【ターニングポイント】‐6‐ |
「こんにちわ〜」 軽い挨拶と共に、診療所に踏み入れたのはセイだ。 待合室に居たのは、ゼルガディスと、掃除をしていたリナ。 そして、コードが、診察室から出て来た。 「不機嫌そうだな?」 「怒られちゃった」 軽い口調だが、セイの表情は眉根が寄っており、不機嫌そのもの。 3日間で、目にしなかった表情に、リナはパチクリとさせた。 「当たり前だ」 歩み寄ったコードの手が、セイの左肩に置かれ、 「あまり無理をするな」 「大丈夫。ちゃんと分かっているから」 その手の上に、自分の右手を乗せ、セイが微笑みを返した。 「そうだろうな。患者一番手が、そこに居るから、頼んだぞ」 ゼルガディスを空いている手で差し、コードは、居住空間へと向かった。 コードを見送り、セイの視線が、長椅子に座るゼルガディスに向けられ、番号札を持った手に、それが集中し、それは直ぐに外された。 「リナちゃん、そのまま掃除頼むね。緊急の患者が来たら、教えて」 リナの方に、視線をやり、頷いたのを確認し、2人は診察室へと入って行った。 診察室は、ベッドが1つに、その脇には、隣の治療室へと繋がる扉。窓際に机が1つ、そしてベッドと反対側の壁に、本と書類の棚に薬品棚、ベッドと棚の中間、机の前と、少し距離を置いた所に、丸椅子が2つ。 机側の椅子にセイが、残った椅子にゼルガディスが座り、向き合う。 「今更だけど、まず、名前は?」 「ゼルガディス・グレイワーズ」 ゼルガディスが、探していた噂の元は、セイだった。 今まで、その核心に触れる事が、出来なかったのは、恐らく見た目から、怪しい人物だと警戒されていたからであろう。 そして、コードに、噂の事を聞いたら、あっさりと、その噂の人物の正体を明かされ、つい再度確認してしまったのは、仕方ない事だ。 「で、僕にどんな用件が?」 「皮膚に詳しいと聞いた」 「悪いけど、君の身体は、専門外だけど?」 「だろうな」 背後の机を、トントンと指で叩きながら、淡々と言葉を投げ掛けるセイに、ゼルガディスは、冷静な声で続けて答えた。 そして、セイの眉が、困った様に下がる。 求められている事に気付き、無理だと暗に伝えたのだが、簡単に頷かれ、引く気がなさそうだ。と悟ったからだ。 「魔法を使わない医者て、コードさんに聞いたんだ?」 「ああ」 「合成獣だなんて、魔導知識の中でも、かなり専門性高い物でしょ」 「それでも、だ」 「正気の沙汰じゃないよ、君」 「承知している。ただ、魔導から離れた観点からの、意見を聞いて見たかっただけだ」 「良いね。面白い考え方は、嫌いじゃない。何より、医学的に興味深いしね」 肩を竦めたゼルガディスに、セイは満足そうに笑ってみせるのであった。 「ねぇ、これをくれた人て、セイの彼女?」 焼き菓子を口に運び、リナが首を傾げた。 コード達の食事が終わり、それと入れ替えで、休憩を取る事にしたのだ。 「まさか。そんな事言ったら、怒られるよ」 「違うの?毎日差し入れしてるから、てっきり……」 焼き菓子を、リナに渡した女性は、2日続けて昼過ぎに、差し入れを持ち、店に来ていたのだ。 それで、彼女だろう。と、リナは思っていたのだが、 「あれでも人妻だからね。ただのお友達」 苦笑を浮かべたセイが、肩を竦めると、小さく息を吐いた。 それを、一緒にお茶を飲んでいた、ゼルガディスが見留め、僅かに目を細める。 あの後、検査は後日となり、やる事がなくなったゼルガディス。 それに気付いたリナに、暇な間、魔法を教えて欲しいと頼まれ、未だに診療所に残っているのだ。 リナが、魔法を教えて貰っていたのは、待合室で、セイは、診察室に籠っていた。 それで、なのか、セイは、不意に話題を変える。 「それより、勉強会はどんな感じ?」 「これが面白いのよ。セイも、魔法覚えたら?」 「魔法は、あまり……だから、薬屋をしながら、コードさんの補佐て訳。魔法を使わない医者だ。なんてただの恰好付けてのは、内緒だからね?」 