【ターニングポイント】

‐7‐

ゼルガディスが、2人の元に来てから、一週間が過ぎた。
しっかり役割分担をされた、ままごとの様な、擬似家族を見て、ゼルガディスは、いずれは、こうなるのだろうか?と、口元が緩くなるのを堪えていた。
ただ、違うとすれば、夕飯後の、落ち着いた時間に、リナ自身の失った記憶を、聞かせる。という時間があるだけ。

「戦いの中で、魔法を使うには、とにかく機転が必要だ。幾つもある魔法から、瞬時にその場に相応しい魔法を選ばなければならない」
朗々と語りながら、ゼルガディスは、リナを横目で見る。
場所は、セイの薬屋で、帳場に2人、並んで座っている。
ゼルガディスの、肌組織の研究に、セイが引き篭ると宣言し、一応は薬の知識があるゼルガディスが、帳場の責任者として、任命され、暇な時間に、魔法の講義を、リナにしていた。
そして、以前使えていて、ゼルガディスが教えられる魔法を、覚えたリナが、実践での使い方を、先程問うた所だ。
つまり、リナの記憶は、全く戻っていないのである。
その店の外は、小雨が降っていて、どこかから、金槌の音が聞こえる。
それは、2箇所からしていて、ガウリイは、今日その1箇所に居る筈だ。
薬草を2人で仕分けながら、ゼルガディスの講義は続く。
、そろそろ昼間。という頃に、店の扉が開かれた。
「よ、飯行こうぜ」
雨避けの布を払い除け、言ったのは、ガウリイだった。
それに頷き、リナは帳場の上にあるベルを振り、椅子から立ち上がる。
それに倣い、ゼルガディスも椅子から立ち上がった。
その2人が片付けをする事、暫し、
「……やあ」
軽い口調と共に、セイが店の奥から出て来た。
先程、振られたベルは、セイを呼ぶ為の物だったのだ。
「じゃあ行って来るな」
「セイ、行って来ます」
「………」
人当たりの良い笑み、にこやかな笑み、そして頭を下げるだけの仏頂面を、それぞれセイに送り、雨避けの布を被り、3人は背を向け、
「行ってらっしゃい」
その背中に、セイの声を浴び、外に出た。
「これ位なら、被らなくて良いかな」
「駄目だ。風邪ひいたらどうするんだ」
朝は小降りだった雨が、霧雨へと変わっていたのを見、布を取ろうとしたリナの手を、ガウリイが阻んだ。
それを、呆れた表情で払うリナ。
「過保護」
「それより、昼飯何だろうな」
「ん〜。そうねぇ……」
変えられた話題に、リナの表情は、すぐに可愛らしく悩む表情へと変化する。
そんな、和やかな2人の後を、ゼルガディスが数歩遅れて追う。
再会してすぐは、色々聞く事があり、ガウリイと並んでいたが、情報交換が終わり、以前の立ち位置にさりげなく戻ったのだ。
それ以降、ガウリイの立ち位置は、以前と同じで、リナから半歩程遅れた、右隣。

