、それが、かなり低くなり、声量も余りない。 「セイ……大丈夫??」 「あー、心配しないで。疲れたりすると、こうなるだけだから」 思わず立ち上がり、歩み寄ったリナ。 その頭を撫で、セイは苦笑を浮かべ、右手に居る青年団に歩み寄る。 「うん、大丈夫そうだね。帰って良いよ」 「擦り傷に、大袈裟なんだよ」 「遅いって怒られたら、責任取れよ」 苦笑を浮かべ、2人の青年団は、長椅子から腰を上げ、診療所を出て行く。 擦り傷であったが、完治を確認するまで、残る様に、と言われていた為だ。 その場で、身体を反転させるセイ。 「で、怪しいの」 「……何だ」 自己紹介がまだで、気分が悪くないとは言え、“怪しいの“と呼ばれ、素直に返答を返すのも悔しく、ゼルガディスは、渋々といった声を返した。 それに、深々と頭を下げ、セイはニコリと笑う。 「治療への協力、感謝♪」 「………」 丁寧なお辞儀の後に、かる〜いノリ。 ついて行けず、言葉を暫く失っていたゼルガディスは、ジト目を向け、口を開く。 「何で、俺に『治癒』を頼んだ?」 畑での事と、ここでのリナへの伝授の事、2つの意味を含まれた言葉に、セイがゆっくり瞬きをし、にぃ!と笑う。 「何で。て、使える物は、それが何だろうと使え。幼少の頃の教えだからね」 「怪しいて散々言っておいてか?」 負けじと、口の端を上げるゼルガディス。 「楽しそう」 「だな」 あぶれ者となったリナと、ガウリイは、邪魔にならない所へ行き、苦笑を浮かべた。 「だって、見た目怪しいのは事実だよね?」 ズバッ!と心地よい程に、にこやかな言葉。 対するは、裏社会を生きて来た男の、皮肉な笑み。 「ああ。怪しいてのは判っているさ。だがな、それを真っ向から言うか?それで、俺が暴れた場合、どうするつもりだった?」 「まさか。だって君、ガウリイと一緒に来たでしょ。今のリナちゃんの状態で、危険な人は、町まで連れて来ないからね、彼は」 肩を竦めそこまで言うと、セイはガウリイを見、 「あの場所に居る僕に、ガウリイは思ったんじゃない?リナちゃんは診療所に居ると」 「そりゃあ」 ガウリイが働いている間は、診療所か薬屋のどちらかに居る。 その片方の主が、目の前に居れば、もう片方に居ると思うのは、簡単な事だ。 頷いたガウリイに、満足そうに頷き、セイは再び、ゼルガディスに顔を向ける。 「その診療所に、担架を運ぶ要員として、君を選べば、君を信用出来るかどうか判断出来る。そうじゃないかな?」 「そこまで……」 あの一瞬で、そこまで計算した相手に、ゼルガディスは、愕然とした表情を浮かべたのであった。 |
≪続く≫ |