カオスワーズの奥深さに、ますます魔法に興味が沸いたリナ。 その誘いに、セイは、困った表情で言い、片目を瞑ってみせた。 「ゼルも聞いちゃったけど?」 「大丈夫。だって、人付き合い苦手そうだから。町の人には、言わないでしょ」 「なるほど」 心配して、首を傾げたリナに、セイがあっさりと頷くと、リナは、笑みを堪え頷いた。 夕暮れ時に、ガウリイが、リナを迎えに、診療所へと現れ、リナとゼルガディスは、そこを後にした。 「いつも、こうして、送り迎えしているのか?」 「まあな」 呆れた声と表情のゼルガディスに、ガウリイは苦笑を浮かべた。 その隣、リナも、呆れた表情を見せる。 「あたしは、要らない。て言ってるんだけどね」 「だから、あいつにも、過保護だ。と言われるんだ」 「いや、だってなあ……デーモンが何時現れるか、分からないだろ?1人に出来ないじゃないか」 呆れ顔に挟まれ、ガウリイは、不満そうな表情へと変えた。 自分を安全だ。と判断した経緯に、驚いたゼルガディスに、「だって、過保護じゃん、彼」と、セイは言ったのだ。 「一緒に畑仕事をさせれば、良いだろう?」 「か弱いあたしに、畑仕事なんて、無理に決まってるじゃない」 「頭の怪我だったからな。念のため、あまり無茶をさせたくないんだよ」 ゼルガディスの提案に、真っ先にリナが反論し、続いてガウリイが、理由を述べた。 以前と変わらぬ2人の姿に、ゼルガディスは、苦笑を浮かべた。 記憶喪失である事が嘘の様に、今のリナは、以前の彼女と、余り変わりが無い。 短い講義で、『治癒』を覚えた、魔法の素質。見た目が怪しい自分に、物怖じしない所。自身で「か弱い」と言ってのける、調子の良さ。 名前さえも覚えていなかった。という割りに、ここまで変化がないと、忘れた素振りでもしているのでは?と、勘繰りたい程に。 だが、話していれば、確かに記憶が無いのは明らか。 それに、そんな素振りをしても、リナに得はない。 「なら、わざわざ人に預けている理由は、どういう事だ?」 溜め息一つで、苦笑から呆れた顔に、ゼルガディスは戻した。 それに、 「まだ、不審がっているのか?主治医良い人だったろ?」 「ゼル、コードさんの事、怪しいて思ってるの?」 ガウリイは、呆れた表情を浮かべ、リナは、瞬きを繰り返す。 その2人に、ゼルガディスは、肩を竦めてみせる。 「怪しいてのは、なくなった。だが、預ける必要は無い。と思っただけだ」 「朝一番に診察して貰ってるからな。1人で帰らせる訳に、いかないだろ」 「別に預けなくとも、畑の横で、待たせておけば良いんだ」 「医者の傍の方が、何か変化があった時、すぐ気付いて貰えるだろ?」 ガウリイのその言葉に、ゼルガディスは長い溜め息を吐いた。 ガウリイの選択基準が、リナの為なのだ。と、気付いたからだ。 以前は、その選択を、リナに委ねていたガウリイ。 リナが、不必要な無茶を言わない限り、それに反対する事はなかった。 結局、ガウリイの思考は、リナ次第となる。 息を全て出しきり、ゼルガディスは、白い目を、ガウリイに向ける。 「相変わらず、保護者やってるのか、あんた」 「……この状況じゃ、仕方ないだろ」 答えるまでの、微妙な間。 表情は、何を考えているのか、口元だけが、僅かに笑みを作っている。 その反応に、ゼルガディスは悟った。 「本当に我慢強いな……」 「ん?……まあな」 「こんな可愛い女の子と、暮らしてるんだもの、我慢は必要よね」 何時だったか、自身が言った”我慢強い”という言葉に、ガウリイは、思わず苦笑を浮かべ、リナは、納得顔で頷いた。 途端、男2人の目が、点になり、次いで、肩を震わせた。 「ちょっと、その反応、どういう事よ」 「自分で可愛いて言うか?」 「イイ性格しているもんだ。と思っただけだ」 腰に手を当て、憤慨を露にしたリナに、ガウリイは、呆れた表情で笑い、ゼルガディスは、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるのであった。 |
≪続く≫ |