「昨日も、大活躍だったね」
食堂に入るなり、そこの女将が、3人に声を掛ける。
昨日も、デーモンが発生し、ガウリイとゼルガディスが、倒しに行き、事なきを得たからだ。
「あんた達も、なんとなく、デーモンの発生が、分かるのかい?」
「も、てのは、セイの事か?」
続いた女将の言葉に、眉を寄せたのは、ゼルガディスだった。
デーモンが発生したであろう、不穏な空気に、ゼルガディスが、帳場を立つと同時に、奥から出て来たセイに、「行ってきたら?」と、言われたからだ。
その上、戦いが終わった頃に、怪我人の有無を確認しに、セイは現場に現れた。
「ああ。そうだよ。医療体制が早いから、助かっているよ」
「あいつは、何時からここに?」
「セイが気になるのかい?残念だったね、結婚して、子供も居るよ」
眉を寄せたままの、ゼルガディスの言葉に、あっはっはと豪快に笑い、その肩を、バンバンと叩く女将。
岩で出来ている身体なのに、ゼルガディスはムセて、咳き込み、それに、女将の手が止まる。
「おや、悪いね。にしても、兄ちゃん、頑丈そうな身体の割りに、ちょっと打たれ弱いんじゃないかい?」
「………」
「食べて、もっと鍛えるんだね。さあさあ、席に着いた、着いた」
悪びれていない口調の女将は、返答に困ったゼルガディスを、図星を突かれ、黙ったと思ったのか、ぐいぐいと、近くの席に連れて行った。
その後を、苦笑を浮かべたガウリイと、引き攣った表情のリナが追う。
「あんた達の周りは、相変わらず、相変わらずな人種ばかりだな」
「おいおい、何だよ、それ?相変わらずな人種てのは?」
席に着き、女将が厨房へと、消えると同時に、溜め息と共に吐き出された、ゼルガディスの言葉に、ガウリイは苦笑いを浮かべた。
「つまり、俺みたいに、ロクな人種じゃない人間が、あんた達の周りに多いな。と言いたかっただけだ」
「自分で言うか?」
「事実だ」
ガウリイが、呆れた表情を浮かべると、ゼルガディスは短く言い、ニヤリッと笑う。そして、次のガウリイの言葉に、それを濃くさせる事になる。
「で、その、相変わらずな人種てのに、セイも含まれてるのか?」
「どうも、読めない人間だからな」
「随分、気にしてるんだな?何か気になる事でも、あるのか?」
「いや……ああ。あんたに、少し似ているかもな。何を考えているのか、表情から分からない所が」
ガウリイの問いに、ゼルガディスは、首を横に振り、一瞬の間を置き、思い付いた様に言った。
ゼルガディスが、見るセイは、いつも飄々と笑っていて、薬の精製や研究、そして治療の時だけ見せる、真剣な表情と、疲れた顔を稀に見るだけと、少ない表情ばかりだ。
セイとは、付き合いが深くないので、もしかしたら、ゼルガディスの知らない表情の時も、あるかも知れないが。
それはまるで、出会った頃の、目の前の男の様であった。
「オレと?」
「出会った頃の、あんたにな」
首を傾げたガウリイに、ゼルガディスは、肩を竦めてみせた。
その変化は、彼の相棒の影響が、大きいのであろう。
その張本人は、と言えば、珍しく大人しい。
ゼルガディスとガウリイが、話していたから、仕方ないのかも知れないが。
それに、気付いたのであろう、ガウリイが、心配そうに、隣を見る。
「リナ?具合悪いのか?」
「相変わらずな人種ばかり、何て聞かされたら、前のあたしが、どんな人間だったのか、不安になるでしょ、普通……」
「そんなに、気にする程じゃないぜ?確かに、一癖、二癖あるけどよ、結構、面白い奴等ばかりだからな」
「……それで、安心しろて言うの?余計、不安だけど」
笑顔でのガウリイの言葉に、リナは益々苦い表情を浮かべるのであった。

「少し気になっているんだが……」
酒を一口飲み、ゼルガディスは、向かいに座っているガウリイを見た。
外は、既に暗くなっていて、大概の人間は、寝静まっている時刻。
リナも一刻程前に、部屋へと消えている。
「何だ?」
「リナなんだが、セイに好意を持っている様だ……」
「へ………?」
ゼルガディスの見解が、余程意外だったのだろう。
グラスに酒を注いでいた手を、ガウリイは止め、目を大きくさせた。
その手から、ゼルガディスは、酒瓶を抜き取った。
「昼の後に、リナに聞かれたんだ。セイが好きなのか?とな」
「で、それで、何で、リナが、セイを好きだ。てなるんだ?」
「ガウリイだって、気付いているんだろ?昼から、元気が無くなっていると」
質問には答えず、ゼルガディスは、ガウリイの瞳を、真っ直ぐに見据え、確信めいた口調で、言った。
昼食時、元気の無かった、リナの様子は、すぐに解消されたものの、それが空元気であるのは、明白であった。
そして、リナが、ゼルガディスに、その話題を振った時の表情は、茶化す空気はどこにもなく、真剣であった。
決定的だったのは、リナが、セイに、結婚と子供の事実を確認した時。
何でもない、世間話をしている様な表情だったが、纏う空気は、うっすらと緊張していたのだ。
それは、ゼルガディスが、この一週間、リナとセイの、一番近い所に居て、一度も感じた事の無い、緊迫感であった。
≪続く≫